

福祉とビジネス両方の視点で、誰もが働ける環境をつくる
都心から少し離れた自然豊かな街、埼玉県飯能市。
西武池袋線飯能駅から車で約10分、紅葉で少し色づき始めた山がそびえるのどかな場所にその農園はありました。夕暮れどきのあたたかい光に照らされ、作業をしている人たちが見えます。ここ「たんぽぽ農園」は、ぬくもり福祉会たんぽぽが運営するソーシャルファームです。

ぬくもり福祉会たんぽぽの前身は、女性の問題を解決することを目指して1986年に立ち上げられた「女性問題研究会たんぽぽ」。ここでは「男女平等」「女性の社会参加」などをキーワードに勉強会を重ねていました。当時、この勉強会の講師を務めていたのが、現在の会長・桑山和子さんです。ここに参加していたメンバーとともに1994年「ぬくもりサービスたんぽぽ」を設立し、家事援助や介護サービス事業をスタートしました。
桑山さんは「常に『困ったときはお互いさま』という理念で活動を続けてきました。根本にあるのは地域住民の助け合い、支え合いです」と当時を振り返ります。
1999年には埼玉県で第1号のNPO法人認証を受けました。その後、デイサービス、グループホーム、訪問看護ステーション、ショートステイなどさまざまな事業を展開し、現在では飯能市で一番利用者が多い事業所になっています。
なかでも珍しい取り組みが「ソーシャルファーム」です。ソーシャルファームとは、「一般企業」や福祉制度に基づく「通所・入所授産施設、小規模作業所」以外に障害者や高齢者など、就労困難な人たちのために仕事を生み出す第三の雇用の場のことです。しかし、ただ雇用の機会を提供すればいいというものではありません。あくまでも「企業」なので、ビジネスとして成立させ継続していかなければいけないのです。見るからに困難が伴いそうなこの事業を始めたきっかけはなんだったのでしょうか。

農園を案内してくれている桑山さん
桑山さんは2007年、飯能市障害者福祉計画の第1期策定委員を務めました。その当時策定委員長をしていた東京家政大学の上野容子教授に「ソーシャルファーム」という取り組みがあることを教えてもらったそうです。そして同年、飯能市の取り組みとして、働くことを希望する障害者の方を支援する障害者就労支援センターを立ち上げることになり、その運営をたんぽぽで受託しました。 これは、障害者手帳をもつ人だけが登録できる就労支援センターで、いままでに積み上げてきたノウハウを生かし、2011年の業務終了まで約50名を就労へ導くことに成功しています。
一方で、就労しても人間関係がうまくいかず、継続することが困難な人も多くいました。また、就労先としても、障害者就労支援事業A型・B型※がほとんどで、一般企業への就職は難しかったそうです。就労支援センターを運営し、就労先を紹介していく中で、受け入れ先不足の問題を感じていた桑山さんは「受け入れ先がなければ、うちがなろう」と決意しました。
その後、2009年に本格的にソーシャルファームの取り組みがスタート。農業を選んだ理由は初期投資が少なくて済むからですが、それだけではありません。そこで働く人のことを考えると、太陽の光を浴びて体を動かし、周辺の農家の人との会話を楽しんでコミュニケーションを学べるという、自分が社会の一員だと自覚するには最高の環境だったのです。
2012年には「ソーシャルファーム フラワーガーデン」がオープンし、園芸もはじめています。
※障害者就労支援事業A型・B型:通常の事業所に雇用されることが困難な障害者へ、就労の機会を提供する事業のこと。生産活動やその他の活動の機会を通じて、その知識や能力の向上のために必要な訓練を行ないます。雇用契約を結ぶ場合は「A型」、雇用契約を結ばない場合は「B型」の2種類があります。

フラワーガーデンでは今、パンジーを栽培中
ソーシャルファームの「たんぽぽ農園」には現在、法人職員1名、農業経験がある指導者1名、障害者3名(精神障害者1名、知的障害者1名、高次脳機能障害者1名)が働いています。障害者については、障害者就労支援センターや、ハローワークを通じて採用しました。大きな特徴として、障害のある人も健常な職員と同様に雇用をしている点があります。もちろん、県が定める最低賃金を満たしており、年に1度は健康診断も受けてもらっています。
このような雇用形態にしているのは「就労弱者が働くことができる環境を提供するため」と桑山さんは話します。働く場所がないのは障害のある人だけではありません。たとえば、生活保護を受けている人、引きこもりの人、刑余者やさまざまな事情を持った女性なども同様です。ソーシャルインクルージョンの考え方から、「障害者」しか受け入れることができない障害者就労支援事業ではない、第三の雇用という形を選択したそうです。

