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特定非営利活動法人 虹色の風×済生会中央病院
2023.07.24

“障害者アート”の枠に閉じ込めない、“生きる証”を伝えるアート
病院が発信基地となる「虹のアート展」

「アートが好きな人にたまたま障害があっただけ」——障害者を対象にしたアート教室や展覧会の企画などを手がける特定非営利活動法人「虹色の風」の平山淳子さんは話します。“障害者アート”という枠組みを超え、時にダイナミックに、時に緻密に描かれた色彩豊かな作品たち。そんなすてきなアートたちに出会える場所が身近にあるのをご存じでしょうか。東京都港区の済生会中央病院。病院の一角でこれまで二度にわたって開催された「虹のアート展」は“絵からパワーをもらえる”と多くの反響が寄せられました。アート展の魅力や7月からスタートしている夏の展覧会の見どころを平山さんと中央病院広報室長 佐藤弘恵さんに伺いました。

まずは一緒に、アートをたのしんでみよう。

「虹」(仮) 作者:ゆうじろう
「虹」(仮) 作者:ゆうじろう

青色から始まり、赤、紫、薄水色と4色で描かれたユニークな色遣いの虹。2022年の冬、初めて済生会中央病院で開催した「虹のアート展」に展示された作品です。

「虹=七色」という概念を飛び超え、みずみずしく広がる色。明るい青から深い青へ、青のグラデーションが、見る人の心を不思議と穏やかにしてくれます。作者は自閉症をもつ男の子。描いたとき、彼が一番初めに画用紙に落とした色は“青”でした。自分の気持ちを落ち着かせるように、少しずつ青の色合いに変化をつけていきました。

平山さん
平山さん
最後に紫と水薄いブルーを塗り、自分のサインをして、ホッとした様子でお母さんと帰っていったのを覚えています。子どもは周りの大人の空気や環境の変化を敏感にキャッチします。彼は言葉でコミュニケーションはできるけれど、自分の細かな心情を伝えるのは少し苦手。「言葉では伝えられない」心の動きを、自由な色遣いで絵の中に表現しています。
特定非営利活動法人 虹色の風を代表する臨床美術士の平山淳子さん
特定非営利活動法人 虹色の風を代表する臨床美術士の平山淳子さん
「チームガジェッター、少年カゼオシキと仲間たち」作者:平山 亮
「チームガジェッター、少年カゼオシキと仲間たち」作者:平山 亮

この絵の主人公は「カゼオシキ」という少年。少年の周りには7色に変化するさまざまな力を持ったロボットたちが描かれています。ロボットは色や形を変えながら地球の危機に立ち向かいます。この作品は、自閉症を抱える平山さんの息子さん・亮さんが2011年の震災後に制作したもの。作品に託したのは、震災後に亮さんが感じた「なんとか地球を守らなければいけない」という強い願いでした。

平山さん
平山さん
タイトルには、大きな災害を目の当たりにして「地球は1人では守れない、困難を乗り越えるにはチームになることが必要だ」という彼の思いが込められています。このタイトルに行き着くまで、彼は何十枚という用紙に1ミリくらいの文字で裏表びっしりと案を綴っていました。その膨大な資料を虫眼鏡で覗くと、一つとして同じものはないんです。描かれたロボットにもそれぞれ個性や背景があり、一体一体に細かく色が決められています。
作品制作を行なう亮さん。1作品を描くのに、制作期間は1カ月半ほど。縦80cm×横110cmほどの大きい作品が多い。
作品制作を行なう亮さん。1作品を描くのに、制作期間は1カ月半ほど。縦80cm×横110cmほどの大きい作品が多い。

絵を描くことが好きな人に「たまたま障害があった」

亮さんの心の中だけにある唯一無二の物語を、緻密な構想作業を経て32色の色鉛筆で描き出した「チームガジェッター」。亮さんの世界を表現する方法としての「アート」との出会いは、亮さんがまだ幼稚園の頃でした。

「ココアと練乳を床にまき散らかす」「トイレの水を溢れさせる」「まったく眠らず、夜中に外へ飛び出す」——日ごとにエスカレートするいたずらに困り果て受診した病院で、亮さんは自閉傾向にあると診断を受けました。そんな亮さんに平山さんが偶然手渡したのが“小麦粘土”でした。

平山さん
平山さん
目を離すといなくなる亮を探して交番へ駆け込むこともしばしば。そんなとき、たまたま渡した小麦粘土で遊ばせてみたら不思議とその間はじっとして、手を動かしていたんです。それからは2歳下の弟の匠と粘土で遊ぶことが日常になりました。
「カタツムリが這う様子」を表現したものなど、今にも動き出しそうな亮さんの粘土作品。「これが食卓にくっつけられていたり(笑)」(平山さん)

