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一般社団法人シブヤフォント

2025.5.30

渋谷発! 障がいと創造が交差する
福祉施設と地域をクリエイティブでつなぎ、
“共創”をデザインするシブヤフォント

原宿を象徴する交差点、その一角に2024年開業した東急プラザ「ハラカド」7Fの壁一面に施された色鮮やかでユニークなフォントやパターン。実はこれらは、障がいのある人々が描いた線や絵をもとに、学生たちがデザインし生まれた「シブヤフォント」の作品です。福祉とビジネスを両立するこの取り組みは、障がい者支援のあり方を“共創=コ・クリエイション”というかたちで塗り替え、街を巻き込みながら全国へと広がりを見せています。データライセンスという仕組みを通じて、福祉現場と地域社会をつなげる新たなモデルとして注目されるシブヤフォントの魅力と可能性について、共同代表の磯村歩さんにお話を聞きました。

シブヤフォントって?
働くよろこびの先にある福祉とビジネスの両立

シブヤフォントは、障がいのある人が制作した文字や絵を、学生がフォントやパターンへとデザインし、そのデータを使ったプロダクトを商品化する仕組みです。そして、商品化に伴うデータ利用料を福祉施設に報酬として支払います。

誕生したフォントやパターンは、渋谷区役所の庁舎や住民票、グーグル合同会社の「Google Fonts」、「大和ハウス工業」が手がける工事現場の仮囲い、「しまむらグループ」が全国400店舗で展開する子供服など、さまざまなモノ・コトに使用され、今では累計100社以上に採用が広がっています。

渋谷区役所のサインもシブヤフォントがプロデュースしている。

企画の発端は、磯村さんが非常勤教育職員を務める桑沢デザイン研究所の夜間部の授業で「就労継続支援事業所(以下、事業所)の商品開発」を課題としたこと。その後、東京オリンピックに向けて渋谷土産をつくろうという区のプロジェクトが走り出し、区、福祉施設、桑沢デザイン研究所の連携で学内コンペが開かれました。フォント化は、当時の学生が提案したアイデアです。

2024年4月にハラカドにオープンしたシブヤフォントラボのコンセプトは、「実験的出会いの場」。観光客、買い物客、福祉施設の人、多様な人がこの場所を訪れ、障がいのある人と直接交流する機会を生むことが大きなねらいです。アート鑑賞やファッションショーなどのイベントも、障がいのあるなしに関わらず様々な人が交流することを目的としています。

シブヤフォントラボには、土地柄、ふらりと訪れる外国人も多く、社会的課題をアートとデザインで解決しようとする取り組みにポジティブな反応が返ってくるそう。

磯村さん

制作するフォントやパターンは、障がいのある人が描いた原画をそのまま活用するケース、学生が描いてほしいものをリクエストするケース、「どうすればこの人のクリエイティブが再現し得るだろう」と考えるケースもあります。例えば、筆圧が弱い人なら、色がしっかり塗れる筆に持ち替えてみてもらうとか、集中力が続かない人なら、紙にインクをぽたっと落とした模様を花に見立ててレイアウトしてみるなど、制作プロセス自体にもデザイン側からの発想を活かしています。

完成したフォントやパターンは、シブヤフォントのウェブサイトにて販売されます。個人利用ならフォントは無料、パターンは500円で低解像度のデータをダウンロードすることができます。企業が利用する場合は、契約締結後に高解像度のデータを渡す仕組み。個人と企業、2つのレイヤーがあるところが大きな特徴です。

障がいのある人が輝く新しいビジネスモデルと“フォント”の強み

シブヤフォントラボからの渋谷駅方面の眺めと週末のイベントに向けて作られた飾り。

シブヤフォントが立ち上がる前、磯村さんは世田谷区の福祉施設と菓子販売の取引をしていました。当時、福祉とビジネスを両立させる方法を思案したことが今につながっています。

磯村さん

あるとき、当時仕入れ販売していた焼き菓子のギフトセットに約500個の注文が入ったことがありました。私はとても喜んで、福祉施設のスタッフにそのことをお伝えすると、「そこまで多くの生産はできません」と受注を断念しそうになった経験があります。そもそも福祉施設は、まずは利用者に寄り添うことが大切であり、受注の都合に合わせて利用者に負担をかけることは、その本質ではなかったのです。

