制度からこぼれ落ちる生活困窮者を救いたい
2018.05.31

人の切れ目をつくらない――生活困窮者を人と制度につなげる

埼玉 NPO法人ほっとプラス
Let’s SINC
身寄りのない生活困窮者が人とつながれる場をつくり、日常生活の支援や、公的制度利用の手助けをする

「自分は一生食うに困らない」「ホームレスには絶対ならない」と言い切れる人はどれだけいるでしょうか。病気や障害を持った人たちが家族に先立たれ、人とのつながりが希薄になると、アパートを借りることも、最終手段である生活保護の申請すらもできなくなることが現実に起きています。他にも様々な問題を抱え、ホームレス生活を余儀なくされている人たちがいます。こうした生活困窮者を支援する活動を続けているのが、NPO法人「ほっとプラス」(埼玉県さいたま市)です。

参加者のほとんどが生活保護受給者

ゴールデンウィーク直前の4月27日、ほっとプラスが月に一度主催する「いこいの会」が市民会館で開かれました。これは同法人が行う食事兼交流会で日常生活支援の一つ。出来上がった料理を食べるのではなく、食材からみんなで手分けして調理するのがこの会の流儀です。参加する支援対象者は約20人。そこに職員・ボランティアを加えた30人が一室に集い、ガステーブルを囲んで調理が始まりました。


参加者と職員、ボランティアで手分けして調理を行なう

今日のメニューはお好み焼き、サンドイッチ、デザートのフルーチェ。それぞれが手分けしてお好み焼きの粉を練り、キャベツを刻み肉を焼いていきます。そして、1時間ほどかけて完成した料理を、テーブルを囲んでみんなで食べます。「ウチの最も大事な活動です」と、ほっとプラス事務局長の平田真基(ひらた・まさき)さんは言います。

「ここに来る人は、路上・駅・公園などで一時はホームレス状態だった人や、障害をもつ方や高齢者の方が多いです。私たちと関わりがあり、ほとんどの人が生活保護を受けています。皆さんに共通して言えるのは、身寄りがなく人とのつながりが希薄なこと。ただ集まって2時間ほど一緒に過ごすだけですが、人とのふれあいが生まれ、料理体験は生活スキルの向上にもつながります。それと安否確認の意味も大きいですね」

「いこいの会」が毎月最終週の金曜日に開かれるのは、さいたま市の生活保護の支給日が毎月5日だから。1回の食費を浮かすためだけに来る人もいるが、それも大歓迎。月に一度だけでも、人とのつながりを体感してもらうことに意義があるといいます。


ほっとプラス事務局長の平田さん

生活困窮の要因は複雑に絡み合っている

近くのアパートで一人暮らしをしている坂野さんは、いこいの会の常連参加者です。「週に何度か老人福祉センターで将棋を指すのと、ここへ来て食べるのが楽しみ」と語ります。市が開いた無料相談会でほっとプラスの存在を知り、それから8年余り、ほぼ欠かさず参加しているそうです。

貧困ビジネスの劣悪な施設暮らしから脱却すべく、ネットで情報を仕入れたという松野さん(仮名)は、アパートと契約するまでの期間、ほっとプラスが運営するシェルターで暮らしていました。不動産屋に掛け合ってくれたのも、障害者手帳の申請のために区役所まで同行してくれたのもありがたかったけれど、なかでも「目の手術をしたとき、緊急連絡先になってくれたのがうれしかった」と話してくれました。


いこいの会常連参加者の坂野さん

ホームレスや生活困窮者は、ただ単純に働き口がないとか、住む家がなくて困っているわけではありません。そこに問題の本質があると平田さんは語ります。

「お金だけでなく病気、障害、高齢化、家庭環境など、いろいろな要因が幾重にも複雑にからまって生活が立ち行かなくなっているんです。行政は、障害者福祉、高齢者福祉、児童福祉というように、福祉・サービスもタテ割りで考えるから、どうしても制度の枠から漏れてしまう人が出てきます。実際、私たちが支援する人たちは実に多様で、年齢も、困っている内容も、置かれている環境も一人ひとり違うんです」

代表は『下流老人』の著者

3年ほど前、日本の高齢者が置かれた危機的状況を書いた『下流老人』という本が話題になりました。下流老人とは、「生活保護基準で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」を意味する造語で、年金制度の破たんや行政の無策から、日本の高齢者の9割が下流化する可能性があると警鐘を鳴らしました。著者はソーシャルワーカーで反貧困ネットワーク埼玉代表も務めている藤田孝典氏。ほっとプラスは、2011年にその藤田氏が立ち上げたNPO法人です。

