山間部を巡る移動スーパーで高齢者の生活を支えたい
2023.09.06

山間部に住む高齢者の暮らしを支える
「買い物リハビリ」で健康も孤立防止も

福島 済生会川俣地域ケアセンター なでしこ川俣
Let’s SINC
移動スーパーでの買い物を通じて、身体機能のリハビリをサポートし孤独感の減少にもつなげる

高齢者が最期まで安心して暮らせる町に

人口1万1000人ほどの小さな山間のまち、福島県・川俣町済生会川俣地域ケアセンターは、町唯一の総合病院である済生会川俣病院を中心に高齢者施設や診療所などを運営。地域の高齢者が最期まで住み慣れた場所で生活を続けられるよう医療・介護・生活支援などを一体的に提供しています。

その中の一つが高齢者のための複合施設「なでしこ川俣」。特養や老健など、高齢者の「生活の場」だけでなく、在宅生活を支える居宅介護支援事業所、通所リハビリテーションが同じ建物の中に揃っています。

移動スーパーで「孤独感」減少

通所リハビリテーション「めがみ」。身体機能の維持・回復を目指すリハビリテーションのほか、食事や入浴などの日常生活上のデイケアも行なっています。 同施設の取り組みの一つとして2021年からスタートしているのが、施設を利用する要介護高齢者を対象とした「移動スーパー」の導入。この取り組みについて発起人であり、施設の理学療法士として働く押切貴志さんは次のように話します。

「取り組みの大きなきっかけになったのは、私がリハビリ中に利用者さんからよく聞いていた『買い物に行きたいけど行けない』という声でした。ほかにも「こんなものが欲しい」という希望や「買い物はできないからしていない」といった諦めの声も多くありました。そういった利用者さんの言葉にニーズを感じ、思い付いたのが買い物に不便な地域を回る『移動スーパーとくし丸』の導入です」(押切さん)

高齢者にとって外出する機会の減少は「孤独感」にもつながると話す押切さん。移動スーパーでの買い物は、歩行動作や指の動作などがリハビリになるだけでなく、地域の中のコミュニケーションの場にもなると考えました。さらに複数ある商品の中から自分が欲しいものを選んだり、会計時に支払う金額を計算したりすることが認知症の予防に効果的なのだと言います。

理学療法士の押切貴志さん

まずは導入にあたって、施設内のリハビリテーション専門職や介護職員、通所リハビリテーションめがみで働く職員全員で資料をもとに課題と対策を協議。「持参金の上限」といった金銭に関する課題や「購入した商品を帰宅時までどうするか」など商品の管理面に至るまで、具体的な流れや方法について何度も意見を交わしました。

解決策として、利用者さんやご家族が負担にならない2000円までに金額を設定。また、商品はクーラーボックスを使用することで帰宅まで鮮度を保てるよう対策が立てられました。

「さらにご家族やケアマネジャーの方にも『買い物によるリハビリテーションのメリット』を知っていただくために、開始前に資料をまとめて配布・説明を行ないました。特にご家族からは買い物ができることに好意的な意見をいただきました」(押切さん)

約400品目もの商品のラインナップは「とくし丸」スタッフの選りすぐり

買い物はリハビリ機会の宝庫!

パンや飲料などの食料品から日用品までたくさんの商品が並ぶ

移動スーパーとくし丸がなでしこ川俣を訪問するのは週に1回。肉や鮮魚、惣菜、日用品など、約400品目の商品を載せた軽トラックが施設の玄関先に停まります。歩ける利用者さんは、2階の通所リハビリテーションフロアからトラックまで歩き買い物を楽しみます。歩くことが困難な人は介護福祉士の付き添いのもと車椅子で買い物をします。

介護福祉士は付き添い以外に朝の持参金の確認も担当。そのほか、事務の職員が買い物まで金銭を預かるなど、施設内のさまざまな職員が協力し利用者さんの買い物をサポートしています。

「豆腐があるね」「冷凍うどんが欲しいな」職員と会話をしながら商品を選ぶ利用者さん

季節ごとに変わる商品のラインナップを眺めながら、とくし丸のスタッフと利用者さんの間で「旬の○○はあるかい?」「あるよ。今が旬で一番おいしいね!」といった活発なコミュニケーションが交わされます。 特に旬を迎えた食材は利用者さんの目にも留まりやすく、四季の移り変わりを感じるきっかけにもなるようです。

「実はこのコミュニケーションが『買い物リハビリ』に欠かせない要素。普段接することのないとくし丸のスタッフと会話を楽しむことで、新しい出会いや発見が生まれます。こういった人間関係の変化が刺激になり、社会参加の意識も芽生えます」と押切さん。

金額の計算も自分自身で行ないます。家族に夕食のおかずを頼まれている人や買った食材を自宅で調理する人など、買い物の目的はさまざまですが、「買い物」という役割をもつことで家の中で孤独を感じることが減ったという声もありました。 また、ある利用者さんは自宅であまり食事を摂らないことが家族や職員から心配されていましたが、移動スーパーで買い物をするうちに、晩酌用のつまみを購入するなど、食への関心が高まったそうです。

レジでの会計もリハビリの一環。予算内に収めるために金額を考えながら買い物を行なう

「出かけたいのに出かけられない」高齢者の外出を地域で支える

山間地域にある川俣町は、全国平均を大きく上回る高齢化率42.32%(2020年調査)が大きな課題となっています。農林水産省が全国の市町村を対象に行なった調査では、1013市町村のうち883市町村(87.2%)が高齢化、小売店の廃業や衰退、単身世帯の増加、地域の支援機能の低下といった背景を理由に買い物難民に対する対策が必要だと答えています。※1。

町内にはとくし丸のほかにも移動スーパーを運営する会社があり、「今後はなでしこ川俣の利用日以外にも移動スーパーを自宅で使えるよう、金銭管理方法などの提案を含めた支援を行なう予定です」と押切さん。屋外へ出る機会づくりのほか、低栄養の問題を抱える利用者さんに「食への関心」を高めてもらうことや食事摂取量の改善も目指しています。

「この取り組みを通じて、高齢者が外出をしないのは『外に出たくない』のではなく、『外に出たいけど出られないから諦める』という考えがあると知りました。サポートがあれば要介護認定を受けた高齢者でも外出することができます。サポート方法や量が足りていない現実もあるため、センター全体でサポートの量と質を増やしていけるよう取り組みを広げていかなければなりません。今後は要介護高齢者の人たちが町に出やすい社会にするために、買い物を通じて川俣町で暮らす高齢者の人々が楽しみを見出し、心身ともに健康に過ごせるよう活動を続けていこうと思います」(押切さん)

医療と福祉の両面で山間地域の高齢者の地域生活をサポートする川俣地域ケアセンター。 リハビリを通して身体的な健康を支えるだけでなく、日々の関わりのなかで高齢者のニーズに耳を傾け、心の健康も含めた高齢者の「暮らし」そのものを支えています。

※1 農林水産省 「食料品アクセス問題」に関する全国市町村アンケート調査結果 令和5年

新着記事

ソーシャルインクルージョン、最前線