障害者が生き生きと働ける高品質なレストランをつくる
障害者を雇用している事業所は、もともと老人ホームやデイサービスなどの福祉施設を運営しているケースが多数です。しかし、そのような土台がまったくない状態で、就労継続支援A型事業所を開業し、地元で人気を集めているビュッフェレストランがあります。障害を持つスタッフの個性や能力を伸ばすことに尽力している、三重県伊勢市の「クロフネファーム」を訪れました。
平日の午後でも店内は活気でいっぱい
取材当日、ビュッフェレストラン「クロフネファーム」を訪れると、まずはその活気に驚かされました。平日のランチタイムのピークを過ぎた時間帯だというのに、席数84席の広い店内はほぼ満席状態なのです。料理はバイキング形式で、ビュッフェコーナーには野菜を中心としたヘルシーなメニューが50種類以上も並んでいます。料理が補充されるたびに、スタッフの「○○でき上がりましたー!」という大きな声が店内に響き渡ります。
月に1回のペースで来店しているという70代のご夫婦は、「野菜をたくさん食べられるのがうれしいし、働いている皆さんが明るくて優しい点も気に入っています」と笑顔で話してくれました。
現在、クロフネファームで勤務しているのは、健常者が10人(社員5人、アルバイト5人)、障害者が25人。厨房とホールで、身体障害や摂食障害、知的障害、精神障害などを抱えるスタッフが働いています。
「今でこそたくさんのスタッフがいて、多くのお客様に足を運んでいただいていますが、オープン後の1年間は障害者さんが3人しかいなかったんですよ」
そう話すのは、株式会社クロフネファーム代表取締役の案浦豊土(あんのうら・とよと)さん。もともとは、クロフネファームの親会社でありレストラン運営やウエディングプロデュースを事業とする有限会社クロフネカンパニーの社長秘書業務をしていました。レストランの現場経験もなく、障害福祉については無知という状態から、2016年12月にクロフネファームを立ち上げました。知識がないながらも、三重県南部には就労継続支援A型事業所の数が少ないため、募集をかければ応募は多数あるはずと考えていましたが、人はなかなか集まらなかったといいます。
「周囲に聞いたところ、『クロフネファームは立ち仕事で、忙しいときはバタバタする。同じお金をもらえるなら楽なほうを選びたい』と考える人がたくさんいたらしいんです。その通りのことなので、これはしゃあないなと思いました(笑)」
「ありがとう」が飛び交う厨房を目指す
クロフネファーム設立のきっかけになったのは、クロフネカンパニーの中村文昭(なかむら・ふみあき)代表取締役社長が、障害者を雇用している仙台市の自然派ビュッフェレストラン「六丁目農園」で食事をしたことでした。「六丁目農園」の社長とは、社長がクロフネカンパニー主催の研修に参加して以来の知り合いです。中村代表が講演で仙台市を訪れると聞き、社長が「ぜひ食事を」と誘ってくれたのです。
「中村代表は『六丁目農園』の料理を食べて、『この質が高い料理を障害者さんが作っているのか』と、とても感動していました。障害福祉という社会貢献をしながら高品質の料理を提供し、さらに企業として利益も出せているのです。このようなスタイルのレストランを自分でもやりたいと考え、クロフネファームをオープンすることになったのです。」
人材はそろわず、順調とは言い難い状況でしたが、何もかも手探り状態で運営準備を行ないました。その中でも一番に心がけていたのは、「『ありがとう』が飛び交う厨房を目指そう」ということです。
「『六丁目農園』の厨房では、スタッフの皆さんが作業をするたび、とても穏やかに『よろしくお願いします』『ありがとうございます』と声をかけ合っていたんです。その様子に感銘を受けて、我々もそういう信頼関係を大切にしたいと思い、まずはスタッフ同士をあだ名で呼び合うことにしました。そのほうが、距離が近くなりますから」
そのうえで案浦さんが忘れなかったのは、障害にとらわれずスタッフの能力にしっかり目を向けること。
