がん治療から就労までワンストップでサポートしたい
2022.01.21

病院・地域・ピアサポーターでがん患者の就労を支援!

福井 福井県済生会病院
Let’s SINC
がん患者さんの治療と就労の両立を、がん治療経験者「ピアサポーター」と医療、MSW、地域で連携してサポートする

福井県済生会病院には、がん患者さんからの相談を広く受け付け、認定がん専門相談員(看護師)や医療ソーシャルワーカー(MSW)、地域のハローワークや福井産業保健総合支援センター(産保センター)などの多職種でサポートする「がん相談支援センター」があります。医療スタッフと一緒にがん患者さんを支えているのが「ピアサポーター」のみなさん。がん治療の経験者で、自身の経験を活かしながらがん患者さんの相談に乗る「がん患者の先輩」です。

今回は、ピアサポーターのあきこさん、ひとみさんと、がん相談支援センターのみなさんで座談会を行ないました。がん治療と仕事の両立を中心に、がん患者さんを支えるしくみについて伺います。

座談会参加者プロフィール

あきこさん【ピアサポーター】

2014年、乳がんの診断を受ける。福井県済生会病院のがん相談支援センターを利用しながら治療・再就職活動を進めた経験を活かし、現在はピアサポーターとして積極的にがん患者さんの治療をサポート中。

年齢:51歳
治療前の職業:デイサービスの相談員。正社員としてフルタイム勤務
現在の職業:訪問介護の事務職。契約社員として週5日・6時間勤務

ひとみさん【ピアサポーター】

2016年、乳がんの診断を受ける。あきこさんと同じく、がん相談支援センターを利用しながら職場復帰したが、がんが再発し現在は休職中。治療を続けながら職場復帰に向けて頑張っている。

年齢:50歳
治療前の職業:正社員として事務職でフルタイム勤務
現在の職業:パートタイムで再就職した職場を休職中

宗本義則先生【集学的がん診療センター長】

福井県済生会病院副院長。外科主任部長。がん患者さん・家族とお茶を飲みながら個別でじっくり語り合う「がん哲学外来」を毎月実施。リラックスした雰囲気で悩みに寄り添う。

細川清子さん【認定がん専門相談員(看護師)】

がん相談支援センターにて、がん患者さんの治療面、生活面の悩みを中心に相談に対応するがん専門相談員。患者さんの相談内容に合わせて、音楽療法士や臨床心理士、管理栄養士など多職種と連携して支援する。

川端敬之さん【医療ソーシャルワーカー】

社会福祉士。がん、脳卒中などの患者さんに対して、高額療養費や傷病手当などの公的な制度に関する説明、治療費に関する相談対応を行なうほか、ハローワーク福井、福井産業保健総合支援センターへの紹介などを行なう。

白崎美千代さん
【ハローワーク福井 就職支援ナビゲーター】

毎月「メディカルカフェ」での出張相談会を行ないながら、患者さんの治療状況・体調に合った求人情報の紹介、企業への就労条件緩和指導(がん患者さんが働きやすい条件を提案・交渉する)を行なう。

▼顔写真をクリックしてプロフィールを表示

――まずは、がん治療と仕事を両立させるための、支援体制について教えてください。

センター長
宗本医師
当院の南館1階(集学的がん診療センター)には、がん患者さんが抱えるさまざまな悩みをワンストップで相談できる「がん相談支援センター」があります。医師や専任看護師、MSWをはじめ、薬剤師や管理栄養士、音楽療法士など各分野の専門スタッフがチームとなり、連携を取りながら患者さんをサポート。その一環として、治療と仕事の両立に関する相談にも対応しています。ハローワーク福井や産保センターと連携をとりながら支援を行なっています。
MSW川端さん
2020年4月からはがん患者さんだけでなく、脳卒中、肝疾患や指定難病などで通院・入院中の方へ対象を拡大し、仕事や就労の相談を受け付けています。がん患者さんは「がん相談支援センター」、その他の患者さんは隣接している「よろず相談外来」で受け付けて、両窓口で連携しています。就労相談票に現在の状況や希望、お悩みなどを記入していただき、ハローワークや産保センターへとつなぐ役割を担っています。

また、患者さんが直接相談できる機会として、ハローワークの就職支援ナビゲーターの方に月2回、産保センターの両立支援促進員に月1回来ていただき、出張相談会も開いています。患者さんの交流や情報収集の場として「メディカル情報サロン」という空間もあり、仕事に関する相談会のほか、定期的にイベントやがんサロン「メディカルカフェ」も行なっています。

メディカル情報サロンで月に一度開催される「メディカルカフェ」。
取材時はクリスマス会が開かれ、センター職員から患者さんへ音楽のプレゼントが贈られました

センター長・宗本先生がお茶目なサンタ姿で登場すると、患者さんたちも大喜び!