一方、フォントやパターンという“データライセンス事業”は、ひとたびデータができれば、障がいのある人には受注ごとの作業は発生せず、利用料として報酬を支払うことができます。データライセンス事業は、利用者に寄り添う営みである福祉とビジネスとを両立させることができるのです。

さらに、原画を書き終えると制作者の手を離れていくデータライセンス事業において、シブヤフォントでは、顔を合わせての交流や実演販売の機会を、事業に欠かすことのできない価値として位置付けています。

磯村さん

シブヤフォントラボでは定期的に、福祉施設と連携し、障がいのある人による商品の製造実演と販売をしています。これにより、シブヤフォントラボに訪れた観光客と障がいのある人との交流が生まれ、障がい者理解と共に、シブヤフォントのフォント・パターンや福祉施設で販売する商品のストーリーが伝わります。データライセンスという、作る人と使う人が直接会わずとも、成立してしまう事業だからこそ、私たちはそういった場を大切にしているのです。

障がいのある人、学生、フォントを使う人
三者のコ・クリエイションがそれぞれの心を変えていく

磯村さん

多くの方々は、中学生の頃から障がいのある人との交流が少なくなっているのではないでしょうか? 実際、日本人の50%以上の方々が、障がいのある人との交流がないようですが、これによって、特定のメディアと数少ない交流体験から生じる障がいのある人に対するレッテルが形成されてしまいます。「どう接したらよいかわからない」「つい避けてしまう」などの印象をもってしまう人も多く、それが“施設コンフリクト(※)”などの社会現象を引き起こしてしまうこともあるのです。でも、障がいのある人と直接交流することで、そうしたレッテルや固定観念は、視野が狭かっただけなのだと気づいていくのです。

※施設(障がい者支援施設、病院、保育所など)がつくられたり運営されたりするときに、その施設と周りの地域に住む人たちの間で起こる意見の対立のこと。

直接的な関わりは、他にも思いがけない副次的な効果を生みました。シブヤフォントでの関わりをきっかけに、学生の中で、福祉施設が就職先の候補になったり、シブヤフォントを採用した企業の経営者が福祉施設の理事になったり、原画を描いた障がい者とご家族に起こるさまざまな心の変化は、磯村さんも当初は予想していなかったといいます。

磯村さん

学生が福祉施設に行って、文字や絵を見て「これ素敵ですね」と声をかけます。普段、何気なく描かれたものに新たな価値が生まれるわけですが、これが障がいのある人の自己肯定感につながります。そして、それはご家族にも伝わり、子育てに対する肯定的な見方も生まれてきます。自分が手がけたシブヤフォントが社会に広がるにつれて福祉施設での仕事にも積極的に取り組むようになるなど、好循環が生まれていきます。ある障がいのある人は「僕はシブヤフォントのアーティストです!」と自己紹介するなど、シブヤフォントは、皆さんの誇りになっているのだと思います。2025年4月に発表した電子書籍「4,500人以上の声から創り上げたへんしんストーリー『ショウガイはへんしんできる。』」では、こうした関係者の気づきと変化を紹介しています。

磯村さんが交流への思いを強くしたひとつのエピソードがあります。シブヤフォントの活動に参加していた学生に「障がい者理解って、進んだと思う?」と問いかけたとき、「私の障がい者理解はこれから一生続きます」という言葉が返ってきたそう。“障がい者理解”と一言でいっても、障がいの種類や特性は十人十色で、とりまく社会の状況も常に変化します。磯村さんは、「一生続く」という考え方にこそ、インクルーシブ社会を実現するために必要な姿勢の本質があると感じました。

磯村さん

フォントというのは、フォントをデザインする人がいて、そして、そのフォントを並び替えたり、大きさを変えたり、色も変えるなど、私たちも加工して使います。パターンにおいても、シブヤフォントでは、使う人が加工しやすいデータ形式(IllustratorやPhotoshop)で提供していて、パターンの背景だけ色を変えたり、一部だけ切り取って使うことも可能です。このように障がいのある人が描いて、学生がデザインして、ダウンロードして使う人がいると、三者による共同創作物になります。まさに共創(コ・クリエイション)ですよね。

