【恤救規則】

じゅっきゅうきそく

1874年に制定された救貧法令のこと。日本初の公的な救済制度です。背景には、明治維新後、近代国家の建設を目指した大きな社会変化の中で、多数の生活困窮者が生まれました。これは、士族の解体(身分制の廃止)による失業や、地租改正により多額の租税を払うことができなくなった農家の困窮、工場への出稼ぎなどを目的とした都市への人口集中といった、激しい社会変動の結果でした。当時、救済の方法は主食である米の代金を支給するというものが主でしたが、対象となる人は限定され、高齢者や子ども、病気や障害があるために自ら働くことができない人で、扶養者も配偶者もいない「無告の窮民」と呼ばれる人とされていました。約半世紀にわたって生活困窮者を救済する唯一の法律でしたが、1932年には恤救規則に代わる法律として救護法が施行され、対象に妊産婦が追加されるなど、さまざまな見直しがなされました。さらに戦後には、救護法から生活保護法へと国による救済制度が受け継がれています。

参考サイト
民間慈善事業の萌芽と中央慈善協会の設立(社会福祉法人全国社会福祉協議会)
厚生白書(昭和31年度版)(厚生労働省)

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