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2026.02.27

済生会熊本病院と熊本福祉センターが歩んだ20年
「支え合う」が当たり前の共生社会へ

熊本 済生会熊本福祉センター/済生会熊本病院
Let’s SINC
福祉施設と急性期病院が協力し、誰もが暮らし働ける地域をつくる

地域に住む障害のある人の“住まい”と“就労”を支えてきた20年

熊本市を中心に、障害者向けの多機能型事業所やグループホーム、未就学児向けの認定こども園児童発達支援センターなど全8施設を運営する済生会熊本福祉センターは、社会福祉法人恩賜財団済生会グループの一員として、2024年4月に創設20周年を迎えました。

「“住まい”と“就労”を一体化した支援」をモットーに、地域の子どもから高齢者まで、幅広く福祉的支援を続けてきました。その歩みの中で不可欠だったのが、済生会熊本病院との緊密な連携です。急性期医療を担う病院と、住まいと就労を支える福祉施設。この20年、両者はどのように関係を築き、住民の生活をどう支えてきたのでしょうか。

済生会熊本福祉センターの宮川栄助所長と、済生会熊本病院の中尾浩一院長に、ソーシャルインクルージョンなまちづくりを実践していくためのヒントを聞きました。

なぜ、“住まい”と“就労”は一体であるべきか

2004年の旧運営団体から事業を継承した当初、済生会熊本福祉センターは「入所授産施設」や「通勤寮」を通じた住まいの支援を軸としていました。大きな転機となったのは、2012年の「障害者総合支援法」の成立です。

これにより、就労継続支援事業所(ウイズほほえみかがやき)とグループホームの併行利用が可能となり、センターでは“住まい”と“就労”を一体で提供するという指針を確立。現在は市内8施設の連携を強化し、包括的なサポート体制を築いています。

宮川所長は、この一体化の重要性について次のように語ります。

「2005年の障害者自立支援法制定以降、国は入所施設中心から地域生活中心へと制度を転換してきました。自宅から事業所に通う生活も地域生活の一環ではありますが、家族が健在な時期は、「住まい・職探し」や「日常生活の介助」などが家族によって行われており、支援ニーズが顕在化しづらい側面があります。

しかし、障害のある方の多くは急激な環境の変化を苦手とします。親亡き後、急に支援体制を整えようとしても、準備不足から住み慣れた自宅を離れ、施設入所するハードルは大きなものです。真の意味での地域移行を果たすには、家族が健全なうちから、将来を見据えた『食・住・職』が保証される持続可能な仕組みづくりが不可欠です」

済生会熊本病院副院長・事務長などを経て、2021年4月から熊本福祉センターの所長を務める宮川栄助さん(右)

済生会グループだから実現できた「安定した就労の場」

そして、熊本福祉センターが行なう「住まい」と「就労」の一体化は、済生会熊本病院の支援なくしては語れません。施設を新たに開設する際の設備投資などはもちろん、現在福祉センターが運営する多機能型事業所の利用者にとって仕事となっているのが、下記のような病院運営のサポート業務です。

・クリーニング工場での熊本病院とみすみ病院のユニホームやシーツのクリーニング
・熊本病院の管理棟の清掃
・熊本病院内のカフェでのパンの製造・販売

宮川所長は「利用者にとって、景気に左右されない安定した就業場所を確保できること。それが病院と連携する最大のメリットです」と語ります。

しかし、現在の形に至るまでは決して平坦な道ではありませんでした。主な取引先だった“くず切り工場”が「採算性の悪化」により閉鎖・撤退を余儀なくされたことや、度重なる制度改正(障害者自立支援法から障害者総合支援法へ)など、幾多の難局に直面してきました。そのたびに当時の職員たちが知恵を絞り、代替事業として現在の柱であるクリーニング事業を立ち上げるなど、逆境を糧にして現在の利用者に安定して“働く場”を提供できる支援体制を築き上げてきたのです。

2025年4月にリニューアルオープンした就労継続支援事業所「ウイズ」のクリーニング工場。従来の1.8倍の洗濯物の処理が可能になった

挨拶がつなぐ、病院職員と障害のある利用者の「共生」

病院で働くことは、安定した賃金の獲得だけでなく、「地域社会で働き貢献する」という実感や働きがいにつながります。

熊本病院の中尾院長は、福祉センターの利用者が院内で働くことについて「誰かの役に立てるという喜びを知ってもらいたい」といいます。「清掃にしても、カフェでの対応にしても本当によくやってくれています。あとは挨拶が素晴らしいですね 。福祉センターの元利用者で、予防医療センターのレストランに就職したホールスタッフも、受診者から『挨拶がいい』と褒められています。急性期病院という緊張感のある職場で、彼らの温かいコミュニケーションが患者や職員のほっと一息つける時間にもなっているようです」

病院内で清掃を行なう就労継続支援事業所「かがやき」の利用者

できるだけ名前で呼びかけたい――そんな思いから、福祉センターから来ているスタッフの顔と名前が記されたリストをいつも持ち歩いているという中尾院長。福祉センターの利用者もまた、病院を支える大切な一員として迎え入れられています。

心血管インターベンション・循環器集中治療を専門分野とし、創立90年を超える済生会熊本病院の院長を務める中尾浩一医師

また、毎年恒例の「健康フェア」では、福祉センターの皆さんがパンやアイスクリームの販売で出店。来場者との交流が生まれるこの催しは、利用者の活躍の場であるとともに、病院スタッフにとっても楽しみなイベントとして定着しています。

さらに、病院の職員食堂では、利用者向けの食事も用意され、スペースを共同利用しています。定期的な「給食会議」には利用者代表も参加し、病院の調理スタッフと直接意見交換を行なうなど、より良い環境作りを共に進めています。他にも、外来がん治療棟には利用者が制作した芸術作品が展示されたり、熊本病院の職員と利用者がともに防災訓練を行なうなど、交流の深まりは、イベントや日常の至る所で見受けられます。

消火器の使い方を教えているのは、元消防士の熊本病院職員

地域へと輪を広げるインクルーシブな支援

福祉センターと熊本病院は、病院や施設という限定された空間だけでなく、利用者への理解の輪を、さらに地域へと広げることを目指しています。

地域で暮らすことは、就労や余暇、地域活動へのアクセスを容易にし、社会参加の機会を増やすことにつながります。一方で、知的障害は外見からは判断がつきにくい場合も多く、偏見や差別に直面するケースも少なくありません。実際に2016年の熊本地震の際、地域で自立生活を送っていた利用者が給水を受けようとしたところ、周囲の理解が得られず断られてしまったという苦い経験もありました。

宮川所長は「こうした課題を乗り越えるためには、日頃から地域に溶け込み、地域社会に貢献していくことが不可欠。さまざまな活動を通じて、地域住民の方々に利用者の特性を正しく理解していただくことこそが、真の目的」だと、いいます。

福祉センターでは、地域への感謝を込めて毎年秋祭りを実施しており、400人程度の地域住民が来場し、利用者とのふれあいを通じて地域に溶け込む効果を期待しています。また、宮川所長は「2025年 にリニューアルしたクリーニング工場を地域住民や病院職員向けにオープンファクトリーとして公開したい」という構想を語ります。

済生会熊本福祉センターと熊本病院の20年にわたる連携体制は、そこで暮らす障害のある利用者、医療スタッフ、そして地域の人々を結び付け、誰もが暮らしやすいまちをつくる大きな原動力となっています。

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