災害のときでも、一人ひとりに合わせた医療・福祉サービスを
生活の支援が必要な人のための「福祉避難所」とは
災害が発生したとき、高齢者や障害者、妊産婦などは、運動機能の維持や健康チェックなど個別対応のケアが必要となり、一般の避難所での生活が困難な場合があります。このように災害時に特別な配慮が必要な人々を「要配慮者」といいます。
要配慮者を受け入れる設備や体制が整っている施設は、行政機関から「福祉避難所」に指定され、災害の際、施設や設備の被害状況、稼働可能な職員の数、利用状況などを考慮し、必要に応じて開設されます。2008年に国が制定した「福祉避難所設置・運営に関するガイドライン」では、福祉避難所での支援として、要配慮者に対する物資や人材の提供が定められています。
しかし、2011年の東日本大震災では、福祉避難所の事前指定や受け入れ体制が未熟だったため、すべての要配慮者を受け入れられなかったことや、一人ひとりのニーズに合わせたケアができなかったことが問題視されています。
その後、2016年にガイドラインが改定されるなど、少しずつ災害発生時の要配慮者への支援体制が見直されてきています。要配慮者が十分な支援を受けるために、医療・福祉サービスはどうあるべきなのでしょうか。
西日本を中心に、広範囲で土砂災害や水害をもたらした「平成30年7月豪雨」。240人以上が亡くなるなど大きな被害を受けた広島県において、福祉避難所として要配慮者への支援を実践した、済生会の特別養護老人ホーム「たかね荘」の取り組みを紹介します。
済生会の強みを生かした避難所での支援
広島県坂町の指定福祉避難所であるたかね荘では、災害発生の翌日から避難所を開設し、要介護の高齢者を受け入れました。さらに、坂町からの依頼で、たかね荘から約7キロの位置にあるサテライト施設「たかね荘こやうら」でも、要配慮者用の避難所を臨時で開設しました。
避難所の利用者たちは、高齢者ならではのさまざまなニーズを抱えていました。それに応えるべく、たかね荘では面談スペースの確保やリハビリマシーンの設置といった環境づくり、施設職員による相談支援や健康チェック、医師による健康相談、理学療法士による運動指導など、さまざまな支援を実施しました。
また、避難してきた人々の中には、裸足で避難所にたどり着いた人や、流木やがれきでけがをした人もいたため、看護師が応急処置を行ない、寄付品の衣服や靴などを提供しました。
これらの多様な支援は、近くにある済生会広島病院の医師・看護師や、理学療法士など、済生会内での複数の職種の連携によって実現しました。さらに、地域のボランティア団体とも連携し、傾聴活動や足浴、手のマッサージなどを行ないました。
一方、「たかね荘こやうら」がある小屋浦地区は町内で最も被害が大きく、数カ所の土砂崩れで線路・道路が寸断され孤立化。物資や職員の供給が自力では困難となり、済生会内の災害派遣福祉チーム(DCAT)が出動しました。
DCATは、東日本大震災の後、済生会が全国に先駆け立ち上げた介護職員からなる災害支援チーム。災害発生直後の混乱が一段落したのちに介護職員を派遣し、福祉避難所や施設の高齢者へのケアを継続して行ないます。このときは約1カ月間、被災者の病院搬送、水などの支援物資の搬送、一般避難所に避難した高齢者の入浴支援、臨時の障害者デイサービスの実施など、福祉避難所のみならず地域全体に対して支援が行なわれました。
福祉避難所での支援に必要なのは2つの“連携”
こうした支援の結果、避難所の利用者からは、「健康管理や生活のサポートが充実している」「話を聞いてもらえてうれしかった」「病院受診や一時帰宅に付き添ってもらえて助かった」といった声が寄せられました。
たかね荘では、医療と福祉サービスを一体的に提供できたことや、地域の団体と効果的に連携できたことで、避難所を利用した人々の不安が少なからず軽減されたのではないかと考えています。今後は、福祉避難所としての設備強化と併せて、住民と地域の機関やさまざまな職種が平時から支え合う仕組みづくりを進めていく予定です。
多職種による連携と、地域との連携。2つの連携を意識したたかね荘の取り組みは、福祉避難所での医療・福祉サービスのあり方として、一つのポジティブな例となっています。