「カタツムリが這う様子」を表現したものなど、今にも動き出しそうな亮さんの粘土作品。「これが食卓にくっつけられていたり(笑)」(平山さん)

小さな頃から一緒に小麦粘土で遊んだ弟の匠さんは現在プロの彫刻家として活動。「自閉症という障害がある兄と自分の粘土を介したコミュニケーション」についての研究発表を行ない、亮さんの絵も展示された。二人は “障害がある兄”と“弟”ではなく“ライバル”。

小さな頃から一緒に小麦粘土で遊んだ弟の匠さんは現在プロの彫刻家として活動。「自閉症という障害がある兄と自分の粘土を介したコミュニケーション」についての研究発表を行ない、亮さんの絵も展示された。二人は “障害がある兄”と“弟”ではなく“ライバル”。

アートは、その人が“生きた証”になる。

粘土遊びに夢中になる姿を見て、平山さんは亮さんの美術の「先生」を探します。しかし、なかなか見つからず、自身で美術の勉強しようと決意。そこで出会ったのが「臨床美術(クリニカルアート)」でした。もともとは、アート制作を通して脳を活性化させ、認知症の予防と改善の目的で始まった臨床美術。現在では対象者が広がり、子どもの「発達」に働きかけ、感性や自己肯定感を育む教育プログラムとしても注目が高まっています。

平山さん
臨床美術を学んだ師から「鉛筆1本、紙1枚で参加者が『このアートをやってよかった』と希望を持てるようなアートセラピーをやってください」「描く人の個性をとにかく大切にしなさい」と教わりました。臨床心理士として障害がある人のさまざまな絵を見ていると“繰り返し描く”など、障害の特性から出てくる表現は確かにありますが、それだけでは説明がつかないその人自身の内側にある豊かな世界や思いを感じます。「もし彫刻家の手がなくなってしまえば、その人は障害者ですか、それとも彫刻家ですか」と彫刻家の人に聞かれたことがあります。絵を見るとき、この作品を描いた人に、たまたま障害があったという捉え方が、私にはとてもしっくりくるんです。
自閉スペクトラム症、ダウン症などの子どもたちを対象に高輪区民センター創作室で実施したアート教室。臨床美術士として、1カ月で高齢者だけでなく、障害者も含む100人ほどのセラピーを担当したことも。

自閉スペクトラム症、ダウン症などの子どもたちを対象に高輪区民センター創作室で実施したアート教室。臨床美術士として、1カ月で高齢者だけでなく、障害者も含む100人ほどのセラピーを担当したことも。

セラピーとしての「臨床美術」に向き合う中で、描く人の個性を大切にするという考えは、平山さんの大きな指針になりました。言葉のないアートの世界では、障害は“個性”として捉えることができる――作者のアイデンティティーそのものであるアートを通して「その人がその時、そこに生きていた」という証を残したい、その人の存在を絵を鑑賞した人にも実感してほしい、と語ります。

そんな活動を続けるなか、亮さんが特別支援学校を卒業するタイミングで、同じ支援学校に通う子どもたちの卒業後の選択肢が少ないこと、そういった子どもたちに「居場所」を作りたいという思いが重なり、平山さんは障害がある子どもたちにアートを楽しむ場を提供する特定非営利活動法人 虹色の風を立ち上げます。

虹色の風では、障害者支援施設などでのアート教室をはじめ、アート展の企画などを精力的に行なっています。年間にプロデュースする展覧会は8本。港区と協働した「地域で共に生きる障害児・障害者アート展」や伊藤忠商事などの企業と連携した展覧会なども数多く手がけています。虹色の風のアート教室で制作された作品や障害者の支援施設から募集した作品から、平山さんが作品を組み合わせ、展覧会をコーディネートします。

病院でアート展をやろう!

