医療面だけでなく生活面でも患者さんを支えたい
2021.03.12

患者さんの内面に合わせた支援で生活困窮からの脱却を目指す

福岡 済生会二日市病院
Let’s SINC
貧困に苦しむ人に医療を届けるだけでなく、一人ひとりに合った生活支援を模索し、生活そのものの改善を支援する

生活に苦しむ人に医療を届ける「無料低額診療事業」

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響を受け、収入の減少や失業に悩む人々が多くいます。日本労働組合総連合会が2020年11月に行なった「コロナ禍における雇用に関する調査」では、全体の約3割が「コロナ禍の影響で今年の賃金総額が減る見通し」、さらに約6割がコロナ禍の状況や会社の業績から「自身の雇用に不安を感じる」と回答しています。
今後、収入の減少などにより生活が圧迫され、医療が必要にもかかわらず十分な診療を受けられなくなってしまう人々が増加すると考えられます。このように、経済的事情などにより医療を受けにくい人々のために、無料または低額で医療行為を行なう「無料低額診療事業」という制度があります。
無料低額診療事業の支援の現場について、済生会二日市病院で医療ソーシャルワーカー(MSW)・地域包括ケア連携士として働く並松秀邦さん(トップの写真)にお話を伺いました。

※済生会では、医療・福祉サービスや住まいなどの生活支援を一体的に提供する地域包括ケアシステムの実現のため、組織の内外と連携する「済生会地域包括ケア連携士」を育成しています。一定の実務経験があり、所定の研修を修了した者が認定されます。

「相談してもどうにもならない」現状

同院は年間約70件の無料低額診療事業の新規相談を受け付けています。コロナ渦においては、行政機関を通じての相談が増えました。行政機関が発行する医療費減免診療相談券による受付件数は、令和元年度の26件に対し、令和2年度2月末時点ですでに33件に達しています。
相談者の多くは「受診しなきゃと思ってはいるけど、ぎりぎりの生活で健康は二の次で……」と嘆きます。経済的に苦しいにもかかわらず、生活保護の基準に当てはまらないなどの理由で最適な支援にアクセスできないまま、一人で抱え込んでしまう人が多いのです。
Aさん(40代男性)も、生活困窮からの脱却に向けて同院で継続的に支援を受ける一人です。5年前から糖尿病と躁うつ病で治療を受けていましたが、経済的理由から幾度も中断。病状が悪化するたびに、救急搬送を繰り返していました。

無料低額診療事業を実施する「地域医療連携室」のメンバー

面談を行なった際、Aさんは「お金がない。いろんな所へ相談に行ったけどダメ。生活を見直せと言われてもどうにもならないよ」と、相談機関への不信感、家計が不透明なことに対する不安を訴えました。そこで、同院では相談機関への不信を払しょくするため、まずは「相談を継続してもらうこと」を支援の目標としました。

患者さんの内面に合わせた課題を設定

面談では、信頼関係を築くために、Aさんの性格に合わせた対応が必要でした。Aさんは自身の行動や生活習慣を指摘されることを嫌います。そこで、話を遮らず、笑顔でうなずきながら「それから?」「ほかには?」と、回答の範囲を制限せず自由に考えて答えてもらうOpen Question形式で話を聴くことに。すると「あなたは話しやすい。また来ますね」と心を開き、話してくれるようになったのです。
次に、「Aさん自身のペースで」を合い言葉に、Aさんが抱える不安の見える化を図りました。一つ目は家計の見える化で、収支の表をAさんと作成して整理しました。二つ目は、Aさん自身の傾向の見える化で、その人が持つ「強さ・力」に着目して分析する「ストレングス四つの類型表」を用いました。分析の結果、Aさんにとっての力の源が「子どものため(環境)」と「仕事がしたい、健康を保ちたい(関心)」であると分かりました。

家計やAさん自身の状況を確かめられたことで、Aさん自身が問題解決に向けた行動を起こし、同院がそれを確認・助言するという支援体制が確立できました。
「何にいくら支払っているのかが分からない」という問題には、「次回面談までに収入と支出が分かる書類を準備する」という課題を設定。こうして課題を順番に解決していくうちに、Aさんは自信を持てるように。並松さんは「レシートで家計簿をつけるのが楽しくなってきたと、笑顔で話してくれたのが特に心に残っています」と振り返ります。

目標設定を重ねて生活が改善

面談は、初めの1カ月は週1回程度、その後は月に1回のペースで実施。生活再建のための自己破産や自宅の住み替えなどを経て、最初の面談から2年が経過しました。この間、救急搬送されることはなく、健康状態が安定。新たな問題が発生しても、その都度、目標を再設定することで何とか乗り越えられています。生活困窮からの完全脱却はもう少し先になりそうですが、今後もAさんへの支援を続けていくそうです。
経済的にサポートするだけでなく、ツールなどをうまく使って課題を共有し、その人に合わせた支援によって、生活そのものの改善を目指す。無料低額診療事業の現場では、まさに患者さんに寄り添った支援が行なわれています。

新着記事

ソーシャルインクルージョン、最前線