がんの影響を受けたすべての人の不安を解消したい
2019.11.19

病院でも自宅でもない“第二の我が家”でがん経験者を支える

東京 認定NPO法人マギーズ東京
Let’s SINC
がん経験者やその周囲の人が気軽に来られる場をつくり、自分の力を取り戻せるようサポートする

東京湾に面する江東区・豊洲で、がん経験者やその家族、友人など、がんに不安を抱えるすべての人を温かく迎え入れる「マギーズ東京」。予約なしで気軽に訪問でき、専門家とまるで友人のようにゆっくりと話をする中で、自分自身の力を取り戻せる場所です。2016年10月にオープン以来、約2万人が足を運んでいるという「病院でも自宅でもない、第二の我が家のような居場所」を訪ねました。

スタッフは、来訪者の名前を聞くことはしない

訪れた人すべてをほっこりと包み込むような佇まい、といえるでしょうか。東京湾にほど近い「マギーズ東京」に着き、手入れが行き届いた小さな庭を抜けると、木がふんだんに使われた二つの建物が渡り廊下でつながっています。屋内に入ると、窓からは光が気持ちよく入り、ゆるやかな海風がそよいできて、こちらの気持ちがほっとゆるみました。


左より本館、アネックス

渡り廊下にも木を使い、左右には中庭が広がる

「ここは、がんになった人や、そのご家族、ご友人など、がんに影響を受けているすべての人が気軽にいらっしゃる場所です。予約は必要ありません。病院でも自宅でもない、第二の我が家のような居場所です」

そう話すのは、マギーズ東京センター長・共同代表理事の秋山正子(あきやま・まさこ)さん。建物の中を見渡すと、一枚板の大きなテーブル、ゆったりとくつろげるソファやクッション、オープンキッチンがあり、自然とリラックスできる雰囲気が漂っています。“第二の我が家”ならではの工夫が多く施されており、例えば、スタッフは来訪者に対して「いらっしゃいませ」とは言わず、声掛けは「おはようございます」「こんにちは」。名前を聞くこともないといいます。


窓から光が差し込む本館の部屋

温かみを感じる大きな一枚板のテーブル

「来訪者の皆さんからは、とにかくよく話をお聞きして、その話の中でご自身の力を取り戻していただけるようお手伝いをしています。例えば、まだまだ仕事がしたいとか、幼い子どもがいるから不安とか、その人によって思いはさまざまですので、その辺りのことをゆっくりとお聞きする。それが基本の姿勢です。こちらで答えを用意することはしません」

1日に訪れる人の数は、およそ20人。思い思いの場所で時間を過ごす来訪者に、スタッフはまずお茶を出しますが、慣れている来訪者は、自らオープンキッチンに行きセルフサービスでお茶を入れるといいます。そしてゆっくりとお茶を飲むうちに、自然と、自身の胸中を話し始める人が多いそうです。

「皆さん、それぞれお話をする中で、『あ、私はこういうことを思っていたんだ』『心のモヤモヤの原因はこれだったんだ』と、お気づきになるんです。そうすると気持ちがだんだんと整理されて、別人のようにすっきりとした表情でお帰りになります」


オープンキッチン

限られた時間で、自分の不安を口にすることは難しい

マギーズ東京がオープンしたのは、2016年10月10日。秋山さんの長年の思いが実っての設立でした。

「がんにかかった人が、病気の悩みだけでなく、毎日の生活のちょっとした困りごとを相談できる場所を作りたいと、ずっと思っていました。私は長年看護師として働き、看護教育にも携わってきたのですが、看護師になって19年後、41歳の姉が肝臓がんで亡くなりました。姉のがん闘病を通して、病気になっても病院ではなく生活の場で過ごすことができたらいいのではと、1992年から訪問看護の仕事を始めました」


マギーズ東京センター長・共同代表理事の秋山正子さん

それから20年にわたり、末期がんの人への訪問看護を続けましたが、この期間に秋山さんが強く感じたのは、多くの人が、言い表しようのない不安を抱えたまま在宅療養生活を送っているということでした。

「在宅で療養生活を送る人は、それまで外来で病院にかかっているわけですが、その際に、本当に欲しいと思っている情報を手にしていないんです。例えば、処方されている薬が自分に合わずに副作用で困っているという場合も、病院の先生がおっしゃるのだから薬を飲み続けるべきなのだろうな……とモヤモヤしたり。治る見込みがないと診断された後、誰にも相談できないままに高額な民間療法にはまったり。院内にがん相談支援センターを設ける病院はたくさんありますが、予約制で、しかも時間は30分ほどと決まっています。その制限の中で自分の不安を整理してスムーズに口にすることは難しいのです」

医療知識を持った友人のように、横並びで話を聞く

がん経験者が自分の思いを吐露できて、必要な情報に触れられる。そういう場所が必要だ。そう確信していた秋山さんに、2008年、出会いが訪れます。秋山さんがまさに理想とする、イギリスの「マギーズキャンサーケアリングセンター(マギーズセンター)」の存在を知ったのです。