活動の軸は、ホームレス状態の人や生活に不安のある人を対象とした「生活相談」、シェルターやシェアハウスなどの「住まいの提供」、いこいの会に代表される「日常生活支援」、貧困問題の現状を講演やメディアを通じて社会に訴える「ソーシャルアクション」の4つ。こう書くとかなり大きな団体に見えますが、職員は非常勤5人を含めて10人しかいません。平田さんも実は非常勤で、平日は東京の知的障害者施設に勤務するダブルワーカーです。

「それでも5年前は実質1人で切り盛りしていたので、だいぶ楽になりました。代表理事の藤田は、今はメディアやSNSを通じた社会発信に軸足を据え、現場はわずかな職員とボランティアの人たちでまわしています」

この種の支援活動を行う団体に、マンパワーや資金力を期待するのは困難です。いこいの会の経費は食材費1万円、レンタカー代5,000円、告知のハガキ代5,000円、会場費は無料でしめて2万円強です。「これで皆さんが楽しんでくれれば安いもの」と平田さんは笑います。

アパートを借りるときの「緊急連絡先」に

いこいの会でさりげなく場を盛り上げる高野昭博さんは、ほっとプラスの支援でホームレス生活のどん底から立ち直った一人です。すっかり生活を立て直した今は職員となり、反貧困ネットワーク埼玉でも電話相談などを担当しています。

「単身者が年をとると人とのつながりが極端に薄くなります。また、生活保護を長く受け続けていると物欲そのものがなくなる。これは私の体験から言えることです。ですから、こういう集まりが貴重なんです。一緒にお好み焼きを作った、テーブルを囲んだというわずかなつながりでも、参加者は確実に元気になるんです」


ほっとプラス職員の高野さん

高野さんの案内で、生活相談や住まいの提供の場となる事務所を見せてもらいました。細い路地の突きあたりにある古びた2階建てアパート。1棟を借り上げ、その1室を事務所に、3室をシェルターに充てています。路上生活を切り上げるには、アパートを借りるまでつなぎの部屋が必要です。生活保護を申請する場合も、書類に住所の明記が求められることが多数。そのために利用されるシェルターは、さいたま市内に全7棟40室をキープしているといいます。この場合、さいたま市の生活保護における住宅扶助分(月額4万5,000円)が家賃となります。

インタビュー中に高野さんのケータイが鳴りました。不動産屋からで、アパートを借りていた人が亡くなったため、後片付けにかかった費用を請求してきたのだといいます。

「身寄りのない高齢者、しかも単身で定職を持っていないとアパートの入居すらままならない。私たちは連帯保証人にはなれませんが、彼らの緊急連絡先になることはできます。緊急連絡先になったことは、これまで100件近くあるかもしれません。忘れた頃にこうした電話がかかってくるんです」と、高野さんは微笑みます。住宅に関する相談は年々増えており、事後のトラブルもまた増加傾向にあるといいます。


(左)1階の1室に構えている事務所、(右)2階はシェルターになっている

できる限り制度にのせていく

生活保護受給者に占める高齢者世帯の割合は増え続けています。厚労省によればその9割が単身世帯だといいます。金の切れ目が人の切れ目といいますが、人の切れ目は生活保護や路上生活の起点となります。これをいかにして防ぐのか──。ソーシャルワーカーを中心に構成されるほっとプラスの武器は「できる限り制度にのせること」だと平田さんは語ります。

「困りごとに応じて利用できる制度を、相談者と一緒に考えていくのが私たちのやり方です。まずその人の生活状況をしっかり把握し、なぜ困窮しているのか、その原因や理由を明らかにします。そのうえで、収入がなく生活が成り立たないのなら生活保護につなげる。病気なのに医療費が払えず医者に行けない人がいたら、無料低額診療をやっている病院を探して紹介します。なかには、制度にあてはまる人であっても情報が入手できない、あるいは申請方法を知らないためにサービスにたどりつかない人もいます。そうした人たちをいかにして制度にのせるかという部分で、今後も支援していきたい」

今年4月、改正障害者総合支援法の中に「自立生活援助」というサービスの枠組みが創設されました。施設やグループホームなどから一人暮らしに移行する障害者に対して、定期的に巡回し見守るサービスを行う事業者へ、補助金が給付されるようになったのです。ほっとプラスにとっては朗報で、財源確保の面からも積極的に取り組んでいきたいといいます。「ほっとプラスがいらない社会が理想です」という平田さん。そんな社会を目指して、彼らは今日も活動を続けています。

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