障害をもつ子どもたちの心と身体を健やかにしたい
2018.10.29

障害者が動物と触れ合い笑顔になれる場を保ち続ける

東京 北区社会福祉協議会  北区さわやかポニークラブ
Let’s SINC
地域の人々が協力して場づくりを行ない、乗馬を通じて障害者の心と身体の健康をサポートする

アニマルセラピーはよく知られていますが、なかでも「乗馬」は、知的障害や情緒障害をもつ人たちに効果をもたらすといいます。「北区さわやかポニークラブ」(東京都)は、障害をもつ子どものお母さんたちが立ち上げ、自分たちの手で20年以上も運営・維持してきた障害者乗馬のサークルです。9月16日(日)、都内で行なわれるサークル活動の様子を取材しました。

公園の一角が1日馬場に

北区中央公園(東京都)は、野球場やテニスコートもある大きな区立公園です。JR十条駅の徒歩圏内にありながら、深い緑に囲まれています。2か月に1度、この公園の一角が馬場になります。障害をもつ子どもとその家族のために開放され、機能訓練とレクリエーションを目的とした障害者乗馬が行なわれるのです。

この日は10組の親子が参加しました。9時半を過ぎると、車いすに乗った人や家族に身体を支えられた人が、全身で喜びを表しながらやって来ました。知的障害、発達障害、自閉症などの障害をもつ人たち(成人している人がほとんど)です。ポニーではなく、おとな馬が4頭用意されました。一般的に観光乗馬などではサラブレッドが用いられますが、ここでは日本古来の木曽馬に乗ることになります。背が低く、背中が広く乗りやすいのです。そしてなにより、性格がおとなしいことが特徴といえます。


乗馬の体験者とその家族

サラブレッドより小柄な木曽馬が用意された

1人30分、中央部がこんもり盛り上がった広場の周囲(1周100mほど)を引馬で回るというコースが用意されました。最初の3組が乗降に使う台まで移動し、数人で力を合わせて体験者を馬に乗せます。準備に労力がかかったものの、いざ動き出して驚いたのは、スタッフや親との2人乗りではなく、鞍上は体験者1人だったことです。車いすの座位が不安定な人が、健常者でもバランスを取るのが難しい馬に乗り、背筋を伸ばして手綱を握っています。もちろん安全確保のため、周囲をスタッフやボランティアが固めているものの、見事に乗りこなしています。そして、馬に乗った瞬間、彼らの表情が一変したことにも気づきました。目を輝かせて、笑顔があふれ、歌い出す人もいました。何周か回って身体が慣れると、今度は真ん中の小山に上り、馬に乗ったまま輪投げなどのゲームを楽しみ、終始和やかなムードに包まれていました。


馬上で笑顔を見せる体験者

乗馬しながらレクリエーション

立ち上げから運営まで自助努力で

北区さわやかポニークラブの歴史は古く、1997年にさかのぼります。知的障害や情緒障害に乗馬の機能訓練が有効と知ったお母さんたちが、自分たちで立ち上げ今日に至っています。発足当時の会員は15名。今も多くの親子が継続しています。おとな馬を使っているのに「ポニークラブ」という名称なのは、活動年数の長さが理由に挙げられます。始めたころは子どもたちも小学生だったためポニーに乗っていましたが、成長に合わせてポニーからおとな馬に変わっていったといいます。障害者乗馬の会は、全国に大小含め100前後あるといわれますが、患者さんやその家族が立ち上げ、その後も運営母体として20年以上も存続しているのはレアケースに違いありません。

同クラブ代表(2代目)の関根さんは言います。「馬という生き物を使いますから、馬の借り方、馬場の確保、馬の乗り方や安全確保のノウハウなど、素人にはわからないことばかりでした。そこで発足当初はRDAJapan(アールディーエー・ジャパン/障害者乗馬の活動を推進している団体)の指導をきっちり受けました。これが大きかったと思います」


レクチャーをする代表の関根さん

乗馬風景に目をやると、体験者1人に対して必ず4人がサポートしています。インストラクター(理学療法士など)、馬を引くリーダー、それとボランティアによるサイドウォーカーが左右に1人ずつ付いています。万一子どもが落ちそうになったときもサッとつかめるように、腰には白いサラシを巻いています。こうした障害者乗馬の基本を厳守するほかに、馬を貸してくれる牧場による乗馬指導や監督もあって、これまで大きな事故は起きていないといいます。

