災害への不安感を和らげる
熊本地震の経験から生まれた「防災おさんぽ」
“いつもの遊び”が“もしもの備え”に
一人ひとりの「生きる力」を育む療育の現場
熊本市南区の「児童発達支援センター 済生会なでしこ園」は、「一人ひとりのもてる力を引き出し、育み、生きていく力の基礎づくりをします」という理念のもと、地域に住む0~6歳の障害のある子どもや、言語能力や運動能力などに偏りのある子どもを対象に児童発達支援を行なう通所施設です。メインの「毎日通園クラス」には、自閉スペクトラム症(ASD)、および知的発達に緩やかさのあるお子さんたち18人ほどが在籍しています。
なでしこ園がある熊本市は、2016年4月14日に震度6強の地震を観測し多くの犠牲者を出した「熊本地震」の被災地でもあります。もうすぐ10年という節目を迎える中で、同園では子どもたちの防災意識を育むための取り組みを進めています。
発達に特性のある子どもたちは、災害時に直面しうる見通しの立たない状況や初めての場所、見知らぬ人に対して強い不安を感じることが少なくありません。また、コミュニケーションの方法も一人ひとり異なるため、地域の方々が「どう接すればよいか」と戸惑う場面も少なくなく、周囲の大人による適切なサポートも必要です。
震災の記憶と新たな学びから生まれた「防災おさんぽ」
そこで、2025年4月からなでしこ園でスタートしたのが「防災おさんぽ」です。この活動は、同年1月に職員が受講した「医療的ケア児等コーディネーター養成研修」で学んだ『防災さんぽ(相談支援専門員や保健師、訪問看護師などの専門職が付き添って近隣の避難所等へ移動する訓練)』の取り組みを、なでしこ園の子どもたちの特性に合わせて応用したものです。
取り組みの根底には、2016年の熊本地震の実体験があります。本震の翌週月曜日に園を再開した際、地震への恐怖感から建物に入ることができない子どもたちがいました。しかし、園庭のブランコに揺られ、「いつもの遊び」に触れていると、次第に表情が和らぎ建物にも入ることができるようになったといいます。この経験から「非常時こそ、日常(いつも)の安心感が必要である」と考え、日々の楽しい記憶に防災活動を取り入れようとプロジェクトは動き出しました。

1回目の防災お散歩では園の駐車場を一周。職員や地域の民生委員と手をつないで
「防災おさんぽ」の最終的な目標は、子どもの足で徒歩20分ほどの距離にある指定避難所(公民館)まで歩くことです。しかし、環境の変化が苦手な特性をもつ子どもたちに対し、いきなり長距離移動を強いることはしません。4月の初回は駐車場を一周することから始め、6月の雨天時は園舎2階への避難体験、そして8月には徒歩約10分の集会場へ移動するなど、少しずつ経験を積み重ねています。
専門的視点を取り入れた「防災リュック」と「絵カード」
この活動の大きな特徴は、子どもたちの特性を踏まえたツールの活用にあります。その象徴が「防災リュック」と「絵カード」です。
リュックの中には保護者が用意した水と「好きなお菓子」が入っています。これは単なる非常食ではなく、防災訓練を「怖いもの」ではなく「楽しい経験」として記憶に残すための動機づけとして機能します。また、視覚優位(耳から入ってくる情報より目から入ってくる情報の方が理解しやすい状態)という特性のある子にとって、リュックを背負うこと自体が「これからお散歩に行く」というサインとなり、見通しをもって行動することにつながります。

回数を重ねていくにつれて、「一緒に行こう」と友達を誘う子も
さらに、リュックに括りつけられた「絵カード」には、地域の人や支援者が適切なサポートをするための工夫も施されています。リュックに下げられたカードの表には「みんなであるく」「てをつなぐ」といったシンボルを表示し、裏面には担任からの具体的な対応ポイントを記したヘルプカードが入れられています。一見落ち着いて歩けそうに見えても、衝動的な飛び出しなどのリスクがある子どもたちに対し、初対面の大人でも迷わず支援できるよう設計されているのです。

防災おさんぽのキーアイテムの「個人カード」のシンボル。裏にはその子の特性に合わせた支援のポイントが書かれている
地域と共に育つ、子どもたちの力
取り組み開始から数カ月が経ち、「防災おさんぽ」は子どもたち、そして周囲の大人たちにも変化をもたらしています。当初は「防災」という概念の理解が難しかった子どもたちも、回を重ねるごとに、担任の先生が防災リュックを準備し始めると、それを「楽しいおさんぽの合図」と認識し、自ら集まってくるようになりました。場所の変化、道具の変化、経験の不足など様々な原因で、初回には水を飲めなかった子がペットボトルに口をつけられるようになったり、他の友だちをそっと誘って一緒に歩こうとしたりする子の姿も見られ、「安心できる環境と遊びが保障されることで、子どもは自らの力で育っていく」ということを職員たちは再確認したといいます。

活動の途中でおやつを楽しむことで、子どもたちに「避難訓練」を「楽しい経験」として記憶づけする
また、この活動には地域の民生委員・児童委員も参加しています。一緒に手をつないで歩き、目的地に到着したら一緒に遊ぶことで、子どもたちにとって地域の大人が「安心できる人」に変わります。地域の人にとっても、実際に子どもたちと触れ合い、絵カードなどのツールを通して特性を知ることは、いざというときにどう手を差し伸べればよいかを知る貴重な機会となっています。
活動を通して、「この人となら大丈夫」「防災おさんぽは楽しい」といった子どもたちの気づきを促すこと。それは、いつもどおりの行動ができるとは限らない災害時に備え、子どもたちが安心できる「人」や「場所」とつながる環境をつくる上でとても大切です。なでしこ園の「防災おさんぽ」は、発達に特性のある子どもたちが地域に見守られながら、のびのびと自分らしく育っていくことを目指した、新しい防災とまちづくりの形といえるでしょう。