これまで数々のアート展を企画してきた平山さん。2022年の冬、新たにスタートしたのが、東京都港区の済生会中央病院で開催した「虹のアート展」です。舞台は「病院」というユニークなこの企画。企画者は済生会中央病院の広報を担当する佐藤弘恵さんです。

済生会中央病院広報室長の佐藤弘恵さん
済生会中央病院広報室長の佐藤弘恵さん
佐藤さん
佐藤さん
平山さんとの出会いは、病院のすぐそばにある増上寺で開催された、虹色の風さんが監修を行なっていた港区の障害者アート展でした。展覧会に出展する方のご家族が「ぜひ病院で貼ってください」とポスターを持ってきてくださったんです。

これまで同院では、「誰一人取り残さない」まちづくりを目指すソーシャルインクルージョン活動の一環として、地域と積極的につながり、病気の人もそうでない人も足を運べる病院づくりを進めてきました。「これは何かつながるきっかけになるかも」と展覧会へ訪れた佐藤さん。そこに並ぶ作品の繊細さ、発想の豊かさに圧倒されたと話します。

佐藤さん
佐藤さん
何より作品にすごくパワーをもらったんです。「これを病院でもやりたい!」と思い、受付にいらっしゃった匠さんに名刺をお渡しして、改めてご挨拶させてくださいとお声がけしました。病院は「もっと元気になりたい」という思いを持っている人もたくさん集まる場所です。このアートたちを展示することで、病院の中に何らかの良い影響が生まれると確信していました。

虹のアート展のテーマは「季節」。病院の外に出ることができない人たちに、アートを通して「今は春なんだな」「クリスマスだな」といった季節を感じてもらいたいと企画が進められました。コロナ禍でのスタートということもあって、初開催の2022年冬は作品数8点と小規模開催だったものの、二度目となる2023年春は、20点の作品を展示。冬は赤、春は黄色と、季節ごとのカラーに沿った色彩豊かな作品が病院の一角に並びました。

作品の管理や設営は院内の患者サービス委員会の職員が担当。毎日絵に触れる中で『これ、いいね』『私はこれが好き』と職員間のコミュニケーションが生まれたそう。

作品の管理や設営は院内の患者サービス委員会の職員が担当。毎日絵に触れる中で『これ、いいね』『私はこれが好き』と職員間のコミュニケーションが生まれたそう。

「絵画を見るためだけに病院に足を運んでもらえるのもうれしいです」と佐藤さん。第3回は7月24日から開催。ぜひ足をお運びください。「最後の晩餐」 作者:mifuyu(特定非営利活動法人たいらか
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「絵画を見るためだけに病院に足を運んでもらえるのもうれしいです」と佐藤さん。第3回は7月24日から開催。ぜひ足をお運びください。

「最後の晩餐」 作者:mifuyu(特定非営利活動法人たいらか)

のびのびとした絵ばかりでこちらの気持ちも大きくなり、とてもよいです。とても素敵で自由な絵でした。動きを感じます。

素敵な作品ばかりで、何故か涙が出ました。美しくて、力強くて、希望があって……なんて素晴らしいんでしょう! 愛を感じました。私も努力をしていきたいと思いました。

素敵な色づかい、優しい心づかいが感じられる絵に心がなごみました。ありがとう、お元気で。

54才で逝った知的障害の吾が子を思い、このように自由に表現することを幼いころに手助けしたらよかったのに……と感じました。



佐藤さん
佐藤さん
展示を見た人からたくさんの感想をいただきました。このアンケートを作成するとき「どういうことを聞けばいいでしょうか」と平山さんに伺ったら「自由でいいんですよ!」とおっしゃっていただいて。届いた一つひとつのメッセージを読んで、障害者アートという枠組みではなく“自由に感じて、楽しんでもらえた”と実感しました。
平山さん
平山さん
障害という側面ではなく“作品そのものを見てほしい”という思いでこれまで活動してきたので、とてもうれしいです。中央病院が目指されている「ソーシャルインクルージョン」は私自身が障害をもつ子どもの母として願うところでもあります。そういう世界をつくるために、これからもわたしはアートを通してアプローチをしていきたいです。

2023 summer BLUE

たった一枚の絵やささやかなやさしさでも、つながり寄り添うことで 誰かを幸せな気持ちにしたり、世界を平和にできるかもしれません。 全ての命を繋ぐ虹になり、皆さまの幸せと世界の平和を願います。 この小さなアート展が、皆様に豊かな時間と空間をお届けできますように!

会期 2023年 7月24日(月) ~
8月18日(金)※会期終了

平日 ・・・ 9:00~17:00
第1・3土曜 ・・・ 9:00~12:00
お休み:日曜、祝日、第2・4土曜日

今回のテーマは「BLUE」。青には多くの種類があって、そんな青の色がもつ“深さ”だったり“広さ”だったりを、展覧会で表現できればいいと思っています。皆さんに楽しんでもらえるような青の世界を提供できるといいなと考えています。
特定非営利活動法人 虹色の風 平山淳子

※感染防止対策のため、病院内ではマスクの着用と手指消毒をお願いいたします。

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