シブヤフォントラボが生み出す障がいのある人との直接的出会いの場は、障がいのあるなしに関わらず渋谷を訪れるすべての人の気持ちや認識に変化をもたらす。

ノウハウを「ご当地フォント」
地名が持つインクルージョンの力

シブヤフォントの仕組みは、ソーシャルアクションとして全国への展開がはじまっています。2021年、培ったノウハウや知見をベースとして、「ご当地フォント」が立ち上がりました。毎年新しいチーム(地域)を募集し、これまでに「小樽フォント」「京都ふぉんと」など22か所に仲間が増えています。

磯村さん

契約書類、制作者への報酬の分配方法、使用されたデータの管理やライセンス運用など、ノウハウを共有すると同時に、障がいのある人や福祉施設とどのように連携したらいいかというシブヤフォントとしての哲学や考え方のお話をしっかり伝えています。2025年度からは、全国のご当地フォントチームと共に運営委員会を発足させ、一緒にマネタイズを勉強したり、共同でイベントをする全国的な組織にできればと思っています。

引用:ご当地フォント | フォントとパターンをつかって地元と福祉を応援!

ご当地フォントのチームは、それぞれ現地の福祉施設と、現地の学生やデザイナーでつくること を大原則にしています。社内にデザイナーがいる印刷会社が参画し、オリジナルの制作物がつくれることが強みになってコンテンツを提案する発信型の事業が広がるなど、想定外のシナジーが起こっている地域もあるといいます。

磯村さん

少しずつ実例が出てくる中で、徐々に「うちもできるかな」と多様な事業者の皆さんに広がっています。地域の人たちでやっているからこそ、その地域の人々が自然と応援したくなるし、自治体も後援などで関わりやすいという点も大きいです。“障がい者アート”という主語に比べて、シブヤフォントだと区民全員が自分事に思いますよね。地域名が冠されていることには“地域の人たちを一つにする力”みたいなものがあって、ご当地フォントがソーシャルアクションのネットワークになってきています。

小樽フォントを職員用の手帳に取り入れた社会福祉法人恩賜財団済生会。2023年に誕生した「小樽フォント」は、発達支援事業所きっずてらすの子どもたちが描いた絵や文字をもとに、地元のクリエイターや企業が協力し、フォントやパターンとしてデザイン。ライセンス料などの収益の一部は、製作費として子どもたちに届けられています。
小樽フォントの公式HPへ

シブヤフォントを通じて、
全国の事業所がクリエイティブハブ

ご当地フォントは、自然とまちづくりにも結びついています。デザイナーと学生が福祉施設を訪れるというきっかけづくりをはじめ、フォントやパターンが強力な営業マンとなって、地域に新しい協業を生み出しています。

磯村さん

「シブヤフォントを使って、会社のロゴを作りたい」といったご相談をいただいたとき「では、ぜひ福祉施設に」と、ご訪問いただいたことがあるんです。すると、福祉施設の新たな可能性に気づいていただき、「企業理念を描き下ろしのアートで表現してもらえませんか」という新たな仕事が生まれました。つまり、ご当地フォントは、全国にある事業所をクリエイティブハブ化していると言えなくもない。 事業所を中心として、フォントやパターンなどのクリエイティブがその地域に広がり、また新しいクリエイティブを生み出している。デザインと福祉の現場を振り子のように行ったり来たりしながら、ご当地フォントが地域の人を次々つなげているんです。これはもうまちづくりだと感じています。

シブヤフォントとご当地フォントのこれからを、磯村さんはどのように描いているのでしょうか。

磯村さん

“文化的インフラ”にしたいですね。 日本中、世界中にご当地フォントの仕組みがインストールされて、誰もが知っていて、生活の一部になっているようなイメージ。「あなたの地域のご当地フォントはどんなことをしてるの?」といった会話が共通言語として成り立つような存在です。そんな風に、障がいのあるなしに関わらず皆がクリエイティブで関わり合えば、障がいのある人の働く機会の創出になるのはもちろん、地域の人たちの接点が増えることで障がい者福祉に対する偏見の解消にもつながると思っています。

今回訪ねたソーシャルインクルージョンな場所

一般社団法人シブヤフォント
住所:東京都渋谷区神宮前6-31-21 原宿スクエア(ハラカド)7F シブヤフォントラボ

シブヤフォントの公式サイトはこちら ≫

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