抗がん剤治療後の脱毛や、爪、肌などの変化をケアする「アピアランスケア」のイベントも開催。
ウィッグの選び方や手入れついて、親切に教えてもらえます

――気軽に相談できる環境が整っているんですね。
あきこさんは、乳がんの診断を受けた時に、お仕事に関してどのようなお悩みを持ちましたか?

ピアサポーター
あきこさん
当時、介護施設でデイサービスの相談員として働いていました。がんの診断を受けた時は、しばらく休職・治療して元気になったら復職するつもりでいました。ところが病理結果から抗がん剤治療が必要になったんです。副作用への不安、そして術後は右手が上がらなくなるなど体の負担もありました。車を運転して利用者さんの送迎や、介助などの力仕事も行なっていたので、「もうこの仕事は続けられないかも……」と思うようになりました。

不安を抱えながら治療を続ける中で、光明となったのが「メディカルカフェ」です。副作用の影響で脱毛や爪の変形に悩んでいた時期でもあったのですが、ちょうどアピアランスケア(抗がん剤などの副作用による外見の変化に対するケア)の講義が開催されていたんですね。それに参加した際、メディカルカフェで就労相談も行なっていることを知りました。

――ハローワークの就職支援ナビゲーターに相談したんですね。

ピアサポーター
あきこさん
はい、ハローワークの方に「今までの仕事に戻れる自信がないから、退職を考えている」と相談をしたら、「傷病手当がもらえるうちは活用するべき。慌てて辞めることはない」と、アドバイスをいただいたんです。制度のことまで頭が回らなかったので、とてもありがたかったです。
ハローワーク
就職支援ナビゲーター
白崎さん
あきこさんのように闘病中の方は、仕事と治療の両立の不安から退職を考える方が多いんです。でも、体の調子が悪い時はなかなか適切な判断が難しい。休職制度があるならばとりあえずそのままお休みして、退職という大事な決断はまた体調が戻られてから改めて考えるのがよいのではと、おすすめするケースは多いです。

――社会保険や勤務形態など、制度のことまで相談できるのはありがたいですね。
出張窓口以外にも、患者さんをサポートする機会はあるんですか?

ハローワーク
就職支援ナビゲーター
白崎さん
「メディカルカフェ」での出張相談をきっかけに、ハローワークでより深くお話を伺います。患者さん一人ひとりの体調や治療状況に合わせた具体的な求人のご紹介や、職業訓練の情報提供などですね。また、治療中の方は傷病手当金を受給されている方が多いので、受給が終わってすぐに失業給付を受給できるような準備のお手伝いもしています。

――ひとみさんもハローワークの出張相談をきっかけに、
求人を紹介してもらったんですよね?

ピアサポーター
ひとみさん
そうなんです。乳がんになる前は、事務職としてフルタイムで勤務していました。一旦休職して、病状が落ち着いた段階で復職したんです。でも、治療で通院するために毎日早退せざるをえなくて……。会社に居づらくなってしまい、結局退職することに。

その後、体力が回復したタイミングで「治療をしながら働きたい」と思うようになり、ハローワークの方に相談させていただきました。病気を持っていても受け入れてもらえて、週2~3日のペースで働けるところという希望から根気よく探してくださったおかげで、よい職場に巡り合うことができました。

担当の方が、自宅に求人情報を送ってくださったり、こまめに連絡をくれたりと、とてもありがたかったです。今思うと、「遠い場所は無理」「重い物は持てない」など、私の要望が多くて、就労先を見つけるのが大変だったんじゃないかなと(笑)
ハローワーク
就職支援ナビゲーター
白崎さん
ひとみさんのようにはっきり条件を伝えてもらえた方が、こちらとしても探しやすいんですよ。ご本人の体調や希望に合った職場の方が、結果的に長続きもしますし。
ピアサポーター
ひとみさん
そういっていただけて安心しました。治療と仕事を両立させるのは、物理的にも精神的にもとても大変です。ハローワーク以外にも、「メディカルカフェ」を通じてさまざまな方にサポートしていただき、励ましてもらいました。

――あきこさんとも「メディカルカフェ」で知り合ったんですか?

ピアサポーター
ひとみさん
はい、あきこさんは、同じ乳がん患者さんの先輩として知り合いました。ご自身の経験を活かして患者さんを支えるピアサポーターの活動もされていたんです。出会って間もない頃、手編みの乳房パッド(乳房切除術後にバストに当てて使うパッド)をいただいて、「こんな素敵なものを作って無償で配布されているんだ!」と衝撃を受けました。肌触りも優しくてとても使いやすいんですよ。その感動を伝えたら「一緒に作ってみない?」と誘ってくれて。今は私もピアサポーターとして、メディカルカフェでのお話し会や、手編み乳房パッドの会などへ一緒に参加させてもらっています。

――同じ悩みを持つ患者さん同士、支え合えるのは心強いですね。
がん相談支援センターのスタッフの方にはどんな相談をしていましたか?

