上るのも一苦労。「坂のまち」ならではの地域課題
広島県の南西部、瀬戸内海に面した港町・呉市。山に囲まれたすり鉢状の地形で、平野部が狭く、山の斜面にある市街地で約22万人が生活を営んでいます。
大きな地域課題となっているのは「高齢化」。2020年の呉市の高齢化率は全国平均より約7ポイント高い約35%で、高齢者にとって坂が多い土地での暮らしは外出困難につながり、医療や福祉のサービスが届きづらくなる恐れがあります。
そんな呉市に住む高齢者の在宅生活を支えているのが、同市の医療・福祉の中核を担う済生会呉病院。
2014年度の診療報酬改定により、自宅復帰に向けた医療や支援を目的とする地域包括ケア病棟が認められ、50床を設置、2021年には100床まで増床しました。
医師や看護師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカーなどの多職種が連携し、自宅や施設での療養に不安がある高齢者が安心して退院できるよう、入院中から退院後まで一貫したサポートを行なっています。2019年からは一人での継続通院が困難な方を対象に訪問診療もスタート。患者さんの通院に付き添う家族の負担軽減にもつながっています。
生活の場を検証し、本人によりコミットした支援を
若い人でも息が上がりそうな程、急な坂が多い呉。
そんな土地で暮らす高齢者の生活環境にコミットした支援をいかに行なっていくか――呉病院で看護師長を務める中田栄子さんは考えたと話します。
そこで、患者さんの入院直後に退院に向けた課題を洗い出し、毎週の多職種カンファレンスで情報を共有。課題をもとに退院支援計画書を作成し、計画通りの援助が実際に生活の場で行なえるか、リハビリスタッフと看護師で退院前後に患者さん宅を訪れる実地調査を行なうことに。
「訪問看護をしない病棟看護師は患者さんの在宅生活をイメージできず、退院後の生活に即した支援を行ないづらい課題がありました。実際に実地へ出向き、ベッドや手すりの位置、自宅でどんなふうに食事を取るかなどを、患者本人の生活環境を細かく確認することで観察の視点が広がり、よりよい退院支援につながったと実感できました」
一番の支援は「支えてくれる存在」
退院支援にはもう一つ大切なポイントがあると中田さんは話します。それは、病院側が考えた退院支援を患者さん本人に十分理解してもらうこと。
「私たちが必要と思う支援と患者さんが求める支援のズレを少しでもなくすことが退院支援ではとても重要です」
中田さんはこんな事例を紹介してくれました。
「夫と二人暮らしのAさんという70代の女性がいました。夫婦ともに軽度の認知症を患い、受診日や内服を忘れがちなのが課題でした。入院中は配薬時に声掛けすれば服薬できたので、多職種カンファレンスで話し合いを行ない、退院後は見守り役のヘルパーを導入することにしたのです」
Aさんの退院後の生活を見越した計画でしたが、最初はうまくいかなかったのだそう。他者を自宅に入れることを極端に嫌がり、Aさんの夫にも「自分でできる」と訪問の計画を拒まれてしまいました。
「そこで、入院中から訪問看護師がAさんやご主人と直接話す機会を増やすことに務めました。顔なじみの関係を築き、コミュニケーションを深めたことで、Aさんも納得し、退院後は笑顔で訪問看護師を出迎えてくれるようになりました」
課題だった内服についても「こんなふうに誰かに声をかけてもらったらええよね」という言葉がAさんから聞けたのだそうです。
Aさんへの支援について「入院中から退院後の暮らしを見据え、患者さんとの信頼関係を築くことが住み慣れた場所で暮らし続けるための一番の支援だと感じた出来事でした」と中田さんは振り返ります。
高齢化が避けられない中、誰もが安心して暮らし続けるためには、その土地の課題、風土、文化を熟知し、一人ひとりの暮らしに寄り添った支援のあり方が求められています。