患者さんの不安を和らげ、くつろぎの場を提供したい
2021.03.12

学びと癒しの場「患者図書室」で医療の質の向上に取り組む

千葉 済生会習志野病院
Let’s SINC
患者図書室のサービスを充実させ、不安を抱えがちな患者さんにリラックスと情報収集の場を提供する

病院の最上階にある、患者さんに人気の場所とは

「突然の入院で動転しましたが、ここで落ち着いて将来を考えられたんですよ」と語る入院患者のAさんが向かったのは、千葉県・済生会習志野病院の最上階、8階フロア。そこには習志野、幕張を一望できる屋上庭園があります。緑に囲まれた眺めの良い場所ですが、Aさんの目的地は庭園の手前、2001年に開設された患者図書室「あおぞら」です。

「あおぞら」に隣接する屋上庭園からの眺め

習志野病院の患者図書室利用者からは、「自分の病気を調べて納得できると不安が軽減される」「待ち時間に身体について学べる」といった声が届きます。診療ガイドラインなどの医学書や一般書約950点が閲覧可能で、患者さんやその家族など年間2万人以上が訪れるといいます。2012年には伊藤忠記念財団から「病院施設子ども読書支援」の助成金30万円を受けて児童書などが充実したり、小説や漫画、絵本などは一般の方や職員から毎月約60冊もの寄贈があったりと、蔵書数は拡充中。受け入れ時は司書が一冊ずつ選書しています。特に人気があるのは「がん情報サービス」の冊子だそうです。

時代に合った情報提供の場である「患者図書室」

一般的に、病院の図書室には「病院図書室」と「患者図書室」の2種類があります。前者は医師や看護師など医療従事者や病院職員が医学情報を得るために利用するものです。医療法の第22条には、地域医療支援病院が有していなければならない施設として、集中治療室や病理解剖室などと並んで図書室が明記されており、常に新しい情報や広く深い知識に医療従事者が触れることの必要性を示しています。
一方、後者の「患者図書室」は医療の受け手である患者さんのための施設で、自分の病気などについて知ることができる場所です。2007年の医療法の改正では「医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」の条文が追加されました。インフォームドコンセントが普及した現代において、医療内容に対する自己決定権を持つ患者さんが医師からの説明をより正確に理解するためにも、専門的な情報を得る場所が病院内にあることは、時代のニーズに適応したサービスともいえるのではないでしょうか。

コンセプトは「開放感のある空間」

習志野病院では2018年度から、患者図書室を通じて医療の質向上に取り組んでいます。日本医学図書館協会の認定資格である「ヘルスサイエンス情報専門員」を持つ司書2人が、病気や身体についてなどの問い合わせにも対応しています。
「血糖値を上げない食事の相談を受け、一緒に資料を探したこともあります」と、司書の高崎千晶さん(トップの写真左)が患者図書室での具体的な職務内容について教えてくれました。館内資料や壁に掲示する新聞の医療記事も、司書がエビデンスの有無や情報の鮮度などを確認しているとのこと。「月約100部の配布資料が利用者のみなさんに持ち帰られるようになりました。なんでも相談しやすい雰囲気でお迎えするよう努めています」と、高崎さんは語ります。
根底には「開放感のある空間で患者さんがリラックスできるように」という思いが。一般の図書館と違って、くつろいで図書室を利用できるように携帯電話の使用やおしゃべり、飲食も認められています。「個人情報保護と負担軽減のため、貸し出し手続きも返却期限も設けていません。そのため数年後に返却される図書もありますが、返しに来られない事情も考慮し、督促せず他の寄贈本を補充しています。図書室自体も壁やドアのないオープンフロアで、読書習慣がない方の心理的ハードルを下げています」という言葉からも、図書室の一貫したコンセプトが感じられます。

病院の満足度向上に大きな役割を果たす

習志野病院では患者図書室の安全性の確保についても、国際図書館連盟刊行の「病院患者図書館ガイドライン」に基づき環境整備を徹底。車いすが通れる空間を確保し、けが防止のためペンなど先が尖った文具は最低限に、また書架の上のパンフレット立ては地震対策で撤去しています。カビやシミがついた図書は入れ替え、返却された本は専用クリーナーで清拭するなど衛生面での配慮も。

館内は車いすの患者さんにも不便のないよう、広々とした設計

さらに、図書室としてだけでなく、患者さんが子どもへの読み聞かせを行なったり、ウォーキング等の軽い運動を実施したりする場として、多目的に活用されています。また、利用者さんが手作りして寄贈してくれたという卓上ごみ箱、しおり、コースターなどを手に取って「どうやって作るのかしら、私も作りたい」と、別の利用者さんが興味を持って意欲を示すことも。利用者同士の交流から絆が生まれるという事例に、情報収集だけにとどまらない患者図書室の利用価値、存在意義について改めて考えさせられます。
患者図書室の設置については人員の確保や予算などの問題から実現や維持が難しい病院も少なくないのかもしれません。しかし、患者図書室が院内での学びと癒しの場として機能していることが、提供する医療の質および満足度の向上につながっている事実は、利用する人々の声から明らかに伝わってきます。医療サービスが患者さんにとってより良いものになるよう、こういった院内施設の充実もいっそう期待されます。

※現在は新型コロナウイルスの影響により、サービスが縮小されています

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