2022.4.14
2007年の開院から「地域密着」をテーマに、住民向けの済生会フェアや行政・近隣病院と協働した医工学連携事業などに積極的に取り組んできた福岡県・済生会飯塚嘉穂病院。2021年からはSDGs推進グループを立ち上げ、病院全体でSDGsに取り組んでいます。取り組みのスタート地点となったのは、院内業務とSDGsの共通項を“見える化”するアクションブックの制作。「これまでやってきたことがSDGsだった」という気付きは、職員のモチベーションの向上にもつながったのだといいます。今回は一連の取り組みを旗振りした迫康博院長と経営企画室(SDGs推進事務局)の春口勇介さんに「病院が取り組むSDGs」とは何か、今後取り組みを地域へ広げていく展望などを伺ってきました。

SDGs推進の裏側にあった「地域」への思い

――まずは、飯塚嘉穂病院がどんな病院か教えてください。

迫院長

当院は2007年、もともとこの場所にあった福岡県立嘉穂病院を受け継ぎ開院しました。飯塚医療圏において、回復期リハ病棟、地域包括ケア病棟、緩和ケア病棟を備えるケアミックス型で、麻生飯塚病院などと同医療圏にある急性期病院と連携、機能分担しながら“地域に根差した”病院として、役割を果たしてきました。

――「地域密着」が病院のテーマなのですね。

迫院長

2015年からはまちづくりを大きなテーマに掲げ、地域の皆さんとつながり、共創していくことを大切にしてきました。例えば、病院の敷地を開放して開催する「済生会フェア」や行政・大学・近隣の麻生飯塚病院などと連携し、医療機器の開発や改良に協力する「医工学連携業務」もそれにあたります。


春口さん

特に済生会フェアは地域の皆さんに大好評で、過去には1回のフェアで2,400人以上が来場したこともあるんですよ!
健康測定や、地域の未来を支える子どもたちに向けた病院のお仕事体験のほかに、地元で大人気の山田饅頭本舗さんにフェア限定の饅頭を作ってもらったり、イオン穂波ショッピングセンターと共催したり、地元の「まちおこし」の活動と協働したカーアクションなどを行なったり……。毎年工夫を凝らして地域の皆さんが楽しめる企画を地域の皆さんと一緒に創ってきました。

――2,400人はすごいですね! 面白い企画ばかりで足を運びたくなります。

迫院長

突飛なことをしているように感じますが「地域密着」という観点であれば、特別なことではなく当たり前のことをやってきたんだと思います。済生会フェアは毎年職員総出で参加していて、地域の皆さんとの関係性を作るよい機会にもなっています。地域のために病院職員全員でやるという気持ちが大事なんです。
しかし、3回目以降は残念ながらコロナ禍で開催ができていない状況です。

――地域との関わりが持ちづらくなったコロナ禍に、「病院をあげてSDGsに取り組もう」となったのは何かきっかけがあったんでしょうか。

迫院長

コロナ禍では地域の皆さんの安心安全のため、いち早く発熱外来を設置しワクチン接種や中等症までの患者さんの受け入れを最優先事項として取り組んできました。しかし一方で、「地域の皆さんと一緒によい病院を作っていきたい」という思いは変わらずありました。

――そこでSDGsを?

迫院長

SDGsという言葉が一般的に浸透してきたのはここ最近のことですが、済生会が今まで取り組んできたことと共通しています。だからこそ診療以外にも患者さんのため、地域のため、職員のためになることを常に病院全体で取り組んでいかなくてはならないという思いを以前からもっていました。
また、SDGsは地域とも一丸となって一緒に取り組めるよいツールにもなるとも考えました。そうであればコロナが終息するのを待ってからアクションを起こすのでは遅い。
この活動を先々は地域に広げていくことを念頭に、まずは、地域の中での病院の役割や日々行なってきたことがSDGsそのものだということを職員にしっかり浸透・周知することが大切だと考えました。

迫康博院長
迫康博院長

日々取り組んでいることが実はSDGsだった?!

――SDGsに取り組むファーストステップを「職員への周知」としたのはなぜでしょうか。

迫院長

SDGsをまずは職員全員にきちんと認識してもらうことが、今後地域を見据えた展開をしていくうえで基盤になると考えたからです。

春口さん

そこで病院の運営会議で院長が「病院全体でSDGsに取り組む」と宣言されました。 経営企画室が「SDGs推進事務局」となり、現場からのアイデアなど幅広い意見を取り入れるため各部署の多職種からなるSDGs推進グループも立ち上げることにしました。

――病院の各部署からメンバーを集めたのは?

