大事なのは関係性の構築。悩みをもつ若者を地域全体で支える
電話相談はせず、必ず対面して悩みを聞く
名古屋市子ども・若者総合相談センターは、昭和の面影を色濃く残す名古屋市教育会館の5階にありました。殺風景な雰囲気に、本当にここで相談が行われているのかと不安になります。しかし、そんな懸念はすぐに一掃されました。
センターを運営する「草の根ささえあいプロジェクト」代表理事の渡辺ゆりかセンター長は言います。
「電話相談は一切しません。相談者が来所するか、こちらから家庭訪問し、必ず対面して話を聞きます。電話だと電話の世界に彼らを閉じ込めてしまうし、そこから先につながらない。なので、いつもスタッフの半分は外出しています。病院での受診に同行し、リストカットしてしまう子のアパートに急行し、少年院に入った子の面会に行く。私たちの仕事は相談から始まるので、前半はカウンセリングの要素が強いですが、後半になるほど問題の解決を手助けするケースワークの要素がメインになります。」
一つの悲しい「事件」が活動のきっかけに
名古屋市子ども・若者相談センターは法律に基づく公共の相談窓口ですが、その運営は民間に委託しています。2013年に業者公募で採択されたのが、渡辺さんが代表を務める「草の根ささえあいプロジェクト」。もともとは若者支援団体ではなく、社会的に孤立している人や生活困窮者を応援するボランティア団体だったといいます。ほかにも、「地域や社会から孤立している人を支援する」という理念の下、障害者向けのオーダーメイド居宅介護事業の運営や、社会的孤立や生活困窮に関する講演なども行なっています。
渡辺さんが前身となる団体を立ち上げたきっかけは、ニュースで流れてきたある悲しい事件でした。当時、渡辺さんは民間企業に勤めて10年。子育てと仕事を両立しながら安定した生活を送っていました。ある日、何気なくテレビを観ていると、夫のDVに追われた母が子どもを窒息死させてしまうという事件が報じられていました。母が精神的に追い詰められていたときに、子どものちょっとした言葉にかっときて、おにぎりを子どもの口に押し込んで窒息死させてしまったのです。それを観たとき、渡辺さんは「自分と彼女の差は紙一重だ」と感じたと言います。違いはほとんどないけれど、間違いなく隔たりが存在している。その壁を見つけ、埋めたいと思ったとき、渡辺さんは会社を辞めて新たな活動を始めました。
予約から相談まで1カ月半待ち
相談対象は0歳からおおむね39歳までの名古屋市在住・在勤者。ひきこもり、発達障害、人間関係の悩み、家庭内暴力、どんな悩みでもOKです。世相を反映してか、2013年の開所以来、相談者は右肩上がりで伸び続けています。昨年度の相談者実数は575人(前年比141%)、のべ相談件数8,192件(月平均682件)、アウトリーチ(訪問支援)数1,807件・296人(前年比190%)。この数字が、相談センターとしての役割・機能をいかんなく発揮していることを如実に示しています。
「ひきこもり、不登校、発達障害、家庭内暴力、それと就労に関する相談が最近増えています。特に、5月の名古屋漫画喫茶殺人事件(※1)、6月の新幹線車内での斧による殺人事件(※2)以降、相談件数が急増しています。『斧をふるった男の気持ちがわからないでもない』という若者、『いつあんなことをしでかすかわからない』と心配する親御さんが少なくないのです。現実はそこまで深刻化しています。私たちスタッフが頑張って対応しても間に合わず、新規相談の予約は今なら1ヶ月半後になります」と渡辺さん。最大5組が入れる相談室はいつもほぼ満席で、軽い相談は近くのカフェで対応することもあるといいます。
1回目の面談が終わると、相談内容に合わせて、その分野を得意とする相談員が担当者となります。そして、ここから先が本来の業務です。当人や家族と力を合わせて今抱えている問題を解決したり、悩みを解消したり、元気になるための支援をしたり。いかに親身になって寄り添い支援できるか、相談センターの真価が問われます。
市民のインフォーマルな力を活用する
「私たちは家庭訪問・同行支援を多用して、本人の生活圏にかけつける支援を重視しています。抱えている悩みは多様だし、簡単に解決できる問題ではありません。また、私たちができることは限られているので、同様の活動に取り組んでいる民間団体やボランティアを巻き込んで進めていきます。地域の社会資源やボランティア団体、子ども・若者の育成に熱心な市民も、使えるものは何でも使いますよ。周りの人を巻き込んでいくネットワークのハブの役割を担いたいと思っています」
