育児の孤立や不安から子育てする人を救いたい!
2021.11.05

子どもの死因検証から“SOS”が言える子育てのしくみをつくる

滋賀 済生会滋賀県病院
Let’s SINC
子どもの死因を検証することで、再発防止と子育て環境の改善につなげる

コロナ禍が引き起こす、孤独な育児

コロナ禍において虐待を受ける子どもが全国的に増えています。厚生労働省によると、令和3年度の児童虐待相談対応件数は20万件を超え過去最多。「おうち時間」が増えたことも児童虐待のリスクが高まる原因になっています。また、外とのコミュニケーションが取りづらいコロナ禍では、身近に頼れる人がおらず育児に悩む保護者が孤立してしまうことも大きな課題に。SOSが出せない閉ざされた場所での育児が、思わぬ子どもの死につながることもあるのだといいます。

子どもの死因検証「チャイルド・デス・レビュー(以下、CDR)」を日本で先駆的に始め、再発の防止につなげる活動を行なっている滋賀県病院小児科部長の伊藤英介さんにお話を伺いました。

子どもの死を究明するために訴え続けた

伊藤先生は2009年に滋賀県病院・小児科に着任。「最初の1年間に心肺停止状態で運ばれてきた子どもを6例経験し、何が原因で亡くなったのだろうかと疑問が湧きました。子どもに死亡を宣告した医師が本当の死因を知らないままでいいのだろうかとも思いました」と話します。

“防ぎ得る死”があったのではないだろうかと強く感じた伊藤先生は日本小児科学会滋賀県地方会でその6症例を報告することに。その準備を進める中で知ったのが、「子どもの死因検証」でした。

滋賀県病院 小児科部長‧伊藤英介先生
2016年には滋賀県医師会の小児救急医療対策委員会の委員に任命された

CDRは、あらゆる子どもの死亡事例を医師や警察、児童福祉関係者など、さまざまな分野の専門家で調査・分析することで、再発予防に役立てることを目的として1980年頃アメリカで始まりました。しかし、日本でCDRが知られるようになったのはごく最近。2010年4月に厚生労働省の研究事業にてCDRに関する研究が行なわれ、同年、シンポジウムにて初めて一般に紹介されました。

伊藤先生は日本小児科学会滋賀県地方会にて子どもの死因究明の意義やCDRについて言及。その後も小児科医や滋賀県の担当者に必要性を訴えましたが、国内では前例のない取り組みで、具体的な方法が見えませんでした。2016年、滋賀県医師会の小児救急医療対策委員に選ばれた伊藤先生は委員会でCDRに取り組むことを提案したところ、賛同が得られました。

「やっとスタートが切れると思った矢先、分析資料として使用したいと考えていた、保健所が保管する子どもの「死亡小票」が、医師会からの要請では厚労省の閲覧許可が下りず、調査はまた暗礁に乗り上げました」

しかし、思わぬところに突破口が見つかります。滋賀県に設置されていた「死因究明等推進協議会」会長の滋賀医科大学‧社会医学講座法医学部門‧一杉正仁ひとすぎまさひと教授にCDRへと取り組み要望書を出したところ、取り組みの重要性が認められたのです。

県組織の協力が得られたことで晴れて厚労省の許可が下り、2015~2017年の滋賀県における死亡実態調査が行なえるように。この頃には国もCDRの重要性を認識し、都道府県単位のモデル事業を行なうことが決定しました。滋賀県は既に予備的調査を始めていたことも評価され、2020年に「都道府県チャイルド‧デス‧レビュー体制整備モデル事業」が滋賀県を含む7府県でスタートしました。

滋賀県のモデル事業では、伊藤先生が行なった予備調査の成果を踏まえ、同様の死亡小票をもとにした方法で2018~20年に死亡した18歳未満の131症例を抽出。さらに医師、検察、警察、児童相談所や保健所職員など専門家たちが詳細な検証を実施した結果、症例の約3分の1が防ぐことができた可能性のある「外因死」であることがわかったのだそうです。

県のモデル事業として実施している多機関検証委員会では県警や検察、児童虐待の専門家たちが死因について検証する

添い寝、添い乳は「悪いこと」か

子どもの死を分析する中で、病院での死亡診断時に不明だった死因として浮かび上がったのが「乳児の睡眠環境問題による窒息死」。
それは親が子育ての中で当たり前のように行なっていた添い寝、添い乳による死の可能性でした。疲れて一緒に眠ってしまった親が乳児に覆いかぶさったり、赤ちゃんが布団にうつぶせになってしまったまま気付かず窒息したりしたことが推測できたのです。

添い寝、添い乳には、愛着形成や子どもの安心、育児の負担軽減などといったメリットもあります。院内でも看護師や助産師によって指導方法に差があることを知った伊藤先生は、看護師‧助産師が参加する院内周産期カンファレンスで睡眠環境の問題について議題に挙げ、妊娠中からの啓発の必要性と指導方法についての意見交換を行ないました。そのうえで保護者にはメリットとともに注意点も伝えることにしました。

「添い寝、添い乳が必ずしも悪いことというわけではありません。むしろ大切なのは子育てをする人のサポート。安全な添い寝‧添い乳環境を作るには家族の助けが必要で、ワンオペ育児の対策にもつながると考えました」

滋賀県CDRでは産後うつが原因の心中症例も明らかになったといいます。そこで、同院では育児に不安がある母親を対象に、退院後、育児指導‧サポートのための入院ができる体制を整備しました。また、同院では2010年に小児‧救急‧脳神経外科医師と看護師、ソーシャルワーカーで結成していた児童虐待対策チームに2017年、産婦人科医師、助産師もメンバーに加え『Child Protection Team』に名称も変更。明らかな虐待症例の対応だけでなく、虐待チェックリストを用いて、不適切な養育環境が子どもの怪我や病気につながったと考えられる案件や、社会的ハイリスク妊娠症例を月1回の定例会で共有、検討し、地域にも情報交換を行なっています。

「子どもの年齢によって事故の発生の場所や動機が変化することが、CDRによってわかりました。
保護者向け講習会や教育委員会との連携など、継続的な親子への指導が重要だと考えています」(伊藤先生)

大切なのは「子どもを守るための仲間意識」

CDRは子どもを失った遺族にとって辛い経験を思い出させてしまう可能性もあります。

「CDRは大切な人を失った悲しみから立ち直るためのグリーフケアの一手段にもなり得ます。CDRが新たな子どもの死の予防につながれば、多少なりとも遺族の心の傷を癒やせるのではないかと考えています」 伊藤先生は、近年社会問題となっている子どもの虐待死に関してこのように話してくれました。

「子どもの死を振り返る時、どうしても犯人捜し、責任者捜しとなり、大人同士で糾弾、対決構造ができてしまいがちです。しかし子どもの死につながる大人の不注意や精神の異常は、誰にでも起こり得ます。私自身の子育てにも反省は数えきれない。だからこそ『子どもを守るための仲間意識』を持って助け合える、そんな社会を望んでいます」

子どもの死から見えてくる課題から解決策を導き出し、ひとりで育児に悩む親の不安に寄り添い、大人同士が協力しあえる環境をつくることが、防ぎ得る死から子どもを救うひとつの手段になるとCDRは教えてくれました。

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