春口さん

患者さんのそばで働いている職員の意見はとても貴重ですし、さまざまな意見を出してほしかったので年代や性別などに偏りがないように医師、看護師、理学療法士、事務職員などの6人のメンバーを選出しました。このチームで定期的に会議を行ない、今後どのようにSDGsを推進していくか話し合いを重ねていけたらと思っています。

まずはじめのミッションとして、今年の目標に掲げた「職員への周知」を達成するために(もトル)日々の業務として取り組んできたことが「実はSDGsが掲げる17項目のゴールにつながっている」ということに気付いてもらい、病院の業務をSDGsを通して新しい視点で見ることができる”アクションブック”を制作することにしました。

SDGs推進グループの皆さん
SDGs推進グループの皆さん

――各部署の仕事がわかりやすくまとめられていて、手づくりの温かみもあって……。誰もが手にとりやすい形ですね。

春口さん

“見える化”するツールとして一番シンプルなものは何かと考え、この形になりました。写真も大きく使ってアルバムのようなイメージです。それぞれの取り組みがSDGs17項目の何に該当たるのかを一目瞭然にしたかったので、デザインにもこだわりました。可読性・視認性がよく、「読んでみよう」と感じてもらえるものになったと自負しています。

経営企画室長・SDGs推進事務局の春口勇介さん
経営企画室長・SDGs推進事務局の春口勇介さん
SDGsの17項目との関わりが一目で分かるようデザインにもこだわった

これまで病院で取り組んできた業務をSDGsの17の目標とリンクさせて全20Pで紹介。自分たちの業務がSDGsのどの目標に対応しているのか考えることで業務の目的や本質を新たな視点で振り返ることができるほか、今後どのようなことに取り組んでいくべきかを見つけるツールとしても活用できる。SDGsの17項目との関わりが一目で分かるようデザインにもこだわりが

――アクションブックのテキストは各部署の皆さんに書いていただいたとのことですが、”病院職員全体を巻き込む”形に、ネガティブな意見はなかったのでしょうか。

春口さん

新しいことをやる、というと少し身構えてしまうところもあると思います。始めた当初は、SDGsって何すればいいの? 業務が増えるの? という声も多かったです。なので、「新しいことではなくもうやっていることですよ」と丁寧に説明しました。

実は、取り組みに着手する前に、院長から「職員みんなのモチベーションを上げるためのツールとしても考えてみてほしい」というリクエストがあったんです。 実際にアクションブックが出来上がってみると、各部署、多職種の日々の業務にフォーカスしたことで他部署との相互理解にもなりましたし、”自分たちがすでにSDGsに貢献できている”という実感が、モチベーションアップにもつながったのではと感じています。


迫院長

職員のモチベーション向上は病院に来た当初からの院長としての命題でした。そのためにはトップダウンのみではなく、職員と同じ目線でコミュニケーションをとっていくことが必要です。そういった意味でもこの経営企画室のアクションブックというアイデアはとてもよいと思いましたね。

――アクションブックを手にとった職員の方からはどんな声がありましたか。

春口さん

「自分の仕事以外にも病院でどのようなことに取り組んでいるかを知るために読んでみようと思った」という声をもらいました。こんなふうに本の形になっていると休憩中など時間のある時に目を通しやすいようで、「この取り組み、いいね」と他部署の業務をほめている職員がいたり、アクションブックの内容について意見をくれたり、しっかり読んでもらえていると感じました。
外部へも配りやすいので職員だけでなく患者さんや地域の皆さんにSDGs に親近感をもってもらうきっかけにもなってほしいと期待しています。


迫院長

ネーミングもいいね。まずは院内周知から始めて、今後は地域、地元企業と、どんどん外にむかって「アクション」していくための「アクションブック」なんです。この方法なら誰でも真似できるし、個人でも組織でも、誰にでもすぐに始められるでしょう。この一冊からいろんなきっかけが生まれるといいなと思います。

――SDGsの取り組みを始めて、院内の空気が変わったなと感じることはありましたか?

春口さん

「こんなことも SDGs じゃない?」など、職員からの積極的な意見が増えました。 アクションブックの中でも紹介していますが、2021年度から始まった取り組みもあります。「紫陽花いっぱい運動いっぱい運動」といって家庭にあった紫陽花を植え替えて、緩和ケア病棟の散策路をいっぱいにしたいという職員の提案で生まれたものです。 地元JAさんから分けていただいた堆肥を元に、敷地内の草刈りなどを行った際に出た草や落ち葉などを混ぜ合わせることでさらに堆肥を増やしていき、緩和ケア病棟の庭園で活用したり、地域の方に配付したりする予定です。

――環境にやさしい、ユニークな活動ですね!

