多文化共生社会を目指して地域と外国人の出会いの場を育む
地域と在留外国人の「出会いの場」を育みたい
神戸市長田区に拠点を置く特定非営利活動法人多言語センターFACIL(ファシル)は、翻訳・通訳業務を大きな柱として在留外国人を支援する活動を行なっています。多言語でのホームページ作成から現場に赴いての同時通訳、神戸市周辺の外国語での観光案内など、一口に「翻訳」「通訳」といっても活動は多岐に渡ります。対応実績のある言語は英語、中国語、韓国語のほかに、近年需要が伸びてきたタガログ語、スペイン語、ベトナム語など60にのぼります。翻訳・通訳を担当する登録者は全世界に約1,200人(うちネイティブは約4割)おり、業務内容に応じて担当者を配置しています。A4用紙1枚当たりの基本の翻訳料は8,000円(税抜)~、一般通訳は2時間までで1万5,000円~(同)という破格の料金ということもあって、依頼は年を追うごとに増えています。
活動内容はそれだけにとどまりません。2017年、2018年と、神戸アグリインバウンド推進協議会からの委託を受け、アグリツーリズム(※)に外国人を誘致する企画を立案・実行しました。さらに、地域住民向けの外国文化セミナーで母国の料理を教えるといったイベントに、外国人講師を派遣することもあります。
※アグリツーリズム…農村漁村地域で自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動。「グリーン・ツーリズム」とも
FACILの創設者であり代表者の吉富志津代(よしとみ・しづよ)さんは「地域社会と外国人コミュニティをつなぐ『コーディネーター』として『出会い』の場を育みたいと常々考えています」と語ります。
領事館でのボランティアから「コミュニティ・ビジネス」へ
吉富さんがFACILを設立する最初のきっかけになったのが、日系3世までの就労を認める「定住者」の在留資格を新設した1990年の入管法改正です。同時期に在神戸ボリビア名誉総領事館に再就職した吉富さんの下には、日系人たちのさまざまな相談が寄せられました。
「住民登録証明や出生証明書など、行政機関に提出する書類はもちろん日本語です。しかし、日本語が読めないからと大手の翻訳業者に翻訳を依頼すると1通1万円で、家族全員分となるととても払い切れません。見るに見かねて、勤務時間外に無償でサポートすることにしました。しかし、次第に依頼件数が増えて私一人では対応しきれなくなりました」
知人の協力を得たいと考えましたが無償でお願いするわけにもいかず、依頼人に「1通あたり2,000円ください」と頼んでみると、みな喜んで払ってくれました。そうした中、「高価格か無償かという選択肢しかないのはおかしい」と思うようになったといいます。
そして、次なる大きなきっかけが1995年1月17日の阪神・淡路大震災でした。直前に領事館を退職していた吉富さんは、被災者支援活動の拠点となった長田区の「カトリック鷹取教会」で通訳や翻訳のボランティア活動を始めました。しかし、すぐに課題が見えました。
「もともと長田区にはベトナム人が多く住んでいましたが、彼らの多くは『避難所』という言葉を知りません。被災して戸惑っているベトナム人たちを見て、平時からいざというときに備えた支援活動が重要だと強く認識しました。そして、集まっていたボランティアたちと1999年6月に任意団体FACILを立ち上げたのです」(吉富さん)
FACILの名前は、スペイン語で「easy」を意味する「facil」から。吉富さんが、当初スペイン語でボランティア活動を行なっていたことに由来し、外国人が日本社会で生きていく上で難しいことを「easy=やさしく」していこう、という願いが込められています。多文化共生社会を「促進する」という意味も込め、英語の「facilitate」とも掛けています。
FACILの大きな特徴は、設立当初から地域の抱える課題をビジネス手法で解決し、その活動で得た利益を地域に還元していく「コミュニティ・ビジネス」を意識していたこと。できるだけ多くの人に利用してもらうため、メインの翻訳通訳事業の対価は「業界水準の8掛け」としました。しかし、ここで苦労を強いられます。
「既存の業者から『価格破壊だ』という声が寄せられました。『行政は翻訳業務の入札の際に事前に予算を組んでおり、それに合わせたらいい。足並みを崩すようなことはしないでほしい』と言います。また、クライアントの中には『ボランティア団体なのだから、もっと安くして当たり前でしょう』と言う人もいました。自分たちの考えやコストなどを丁寧に説明したのですが、理解を得られるまでには長い時間が必要でした」
提案力を強みに観光ツアーイベントも
