孤立しがちな人々と
医療福祉をつなげるために
2026.02.17

寿地区で無料健診がつなぐもの――
アウトリーチが支える「孤立させない」街づくり

神奈川県 神奈川県病院/横浜市東部病院/横浜市南部病院/横浜若草病院/東神奈川リハビリテーション病院/湘南平塚病院
Let’s SINC
神奈川県の6つの済生会病院と地元ボランティア団体が手を組み、地域に住む人々の健康を守り、医療福祉との懸け橋になる

制度の隙間を埋める「出向く」医療のありかた

横浜市中区寿町。かつて「日雇い労働者の街」として栄えたこの場所で、神奈川県済生会は寿町周辺の住民を対象に、2015年から「無料健診事業」を続けています。この取り組みは、単に病気を見つけるための検査ではなく、社会のなかで「助けて」と言えずに孤立している人々を、医療や福祉のつながりの中へ招き入れる「ハブ」のような役割を担っています。

寿町を含む約0.06km²の範囲に120軒以上の簡易宿泊所が密集している「横浜市寿地区」。この地で住民の健康的な生活と生きる張り合いを支える「横浜市寿町健康福祉交流センター」が健診の会場

この無料健診の根底にあるのは、経済的な理由や複雑な生活事情によって、必要な医療から遠ざかってしまう人を一人も取り残さないという意識です。本来、公的な健康診断は住んでいる地域の自治体からの通知を受け取り、自ら医療機関へ出向いて受けるのが一般的です。しかし、住まいが不安定であったり、社会への不信感を抱えていたりする方々にとって、その手続きや通院は非常に高いハードルとなります。 そこで重要になるのが、医療側から生活の場へと飛び込んでいく「アウトリーチ」です。

一般的な制度の枠組みからこぼれ落ちてしまう人々に対し、手を差し伸べる。この一歩こそが、社会的孤立を防ぐ「ソーシャルインクルージョン」の第一歩となります。

健診会場はたくさんの受診者でにぎわう。50~70代男性の受診が最も多いという

地域の絆が支える、顔の見えるネットワーク

この活動を支えているのは、神奈川県済生会に属する6つの病院(神奈川県病院横浜市東部病院横浜市南部病院横浜若草病院東神奈川リハビリテーション病院湘南平塚病院)から集まったMSW(医療ソーシャルワーカー)をはじめとする多職種チームと、長年この街で活動を続けてきた支援団体「寿炊き出しの会」の皆さんです。

「寿炊き出しの会」の方々は、日頃から路上で生活する方々や簡易宿泊所に身を寄せる方々に寄り添い、信頼関係を築いています。彼らが炊き出しの場で健診のチラシを配り、当日は医療スタッフと共に路上で「少し立ち寄っていきませんか」と声をかけることで、普段は「自分には関係ない」と医療を諦めていた方々も、自然と健診へ参加することができます。

健診のたびに県境を超えて、神奈川県済生会では所有していない検診車を運んでくれる静岡済生会総合病院スタッフの存在も、この息の長い活動を支える大切な力となっている

労働者の街から「多様な暮らしの街」へ

2025年10月に行なわれた今年度1回目の健診には、6病院から医師・看護師・臨床検査技師・MSW・事務員、支部や病院の事務部長、総勢35人が参画。横浜市寿町健康福祉交流センターに出張し、午前10時から、検査項目である身体計測(身長・体重)、視力検査、血圧測定、採血、採尿、胸部X線、診察を行ないました。12時までに57人が受診しました。健診の結果配布は7週間後の炊き出しの会の日程に合わせて行なわれました。

(左)重症心身障害児(者)施設サルビア(横浜市東部病院内)施設長の酒井章医師は、2015年の初回健診から皆勤で当事業に参加している。(右)身体測定を行なう事務員

一方で、街の姿は「日雇い労働者の街」から「高齢者や外国人が暮らす街」へと急速に塗り替えられています。令和2年の調査では、この地区の高齢化率は50%を超え、単身の独居高齢者が大半を占めるようになりました。

かつての酒場は介護施設に変わり、多国籍な住民が増えるなど、街のニーズはより複雑になっています。介護保険制度の利用が必要な方や、制度の管理体制になじめず再び路上に戻ってしまう方など、新しい地域課題が浮き彫りになり、適切な支援へとつなげる意味でも、無料健診は重要な取り組みとなっています。

神奈川県済生会の6病院から集まったスタッフたち。各病院の事務部長も参加している。青いユニフォームを着ているのは、静岡済生会総合病院から駆けつけたMSWの杉本慎平さん(写真奥)

「大事にされる」という実感が、地域社会への扉を開く

横浜若草病院のMSWである長澤伸哉さんは、2016年度からこの健診を見守り続けてきました。ある時、協力団体のスタッフから「受診者が『大事にされるなんて初めてだ』と漏らしていた」と聞き、この活動の真の意義を再確認したといいます。

横浜若草病院のMSWの長澤さん(写真左)と、静岡済生会総合病院の職員

ただの健診としての役割だけでなく、地域の一人ひとりと温かく関わること。社会から距離を置いてきた方にとって、その体験は自己肯定感を取り戻す貴重な機会となります。長澤さんは「無料健診は単なる医療提供ではなく、人としての尊厳を支える活動」だと語ります。温かな関わりが、住民の孤立防止につながっているのです。

制度の狭間に置かれた人々を済う、共生社会へ

今後の寿地区においては、単身独居高齢者や要介護者の増加に伴い、医療と介護、そして生活支援が複合的に絡み合うニーズへの対応が一層求められていくでしょう。生活保護等の公的制度の活用により介護サービス等の利用は可能ですが、家族のサポートが得られない中で、いかにして適切なケアへ住民を接続し、孤立を防ぐかが喫緊の課題となっています。

MSWを中心とした生活相談機能を健診と密接に連携させ、受診者の抱える多層的な課題を適切な福祉サービスや専門機関へとつなぐ「ハブ」としての機能を高めていく必要があります。組織や職種の枠を越えた協働を通じて、制度の狭間に置かれた人々を済(すく)い、誰もが適切な医療・福祉を享受できる地域共生社会の構築が求められています。

静岡済生会総合病院の検診車をバックに、無料健診事業に参加したスタッフの皆さん。次回は2026年3月下旬に開催予定

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