10年かけて一人で乗れるようになった人も

障害者乗馬の効果として、全身運動のため筋肉や呼吸器に適度な刺激を与えること、揺れ動く馬の背で平衡感覚を養えることなどが挙げられます。精神的な効果には動物との触れ合いによる心の安らぎや、自分で馬を操れたという自信が持てるなどのメリットがあります。

しかし、仮に馬に乗らなくても、この場所に来るだけで意味があるのかもしれません。室内でのリハビリ訓練を日課とする彼らにとって、敷き詰められた腐葉土を踏み分け自然に囲まれている時間も貴重なはずです。「もう、いつも楽しみで仕方がないの。早めに予定を知らせると待ちくたびれちゃうので、間際になるまで教えていません」というのは、関根代表の妻です。知的障害を持つ息子さん(30)は、その言葉通り喜びを動きで表現していました。武居さんは、立ち上げ当初からの会員の一人で、脳性麻痺の息子さん(37)とともに参加しました。積極的に外へ出ていろんな体験をさせようという思いから、長年親子で活動に参加しています。「10年かけて1人で乗れるようになりました。参加していた子どもの中では、息子は身体的に重度のほうだったので、こうなるとは考えてもいませんでした。親である私が一番ビックリしました」といいます。


関根さんの妻と楽しさを身体で表現する息子さん

他にも「背筋がピンと伸びるようになった」「体幹がしっかりした」という声が聞かれました。なかには、「機能訓練が第一目的ですが、皆さんといろいろなお話ができるのが楽しみです。ほかの家族やボランティアの人と交流できる機会ですから」(島村さん)という声もありました。たしかに、体験者が乗馬を体験している間、家族は親同士もしくはボランティアとの情報交換や世間話に花を咲かせています。お母さんたちにとっても癒しの時間になっているように感じられました。

ボランティアの定着率を上げたい

どのような活動についても言えますが、特に障害者乗馬の場合はボランティアの力に頼るところが大きくなります。現在ボランティア登録は100人を超えるといいますが、実際に参加する人は限られているというのが現状です。ボランティアの定着率がよくないことが、関根さんの悩みの種だといいます。「1人の引馬に対し最低2人のサイドウォーカーが必要になるので、馬を確保できても人が足りなければ乗馬は始まりません。このクラブの活動はまさにボランティア頼みです。子どもの身体状況や性格を把握してもらうためにも、できれば長く続けていただけるとありがたいと感じます」。取材当日のボランティアは21名参加していましたが、これでも十分ではないといいます。毎回参加して会場でのさまざまなとりまとめを担当するボランティアの須川さんは、「区のチラシを見て参加しました。動機は単純に馬が好きだったから。皆さんが安心して楽しく乗馬できる環境をつくるための役に立てて、私にとってもリフレッシュできる時間となっています」と、新しい仲間の参加を呼びかけます。


ボランティアの参加を求める須川さん

もう一つは財政面の悩みです。北区から援助を受けることができた時期もありましたが、今はほぼ会費のみで運営しているといいます。「正直、馬を借りるだけで赤字になっています。企業から賛助金を求めるという案もありますが、活動の規模が小さすぎて企業側のメリットがありません」と、二の足を踏んでしまいます。かつては月1回だった開催を隔月にし、ランチの提供を中止してやりくりしているといいます。

大勢の人に支えられてきた20年

北区さわやかポニークラブという福祉活動が20年続いているのは、多くの人が趣旨に賛同し応援しているからと言えます。子どもの安全確保のために休日を返上して活動に参加するボランティアのお母さんたちや、小田原から馬を輸送してくれる牧場はもちろんのこと、体験授業の一環として毎回参加してくれる動物系専門学校の学生たち、そして無料で公園の一部を開放している北区の協力を忘れてはなりません。「引馬でただグルグルと周回するのではなく、1人30分という時間を設定していることに効果があると思います。

その中できちんとインストラクターをつけ、障害者一人ひとりの身体状況に合った乗り方やゲームを考えて、実際に体験してもらっています。それと、何といってもロケーションが素晴らしいですね。いろいろな障害者乗馬を見てきましたが、中央公園よりもいい場所を私は知りません」──動物系専門学校の先生のコメントが、この活動を言い表しているように思えました。

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