病院をもっと身近にし、社会全体を健康にしたい
2021.02.19

誰もが行きたくなる“面白い”病院づくりで社会を健康にする

東京 済生会中央病院
Let’s SINC
地域と連携し、日常生活で健康な人も含めたすべての人が “それぞれの健康”を形づくれる社会を目指す

病院のターゲットは病気の人だけじゃない

「病院は、病気を治すところ」――このことに疑いを持つ人はいないでしょう。
特に健康な人にとって、病院に行くということは、自分とは関係のない、日常とは離れたことというイメージがあるのではないでしょうか。
しかし近年、病院が病気を治すことにとどまらず、社会のさまざまな部分に働きかけようという取り組みが増えています。例えば、慶応義塾大学が2009年に開始した産業精神保健事業「KEAP(Keio Employee Assistance Program)」は、医療機関と企業とが連携することで、メンタル面での不調を抱える労働者の職場復帰支援において大きな効果を上げています。
また、WHOが提唱している健康づくりのアプローチ「settings approach(生活場面アプローチ)」からも、病院が従来の機能を拡大する必要性がうかがえます。「settings approach(生活場面アプローチ)」とは、家や学校、職場など人が生活するさまざまな場面を健康促進的な場所にすれば、そこで暮らす人が自ずと健康になる、という考え方です。これを実現するためには、病院が既存の領域や枠組みを取り払い、外へ飛び出して活動する必要があるのです。
そうした考えのもと、「病院の新しい形をデザインする」という目的で作られた組織があります。東京都港区にある総合病院・済生会中央病院の施設内に2020年4月に開設された「健康デザインセンター」です。

健康づくりに必要なのはアイデアと動機づけ

健康デザインセンターが目指す「病院の新しい形」とは、どのようなものなのでしょうか。まず、センターでは、病院の機能を以下のように捉えています(図参照)。

①の治療は従来の病院の機能です。近年は②の予防、③の社会的支援に取り組む病院が増え、機能が拡大してきました。それに加え、健康デザインセンターが特に重視しているのは、従来の病院ではあまり実践されてこなかった、あるいは実践されながらも意識されていなかった④の健康な「場」づくり、つまり「健康な人」の「活動・参加」を改善する機能を持った病院づくりです。
病院を、誰もがそこで時間を過ごすことで自然と健康になるような場所にしていくこと。さらに、病院側からも積極的に地域に出ていき、社会と病院の間にある壁を取り払うこと。そうすることで、すべての人の“それぞれの健康”を形づくることを目指そうとしているのです。
そのための具体的な活動として、地域社会と連携したさまざまなイベントを企画しています。
例えば、健康の大切なテーマの一つである「死」について、お坊さんや牧師さんに病院に来てもらいみんなで語り合うイベントや、駅や空港などに置いてある「街角ピアノ」を病院にも設置し、誰でも自由に弾けるようにする、などです。

済生会中央病院・健康デザインセンター センター長で精神科医の白波瀬丈一郎さん

精神科医でセンター長の白波瀬(しらはせ)丈一郎さんは、「あの病院に行くと、何か面白いことが体験できる!と思ってもらえるような、行きたくなる病院づくりをしたいです。治療の場という病院の従来の枠組みを取り払い、社会というさらに大きな枠組みに位置付ければ、病院の可能性はもっと広がります」と話します。
センター員で公認心理師・臨床心理士の三浦有紀さんがこれからやりたいと考えているのは、京都大学が中心になって行なっている「ウォーキングチャレンジ」。これは2000人が毎日、約8000歩歩くと、「28日間で月まで行ける!」という楽しい健康増進イベントです。

公認心理師・臨床心理士の三浦有紀さん

「当院がある港区なら、町内会ごとでもいいし、学校単位でも、企業対抗でやっても盛り上がるんじゃないでしょうか」と三浦さん。
“しなきゃいけない”ではなく、いかに楽しく、面白くするか。自然と健康になれる場所、取り組みを地域に作り出して動機づけることが大事なのです。

まずは病院から、健康を日常に

これまでに挙げられた企画は「病院の外」にいる「健康な人」を対象としたものですが、センターがまずはじめに取り組んだのは、「病院の中」にいる「健康な人」、つまり病院の職員に対するアプローチです。
白波瀬さん、三浦さんはじめセンターのスタッフたちは、新型コロナの感染対策で現場が疲弊する中、院内職員たちに「愚痴があったら私たちに言ってください」と声をかけて回りました。
心がけたのは、職員にいかに不平や不満を言葉にしてもらうかということ。
「緊急事態では『不平不満など言ってはいけない』となりがちです。でも、現場では理不尽なことや腹が立つことがたくさんあります。それを抑え込むのは健康によくない。職員の健康を保ち、本来の力を発揮できるようにサポートするのも、私たち健康デザインセンターの役割です」。

健康デザインセンターの構想・活動はまさに、「生活のあらゆる場面を健康的な場所にすることで、そこで生活する人は自ずと健康になる」というWHOの「settings approach(生活場面アプローチ)」を体現するものです。センターはこれからも、病院が従来の枠から飛び出し、率先して健康な場づくりの役割を担うことで、地域社会全体が健康になることを目指していきます。

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