ようやく翻訳通訳事業が軌道に乗り、年間の経常収入が1,000万円を超えるようになった2006年8月に、NPOとしての登記を行ないます。責任の所在や各人の役割を明確にするなど組織力を高め、職員の雇用安定を目指しました。そうした結果、2017年度の経常収入は6,000万円近くに達するようになりました。ここまで成長できた理由を、吉富さんはこう話します。
「母国と日本の文化の違いを肌身で理解し、単純にそのまま翻訳するのではなく、原稿そのものの内容も確認して『こうしたほうが読み手にわかりやすく伝わります』といった提案を積極的に行なっています。それがFACILの大きな強みであり、依頼のリピートにもつながっています」
そうした多文化の理解をバックボーンとした企画力がフルに発揮されたのが、2016年度からスタートしたアグリツーリズムの委託事業です。神戸市などが母体となった神戸アグリインバウンド推進協議会が主催する、インバウンドの外国人を対象にした市内の農場などを巡る観光ツアーでしたが、当初は鳴かず飛ばずの状態でした。そこで白羽の矢が立ったのがFACILでした。対象を神戸在住の外国人に転換し、企画の内容も全面的に見直しました。すると、翌年のツアーからキャンセル待ちが続出する事態に。担当した、事務局長で在日コリアン3世の李裕美さんは「地元の観光地である六甲山牧場も知らない人が多いので、神戸の豊かな自然の恵みに直接触れられると、皆さん大喜びです」と笑みを浮かべながら話します。
医療通訳の派遣で道筋をつける
神戸に限らず、全国の各自治体が在住の外国人向けに多言語で生活案内を行なうなど、日々のコミュニケーションの壁は低くなっているように思えます。しかし、2019年4月1日の「特定技能」を導入した改正入管法の施行に続き、東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えた今、吉富さんの目には大きな課題が映っています。それは外国人が日本の医療機関で受診する際のコミュニケーションの問題です。
「2003年度から、助成金や補助金を受けながら医療通訳派遣の事業を続けてきました。患者さんが1,500円、病院が3,500円の負担で通訳者を派遣していますが、事業開始当初は、日本語がわからない患者さんとのコミュニケーションは患者さんの自己責任という考え方が一般的で、病院側の理解がなかなか進みませんでした。ようやく今では、神戸市内と周辺の11カ所の病院が医療通訳を直接受け付ける窓口を設けるようになりました。FACILの社会貢献事業としての位置づけから、これを契機に、コーディネート経費も含めた公的予算のしくみが確立され、他の病院での受け入れに弾みがつけばと期待しています」
2018年6月からは神戸市内の二つの病院で、通信回線を活用した遠隔の映像通訳サービスの運用がスタートし、複数のベトナム人通訳者がFACILの事務所内に常駐しています。13歳のとき、家族6人で来日したグェン・ティ・ホンサさんもその一人です。
「週に2日、7時間30分ずつ勤務しています。自分も来日した当初は言葉の壁に苦しんだので、同じような境遇の人の助けになれてとても嬉しいです。同じベトナム人の患者さんから『ありがとう』と言われると、この仕事に就いて本当によかったと思いますね」
病院に同行する場合もあります。そのときの心構えを聞くと、「医師や看護師に分からないことを質問するなどして、次回の遠隔通訳の自信につなげています」と明るく話してくれました。
グェンさんの例のように、母国語と日本語の両方を活用して安定した収入を得られる場を少しでも多くつくり、その一方でNPO法人として地域における日本人と在留外国人との多言語での相互理解を深める活動を推進していく──。その先に、吉富さんが追い求める真の多文化共生社会があります。
フィリピン人の女の子のミンダは日本の小学5年生。隣の席の男の子は、ミンダのあまりの超マイペースに驚くばかり。何と耳にピアスまでしている……。そんな実際にある話をベースとし、日本の子どもたちに外国人との違いを知ってもらう。
是枝裕和監督 製作年:2018年 製作国:日本
価格:DVD¥3,800(本体)+税、Blu-ray¥4,700(本体)+税
【豪華版】DVD¥5,800(本体)+税、Blu-ray¥6,700(本体)+税
発売元:フジテレビジョン 販売元:ポニーキャニオン
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
是枝監督が、犯罪でしかつながれなかった家族を描く。生計を立てるために家族ぐるみで万引きなどに手を染め、強いきずなで結ばれていく。しかし、それは社会では許されないきずなだった。