遊具なしでどう遊ぶ? 工夫が育む生きる力と社会性
子どもの教育にとって遊びは重要
子どもの教育をめぐる状況は今、貧困やいじめなどさまざまな問題が顕在化しています。そういった問題に立ち向かい、社会を支える人材を育てるためには、コミュニケーション能力や多様性への理解など、学習だけでは身につけられない「社会で生きる力」を養う必要があります。そのためにも、子どもが心身ともにのびのびと成長できる環境整備が求められています。
子どもの成長にとって重要な要素の一つに“遊び”があります。近年、多くの研究によって、遊びが脳の発達に影響を与えることが分かっているのです。また、幼少期から主体的な遊びを多く経験することで、自己有用感(自分が人の役に立っているという実感)が育まれるともいわれています。特に、外遊びは主体性を養うのに良いとされていますが、最近ではスマホの登場などが原因で外遊びの機会がどんどん失われています。
そんな中、愛媛県にある松山乳児保育園では、自然を使った遊びや子どもの主体性を重視した独自の保育を通じて、子どもの生きる力を育てる工夫をしています。
遊具も玩具もなし。園児が遊びをつくる
2019年に創立50周年を迎え、60人の園児がいる松山乳児保育園。園内に入って気づくのは、既成の遊具や玩具、カラフルな装飾などが一切見当たらないこと。室内は天然木の肌触りと香りが感じられる無垢材を基調にしつらえてあり、園庭にあるのは、土や砂、水、丸太、石など自然の素材ばかり。
このシンプルな環境は、自然の中で子どもが持てる力を思う存分自由に発揮し、生きていくうえで欠かせない意欲や社会性を育む保育を目指してのことです。同園の理念は「子どもも大人も安心して生き生きと過ごせる保育園」。「子どもたちが『こうしたい』という意欲を、自由に生き生きと表現してほしいという思いで、2007年に園庭の遊具を片付けました」と、5代目園長の稲葉雅美さんは語ります。
土の山の傾斜を天然の滑り台にしたり、ひたすら壁に泥を塗ったり、壁に手形のスタンプを押したり……。あちこちで園児が自分で見つけたり作ったりして遊んでいます。土や砂、丸太、石などは、季節や園児の月齢に応じて最適な感触やサイズのものを調整して選び、保育士が毎朝、園庭に準備します。その際、柔らかい土の感触や泥汚れが苦手な子もいるので、さらさらの砂、水で溶いて糊状にした片栗粉など、感触や見た目の異なる素材も用意します。
「土や水などは自分の力で自由に操って遊ぶことができる。どこでも好きなところで、好きなように遊べる環境を整えたら、遊具の取り合いなどがなくなって、子どもたちがすごく落ち着きました」(稲葉園長)
見守り、ほめて励ます教育
松山乳児保育園で大切にしているのは、子どもに手出し口出しをせず、ひたすら寄り添い、見守ること。例えば、園庭の桜や藤の木に登る子もいますが、そうした子は、自分で登り下りする力がついていると分かったうえで、手を出さず見守ります。昼ごはんは手づかみOK※。絵を描くときもテーマは与えず、自由に心の内を表現してもらいます。
※2歳からはスプーンも使用
こういった「見守り」は、保育士たちが子どもたち一人ひとりの上達度合・限界を把握しているからこそできることだと、稲葉園長は話します。
「子どもの力を認めて、発達を見守ることに徹するのが大切です。スコップやバケツがないから、木や石で穴を掘り、口に水を含んで運ぶことを思いつくし、大きな丸太は友だちを呼んで一緒に動かすようにもなる。無限の可能性を持つ自然や自然素材に触れ、自分で考え工夫して行動することで、生きる力や社会性が育まれるのです」
社会で生きていくうえで必要な、自分で考え、切り拓いていく力。そんな生きる力を乳幼児のうちから育み、子どもがもつ力を最大限に引き出す教育がここにはありました。