「この店の社員で障害福祉に関わったことがあるのは、理学療法士だったサービス管理責任者1名のみです。それ以外は初心者なので不安だったのですが、このことが功を奏した点もあります。例えば、応募者を面接する際、その人を障害のレベルや状態で判断することは絶対にしませんでした。まず、ホールと厨房のどちらが希望かを聞き、そのうえで、包丁を持ったことはありますか、人の好き嫌いはありますかなどの具体的な質問をして、担当ポジションを決めます。そして実際に働いてもらい、作業が難しそうであれば違う仕事を視野に入れればいいと考えています」
クロフネファームを卒業してもやっていける自信を
案浦さんの願いは、障害者スタッフの全員が、どこに行っても活躍できるような自信を身に付けること。成長してほしいからこそ、さまざまな仕事を任せてみるといいます。
「今はここで働けていても、将来、『クロフネファームを出た後どこに行けばいいんですか?』という事態に陥るのはダメですよね。それは、僕らはやっちゃいけないことだと思います」
障害者スタッフの人数が増え、売上金額も安定し始めたのは、開店から2年の月日が流れた頃。この時期からは、お客様を飽きさせない工夫も始めました。月替わりの旬の野菜料理コーナーや、摂食障害を持つスタッフお手製のケーキを振る舞うなどの試みです。しかし、スタッフに無理をさせることは決してありませんでした。
「新しい何かを始めるときは、必ず今のスタッフが作業の延長でできることを第一に考えます。例えば、旬の野菜料理でニンジンを使う場合、『〇〇くんはいつもダイコンを1センチ角に切っているけど、それをニンジンに替えられる?』というふうに」
貯金、ひとり暮らし――スタッフの自立心が旺盛に
重度の側弯症を患うヒロくん(24歳)は、クロフネファームの立ち上げ当初から在籍する、障害者スタッフの中で一番のベテランです。側弯症とは、生まれつき骨に異常があったり神経や筋肉の病気にかかったりすることで、背骨が左右に湾曲してしまう状態のこと。本来であれば立ち仕事はNGとされる障害レベルを持っていますが、オープン当初から本人の希望でホールを担当しています。仕事で得られる充実感について聞くと、途端に目を輝かせました。
「もともと人と触れ合うのが好きなので、この仕事はとても楽しく、毎日達成感が大きいです。そして、新しいことにもどんどん挑戦できます。接客だけでなく、お客様からかかってくる電話に対応したときは緊張しましたが、意外にうまくできてうれしかった。この職場は、スタッフ一人ひとりに合わせた働き方の計画を立ててくれるし、相談ごとも聞いてくれて、皆さん優しいです」
ヒロくんは、クロフネファームで仕事を始めた頃、職場からほど近い寮まで移動するために電動式車椅子を使っていました。しかし、ホールを動き回り、誰よりも多く食べる日々を過ごすうちに体力がアップ。現在は、徒歩で通勤はもちろん、休日に徒歩1時間半かけてカラオケボックスに行き、3 時間歌ったあと再び歩いて帰るほどのパワーを誇っています。
「うちの障害者さんへの月給は平均7万5,000円から8万円で、ヒロくんはその中から貯金も始めています。目標は、お母さんを旅行に連れて行くこと。それから、知的障害があるスタッフがひとり暮らしを始めた姿に感化されて、ヒロくんも1年前からひとり暮らしを始めたんですよ。どんどん自信を身に付けていて頼もしいです」(案浦さん)
クロフネファームは、今後、人口10万人以下の都市を対象にした“47都道府県クロフネファーム化”をビジョンに掲げています。全都道府県に、障害者が生き生きと働けるレストランをオープンしようという計画です。人口10万人以下の都市は就労継続支援A型事業所が少ないため、そこに住む障害者がより活躍できる場を作りたいというのが案浦さんの願いです。
「今ここで働いているスタッフが、各地の支店の店長になって、障害者が障害者を雇う側になってくれたら最高です。そういう店長は、障害を持っている人にとって希望の星ですよね。そのための応援は全力でやっていきたい。そして、彼らの姿を見て親御さんが喜んでくれたら、こんなにうれしいことはありません」
クロフネファームの親会社、クロフネカンパニーの代表取締役社長である中村文昭氏の著書。「商売のすべては出会いから広がってゆく」という持論がある著者が、素直さと熱意と“人好き”を武器に、たばこ屋さんのおばちゃんからトップビジネスマンまで自身の応援団にしていく秘術を大公開。