児童虐待の早期発見を目指す「物言えぬ子ども」の代弁者たち
年々増える児童虐待。医療分野からも対応が求められる
2019年度中に全国の児童相談所(児相)が対応した児童虐待の相談件数は、過去最多の19万3780件。児童虐待は年々増加傾向にあり、大きな社会問題になっています。児童のしつけに体罰を加えてはならないと定めた「児童福祉法等改正法」が2020年4月から施行されるなど、法整備が進められています。
医療の現場でも、児童虐待への対応が行なわれています。茨城県水戸市の県立こども病院では、院内に児童虐待対応組織(CPT=Child Protection Team)を設置。児相などと緊密に連携しながら、問題の早期発見・防止に努めています。CPTの活動について、チームのコアメンバーである、小児救急・集中治療科医長で集中治療室長の本山景一さん(写真右)と、成育在宅支援室主任の社会福祉士・木村いづみさん(写真左)にお話を伺いました。
救えなかった小さな命
本山さんが児童虐待問題に対応するようになったのは、医師になって4年目のこと。同院へ着任し小児科医として歩み始めた頃、身体的虐待を受けた8症例を担当しました。「虐待によって頭部外傷を負い、意識障害と痙攣で救急搬送され、4日後に脳死判定に至った0歳11カ月の女の子・Aちゃんが特に忘れられません」と語ります。
Aちゃんはその半年前にも、「父親の内服薬を誤飲した」として救急外来を受診、入院しています。父親の粗暴な様子から本山さんは虐待を疑い、Aちゃんが自力で薬包を開けられたのか、偽薬で検証しました。すると、Aちゃんは自分で包みを開けて薬を飲み込んだのです。
「今思えば未熟な対応でしたが、それ以上追究できず、地域の保健センターにつないで退院させました。まさか半年後、こんなことになるとは……非常にショッキングでした。どうやったらAちゃんを守ることができたのかと、何度も経過を振り返りました」と悔やむ本山さん。
振り返りの結果、本山さんは、Aちゃんのケースには根本に母親のネグレクト(育児放棄)があり、ネグレクトを焦点としなければAちゃんは守れなかったのだと痛感しました。
Aちゃんが亡くなった後も、「身体の表面には傷がみられず、他害とはいえない。母親もこれ以上の追究は望んでいない」との理由から、警察も児相も虐待とは判断しませんでした。本山さんは「社会もネグレクトするのか」と強い憤りを感じる一方で、「半年前に一度関わったにもかかわらず何もできなかった」と自責の念に苛まれました。虐待を訴えることができない「物言えぬ子ども」のために、虐待の事実を医学的診断で証明し、解決に向けて社会が動けるようにしていきたいと決意したのです。その実現に必要なのがCPTでした。
児童虐待はチームでの対応が必須
虐待の疑いがある子どもが来院した際、診断の質を担保しながら主治医一人で家族対応、他機関とのやり取りまで継続的に実践するのは、肉体的にも精神的にも困難です。主治医のそうした負担を軽減するため、虐待に対してチームで対応しようというものがCPTです。茨城県立こども病院のCPTは、虐待のケースが発生するたびに招集する虐待対策チーム(SCAN=Suspected Child Abuse and Neglect)と、月1回開催する「虐待対策委員会」の二つの組織で構成されています。
SCANは、窓口となる医療ソーシャルワーカー(MSW)、主治医、看護師などの多職種からなる機動性・迅速性の高い実働部隊です。
SCANでの活動内容は、院長をはじめ病院幹部をメンバーとした虐待対策委員会に報告されます。そこで承認を得ることによって、チームの活動が病院全体としての対応になるのです。
CPTの活動は、児相など地域との連携も重要です。医学的な虐待診断を、精度を担保しながら迅速に行なうのはCPTの役目ですが、最終的な虐待判断は児相が行ないます。さまざまな専門医・専門職の評価を集約し、適切に引き継げるよう、2013年から児相と定例の勉強会を開催しています。また、地域の関連機関や市町村に設置されている要保護児童対策地域協議会、警察などとも連携し、年間100件前後の虐待事例に対応しています。
早期発見・予防のため地域と連携
虐待事例への対応だけでなく、その早期発見・予防に取り組むこともCPTの重要な役割です。茨木県立こども病院のCPTでは、同一敷地内に隣接している水戸済生会総合病院の「総合周産期母子医療センター」や保健センターと連携。精神疾患や家庭の問題を抱えている妊婦とそのパートナーへ注意を向けることが、児童虐待の早期発見につながるとして、特定妊婦(児童福祉法に基づく養育上の公的支援を出産前から要する妊婦)の情報を共有しているほか、県内の他の病院や自治体の担当部署、医師会などの会合にも参加して虐待の啓発を行なっています。
木村さんは「医師の医学的診断に加えて、私たちMSWはきちんとした根拠、証言などに基づく専門的なソーシャルワークを行なって、地域の社会資源と連携しながら虐待対応・養育支援を進めていきます」と語ります。
医療機関の仕組みも改善を
そんなCPTでの活動が、少しだけ報われた出来事がありました。Aちゃんのケースから10年後、警察から「児童虐待に対する現在の考え方で、もう一度ケースを見直してみたい」と連絡があったのです。10年越しに届いたこの声に、本山さんは感極まりました。「この子を忘れずにいてくれる人がまだいた! あきらめずに活動を続けてきてよかったと感じました」
CPTを設置する地域の病院が増えるなど、ここ10年ほどで子どもの虐待対応を巡る状況は少しずつ変わってきています。本山さんは「虐待対応を通して『物言えぬ子ども』に寄り添う仲間をさらに増やし定着させるためにも、診療報酬で虐待対応を評価する仕組みが設けられることを望みます」と、児童虐待防止に向けて、医療機関のさらなる進化を希望しています。