ピアサポーター
ひとみさん
がん専門相談員である看護師の細川さんは、何でも相談・報告できる、心の拠り所のような存在です。治療の相談はもちろんですが、辛い治療に心が折れそうな時、仕事を辞めようかと悩んだ時など、よく泣きつきに行っていました。細川さんに「大丈夫、大丈夫」って言ってもらえると、不思議と心が軽くなるんです。
看護師
細川さん
集学的がん診療センターでは、音楽療法士や臨床心理士、管理栄養士などさまざまな職種のスタッフがいますが、常にセンターにいるわけではなく、患者さんのお悩みに応じて対応してもらっています。その窓口になっているのが、がん専門相談員である看護師とMSWで、最も患者さんと触れ合う機会が多い役職ですね。

――まず相談できる身近な存在なんですね。相談員のみなさんにとって、
ピアサポーターの方々はどんな存在ですか?

看護師
細川さん
あきこさんとひとみさんには、私もいつも助けられているんです。がん患者さんから「患者さん同士でしゃべりたい」という依頼をよく受けますが、お二人ともピアサポーター講習を受けていらっしゃるので、安心しておまかせできる。医療スタッフには話せない、当事者同士でしかわからないお悩みもあると思いますから。そして何より、お二人がすごく明るくて前向きなこと、いつも笑顔を見せてくれることに癒やされ、元気をもらっています。スタッフから患者さんへの一方通行の支援ではなく、相互に支え合って成り立っていることを、日々実感しています。

――支援を受けた患者さんが、ピアサポーターとして
支える側になっていくんですね。

座談会には参加できなかった両立支援促進員さんにもお話を伺いました!
福井産業保健総合支援センター
両立支援促進員 河合安子さん

両立支援促進員の役割は、患者さんの治療と仕事の両立に関するさまざまなお困り事を伺い、その手助けをすること。例えば、傷病手当金や障害年金など社会保険制度のご説明や、休職中・退職後の生活設計、職場での病名開示についてのアドバイスなどです。病院と情報共有をしながら、患者さん一人ひとりのニーズに合わせた支援を行ないます。また、病気を抱える方が少しでも働きやすい環境が作れるように、企業を個別訪問。事業所内の体制の整備や両立支援の進め方について、情報提供や助言も行なっています。

がん診療連携拠点病院としての「集学的がん診療センター」


がん相談窓口では、国立がん研究センター認定がん専門相談員、MSWのほか、
薬剤師、栄養士など多職種にワンストップで相談できます

専門分野が異なるさまざまな職種のスタッフがチームとなって患者さんを
支援する「集学的がん診療センター」

天窓からやわらかな光が降りそそぐ緩和ケア病棟「愛の家 済生」。
「緩和ケアはがんと診断された時点から始まる」という考えのもと、同院では緩和ケアチームや緩和ケア外来を設け、
体と心に優しいがん治療を進めています

専門分野が異なる複数の医師やスタッフがチームとなって治療を行なう「集学的」という考え方は、がん治療の分野で近年重要視されています。福井県済生会病院では、2007年に「がん診療推進センター」を開設。2011年に「集学的がん診療センター」へ名前を改め、体制を強化しました。さらに2013年、南館が完成したのを機に、その機能を南館1階へと集約。
同センター内の窓口「がん相談支援センター」では、就労支援の取り組みもスタート。当時、全国的にめずらしく県内でも初めての事例となったハローワークとの連携が認められ、2014年4月、厚労省から就労支援モデル事業の指定を受けました。

質の高いがん診療をはじめ、がん情報の集約、地域との連携、患者さん・家族へのサポート、臨床研究や教育の充実といった5つの取り組みを軸に、社会全体でがん患者さんをサポートするしくみづくりが行なわれています。

がん患者さん支援のこれから

集学的がん診療センター長の宗本先生に、両立支援の今後の課題を伺いました。

「現在、病院としての体制を整え、医療スタッフを中心に支援に取り組んでいますが、企業との結びつきや連携がまだ弱いと感じています。患者さんの両立支援に取り組む上で、勤務先の理解や作業環境、制度の整備は不可欠です。

これまで企業のトップの方と患者さんを交えた講演会や、医療スタッフと企業、行政を一堂に会した研修会を行なっており、少しずつ両立支援に対する認知度やコネクションは強くなってきているとは思いますが、まだまだ伸びる余地のある部分。企業の健康経営に関する取り組みが進んでいる名古屋を参考にしながら、病院として情報提供や啓発活動を行なっていくことが、今後の課題です。

福井県済生会病院 集学的がん診療センター

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