「同センターの第1号として設立された『マギーズ・エジンバラ』のセンター長と、偶然同じシンポジウムで登壇者同士として出会ったんです。そのときのセンター長の発表にとても興味が湧いて、すぐにイギリスへ施設見学に行きました。著名な建築家がデザインした建物は、建築も内装も本当に素敵で。来訪者が相談をするのに予約は不要で、いつ行っても必ず専門家がいる。だけど専門家ぶることはなく、医療知識を持った友人のようなスタイルで横並びで話を聞く。こういう相談支援ができる場をぜひ日本にも作りたいと思い、帰国後はことあるごとに発信を続けました」

しかし、すぐに実現させることは難しく、秋山さんはまず無料で予約のいらない“よろず相談所”を開設します。新宿区の団地の空き店舗を改装し、がん以外の病気についても相談できる「暮らしの保健室」を立ち上げたのです。すると、そこで新たな出会いに恵まれます。のちにマギーズ東京の共同代表理事となる鈴木美穂(すずき・みほ)さんが、秋山さんを訪ねてきたのです。

「鈴木さんは24歳という若さで乳がんを患い、過酷な闘病生活で心身ともに不安定に陥った経験がありました。そんな矢先にイギリスの『マギーズセンター』の存在を知り、インターネットで検索したところ、私の名前が出てくると。日本でこの人に会わなければと訪ねてきてくれました」

その後の展開は目覚ましいものでした。共通の目標である「日本にマギーズセンターをオープンすること」を目指し、それぞれの仲間とともにクラウドファンディングなどで資金集めに挑戦。NPO法人を立ち上げ、イギリス本部とまめに連絡を取り合い、見事、日本でのセンター開設の許可が下ります。そして、期限付きではありましたが、豊洲の土地と巡り合い、着工も決まりました。

「以前私がイギリスを訪ねた後も交流が続いていたこともあり、無事に話が進んで開設することができました。あれから丸3年がたち、これまでおよそ2万人が利用してくださっています」

スタッフに支えられ、自分の力を取り戻す

マギーズ東京には、心理士や保健師、看護師などのスタッフが、常勤と非常勤を併せて11人在籍しています。そして、普段は病院の看護師として働き、本職の勤務時間以外にこちらで活動するボランティアが20人。計30人ほどで運営を行ない、4、5人のスタッフが常駐しています。常勤と非常勤のスタッフの給与を含め、運営費はすべて寄付金によって成り立っています。また、マギーズのスタッフは年に1回はイギリスの本部で研修を受けています。


(左前から時計回りに)栗原幸江(くりはら・ゆきえ)さん、鈴木和枝さん、木村晶子(きむら・あきこ)さん、岩瀬広美(いわせ・ひろみ)さん

共同代表理事の鈴木美穂(すずき・みほ)さんの母である鈴木和枝(すずき・かずえ)さんも、ボランティアスタッフの一人です。

「私は医療従事者ではないので、来訪者のご相談に乗ることはできないのですが、“ミート&グリート”という役割で、皆さんが居心地よく過ごしていただけるような環境づくりを心掛けています。この場所は分かりにくい位置にあるので、近くの駅までご本人やご家族をお迎えにあがることもあります。そうすると、お会いした途端に涙を流される人もいらっしゃるんです。でも、ここで心がほぐされて、最後は笑顔でお帰りになる。私はもともと同じ立場にいましたので、皆さんのお気持ちはとても分かります」


ミート&グリート担当の鈴木和枝さん

来訪者の変化として、最近印象深かった出来事を尋ねると、秋山さんは次のエピソードを教えてくれました。

「がんの治療中のときは食事が進まなくて、今より10kgほど痩せていた50代の女性がいらっしゃいます。ここではさまざまなプログラムを受けることができるのですが、その人は毎日のように通って、『ストレスマネジメント』や『「心」のリラクセーション』などを受けていらした。そのうちに気持ちが整理されたのでしょうね。今度はご自身で外に飛び出して、一般社団法人キャンサーフィットネス(運動を通して、がん経験者を支援する団体)が主催するエクササイズのプログラムに参加し、そこで仲間が増えて。つい先日『マギーズ東京』のイベントを行なった際は、役に立ちたいということで、ご自身でデザインしたオリジナルの着ぐるみを着て募金箱を持って募金活動をしてくださったんです。初めの頃を考えると、まるで別人のようです」

マギーズのコンセプト通り、この女性は、まさに自分の力を取り戻したのです。

「ここの土地は、当初の予定では2020年まで使用可という条件でした。けれど、がんに不安を抱えるご本人、ご家族、そしてご遺族と、たくさんの人に利用していただいているということもあり、2022年まで使用の延期が決まりました。ずっと長く運営ができるよう、日々努力を重ねていきたいと思います」

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