現在、たんぽぽ農園では、ニンジン、タマネギ、トマト、ナス、キュウリ、ジャガイモ、ネギ、サツマイモ、サトイモ、トウモロコシ、ニラ、シシトウ、ブロッコリーなどを育てています。特に、ナス、タマネギ、サトイモがおいしくできているのでおすすめだといいます。最近では、サツマイモ掘りを通して地域の子どもたちとも触れ合ったようです。
就労時間は、夏場は7時~12時で、それ以外の季節は9時~15時の一日5時間だといいます。取材に伺った日に農園で作業をしていたのは千葉博さん、岩月一誠さん、原口崇仁さんの3人。それぞれに障害を持っています。みんなイキイキと仕事をしている姿がとても印象的です。外見は健康そのもので、日ごろから太陽の下で農作業をしているため、日に焼けてガッチリとした体格をしています。
畑を耕す耕運機を使いこなす原口さんは、「初めて来たときは不安でしたが、農業がもともと好きだったこともあり、自分のペースで仕事ができています」と話します。くわを持つ姿がよく似合う千葉さんは「農業を始めてから腰が鍛えられて痛いところがなくなった」と笑顔で話してくれました。

耕運機を操作する原口さん畑を耕す千葉さん(左)と岩月さん(右)
「新しいことができるようになることにやりがいを感じる」「大変なこともあるが、自分の作った野菜を『おいしい』と言ってもらえるのがうれしい」と言う3人。
また、もうすぐ新しい女性職員2名を採用することが決まっています。原口さんは「新しい人がきたら自分が指導していきたい」とやる気満々の様子でした。
農園では、20代の引きこもりの青年を受け入れた経験もあります。その青年は数年間ソーシャルファームで経験を積み、現在では一般の企業に就職することができたそうです。経営管理部長の岡田尚平さんは「最初はお昼をひとりぼっちで食べたりして、コミュニケーションをうまく取れなかったのですが、毎日農業で体を動かしているうちに自然と会話をすることを覚え、コミュニケーションがとれるようになっていきました。履歴書の書き方や、面接の仕方なども指導して、何回かチャレンジした結果、無事に就職が決まりました」と自分のことのようにうれしそうに語りました。
雇用をする、ビジネスをする、ということは収支の面も考えなければなりません。桑山さんは「福祉とビジネスの両方の視点を持つことが重要です。たとえば、サツマイモの収穫量が少なくなったときに福祉の事業だから仕方ない、と考えるのではなく、企業としてしっかりと改善策を考えていく必要がある」と言います。
また、岡田さんは農業という業種の難しさを「野菜は基本的に収穫したらすぐに食べなければなりません。また、売れ残った場合、どんどん悪くなってしまうので、持ち越すことができない」と話します。

同法人では、ビジネスとして成立させるためにさまざまな改善策を実施しています。その一つが育てる植物種の選定です。野菜の中でもホウレンソウなどの葉物は特に傷みやすく、ムシに食われやすい傾向にあります。今までさまざまな作物にチャレンジした結果、ナス、トマト、ブルーベリー、イモ類などが比較的丈夫で育てやすいことがわかりました。また、販路も広げているといいます。
「収穫したものを希望するデイサービスの利用者さんに購入してもらったり、デイサービスで出す昼食の食材として利用することもあります。そうすることで、ソーシャルファームで働く人と、利用者さんとの間で交流も生まれます。今後は農福連携をしていくことが重要です」と岡田さんは語ってくれました。

ソーシャルファームの今後について語ってくれた岡田さん
最後に、桑山さんと岡田さんが考えるソーシャルインクルージョンとはなにかを聞きました。
桑山さん「直訳で考えると、社会的に包み込んでみんなでやるということだと思います。人は、全員持っている能力が違って、個性があります。それぞれの個性に適したことをやっていくことが大切です。ソーシャルインクルージョンのひとつの形として、福祉教育があります。すべての人が受ける権利を持っている教育は、誰も排除されません。そこから生まれてきたのが、ノーマライゼーションであり、福祉文化なのです。そういう意味で言えば、介護の事業そのものがソーシャルインクルージョンであり、ソーシャルファームです。利用者さんを支援して、元気になってもらって、そこからお金をもらい、生活を送り、また社会に還元していく。この循環がソーシャルインクルージョンなのではないでしょうか」
岡田さん「ソーシャルインクルージョンという言葉は、そもそも人を分けていることから始まっていると思います。たとえば、健常者と障害者とを分けているので、一緒になって社会をつくっていこうという考え方です。昔だったら、男性が外で働いて、女性が家を守っていましたが、現在では女性も社会に出て働くようになりました。これもひとつのインクルージョンの形だと思います。同様に、障害があっても、社会的な弱者であっても、いろいろな人が参加して社会をつくっていくことがソーシャルインクルージョンです。排除せず、受け入れるということかな、と思っています」

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全従業員の7割を知的障がい者が占めるチョーク製造会社の会長・大山泰弘さんが、一緒に働く仲間たちに学んだ大切なことについて綴(つづ)った本です。