事務所の壁には、医療機関や支援機関のほか、気の置けない居場所や安心して遊べる場所など、連絡先を記したメモがボードに隙間なく貼られています。これが、渡辺さんが生命線と称する「社会資源マップ」です。例えば「居場所」というジャンルには、コミュニケーションに悩む人たちの相談の場や、子育て相談ができる施設が、「外国人」では外国人向けの行政相談窓口などが紹介されています。スタッフは、相談者に合わせてこうしたネットワークを活用します。そのため、日々の活動を通じてこれらの連携先を発掘することも重要な業務となっています。
もう一つ忘れてならないのは、スタッフをアシストするボランティア「よりそいサポーター」の活躍です。これは、専門的な資格を持たない市民ボランティアが相談者に寄り添ってセンターでおしゃべりをしたり、一緒に趣味を楽しんだりして交流する人々です。渡辺さんは「専門を持たないという専門性を発揮してもらっている」と言います。
「私たち専門家なら回復に一年かかるところを、よりそいサポーターなら半年で済むケースも珍しくありません。専門資格や経験をなくても、地域に住む一個人の中に、子どもたちを回復させる力は必ず宿っています。幸いなことに応募者は多く、現在、登録人数は120人います。市の広報に載せると多くの方が申し込んでくださるので、ボランティア不足で苦労したことはありません」
経験不足から起きる関係性の貧困を断ち切る
センターの相談員は11名。全員が草の根ささえあいプロジェクトのスタッフです。相談員となって2年の片岡芳子さんは言います。
「親元にいたくないという若い女性の相談も増えています。相談当日に家出同然で出てきて、明日からどうしようかという子も。そういう子に対しては、まず住む場所を確保し、お金がないので生活保護申請の手続きをします。回復して元気になって、最終的には就職のお手伝いをするところまで継続して関わることもあります」
また、片岡さんは「野球好き」が支援の大きな手掛かりとなったエピソードを話してくれました。
「引きこもりを繰り返している女の子で、仕事をしようと面接を受けても怖くなり、その先に進めていませんでした。あるとき、普段は会話がうまく運ばないのに、野球の話をするときだけとてもイキイキしているのに気づきました。そこで、やはり野球好きな女の子に声をかけて5人で野球女子会をしたところ、とても盛り上がりました」
そこから仲間ができ、仲間を通じて新しい社会ともつながっていき、その子は今しっかり働いているといいます。野球というひとつの経験が彼女を「関係性の困窮」から救ったのです。渡辺センター長はこう説明します。
「医療機関を受診させるとか、就労訓練を受けさせるとか、社会に押し出したりつなげたりすればいいというものではないと思います。一番大事なのは、経験の不足から起きる関係性の貧困を断ち切ること。例えば海を見たことがない、誕生日を祝ってもらったことがない、釣りやキャンプをしたことがない。すると、その経験不足から他者との関係性が築けなくなっていきます。モノやサービスが必要なのではなく、この子には誰が必要なのか。彼らのそばに誰がいて、どんな経験を積めば彼らが次の一歩を踏み出せるのか…。その人のペースで進むことに寄り添えるような支援を続けたいんです」
開設から5年。名古屋市子ども・若者総合支援センターは関係者に広く知られる存在となりました。子どもや若者たちの心情を深く理解し、彼らを尊重してさしのべる柔らかな支援の手が、相談窓口の敷居を低くしているように思えました。
※1 2018年5月に名古屋市で起きた、漫画喫茶での殺人事件。被害者と加害者に面識はなく、加害者は「いらいらして切りつけた」と供述しています。
※2 2018年6月に新幹線車内で起きた、刃物による殺人事件。加害者は愛知県の男で、「むしゃくしゃしていた」と不特定多数を殺傷しました。
出版年: 2003年 価格: 1905円+税
「ただの人」が社会を変えていくために必要なことを、著者が経験したまちづくりの事例とともに伝える。渡辺さんが「草の根ささえあいプロジェクト」を立ち上げるときのマインドとなり、今も団体の基本理念となっている。
出版年: 2009年 価格: 1300円+税
社会活動家の湯浅誠(反貧困ネットワーク事務局長)が、日本を覆う深刻な貧困の状況を平易な文章で、誰にもわかりやすく描いている。