春口さん

自らボランティアとしてフードバンクのお手伝いに行っている職員もいて、アクションブックを通じてSDGsを意識する職員が増えたと思います。意識すると身の回りに実はSDGsにつながることがたくさんあることにも気が付きます。

病院の周辺は自然がいっぱい!
ベッドごとデッキに出られる
緩和ケア病棟
緩和ケア病棟の庭には患者さんの家族が
花を植えることもできます
「紫陽花いっぱい運動」で使う堆肥の中には
カブトムシの幼虫が眠っているそう
「病院の空き地を一面コスモス畑にしたい」という意見も!
職員にも患者さんにも見えるところに
アクションブックを掲示
「山田饅頭本舗」の饅頭は
院内ショップで販売中
週1回の入荷を楽しみに来る人もいるそうです
正面玄関「ホスピタルモール」で
開催した済生会フェア
医療機器開発・改良に協力する「飯塚メディコラボ」は日本初の取り組み

地域とつながるためには「戦略的広報」が重要

春口さん

経営企画室では、医工学連携や済生会フェアでの企画など、新しいことの提案だけでなく、「広報業務」も大事な仕事の一つです。さまざまな取り組みを始めた当初から自ら地域に出ていくことが大切と考え行動に移してきました。


迫院長

私は「広報業務」は、病院のやっていきたいことを地域に伝える重要な業務だと思っています。だからこそ、院長としてしっかりと関わっていくべきだと考えています。広報にはスピード感も大事です。他院の広報誌などに自分で目を通して、いいアイデアだと思った取り組みはすぐに取り入れます。

――地域とのつながりをさらに強くしていくためにどのようなコミュニケーションをとっていくべきだと思いますか。

迫院長

地域の方々に対して、「病院として何ができるか」が重要なキーワードだと思っています。
もちろんそれはSDGsについてもいえることで、取り組む団体や世の中の役割によっても貢献できることが変わってきます。 当院であれば、例えば災害時に病院の資源を活かして医療的に不安がある人の避難対応や地域で孤立している人の支援なども行なって行きたいです。

――SDGs活動を広めていくために、今後どのような展開を考えていますか。

春口さん

当院だけでなく済生会の事業や活動、ソーシャルインクルージョンを知ってもらうことです。また、すでに行なっているSNSやホームページ、広報誌、院内掲示に加えて、地元のフリーペーパーやメディアなどでも紹介していただき、済生会全体の取り組みとしてさまざまな人に知ってもらいたいです。我々だけでの情報発信には限りがあります。地域とつながっていくことで地域の皆さんが発信してくださる相乗効果も期待しています。


迫院長

すぐにできる次のステップとしては、まずは「コロナ禍でもできること」を模索していくことではないでしょうか。


春口さん

はい。院内では、SDGsの活動を通して現場発の意見やアイデアを少しずつ形にしていきたいです。地域に向けては、コロナ禍が落ち着いたら、これまでの当院の事業に協力していただいた地域の皆さんに当院のSDGsの取り組みを説明し、「今後一緒に何かやりましょう!」と挨拶に伺いたいですね。この地域のためになるアイデアがきっと生まれると思います。




※写真撮影時のみマスクを外しています。取材は十分な間隔を確保して行なっています。




地域で広がるSDGsの輪

飯塚病院
イノベーション推進本部 マネージャー
工房・知財管理室 室長 井桁 洋貴さん

飯塚病院との「飯塚メディコラボ」について
聞いてきました!

 当院では、臨床ニーズ(臨床上での困りごと)に基づいた医療デバイスやサービスの開発をサポートするイノベーション推進本部を2012年に設立しました。メーカーなどとの共同開発、意見交換を進める中で、製品の使用される環境、つまり、臨床現場を企業の開発者に見ていただく必要を強く感じ、病院規模や機能によって提供する医療サービスが異なることから、2016年から済生会飯塚嘉穂病院さま、飯塚市立病院さま、飯塚市内の三病院で企業向け臨床観察プログラムを提供する「iizuka medicolabo(飯塚メディコラボ)」を開始。三病院のニーズをものづくり企業や医療機器メーカー向けに発表し、開発へつなげる「ニーズマッチング会」なども開催しています。
 医工連携での観点になりますが、福岡の地域性もあり、医療機器開発には半導体産業や自動車産業から新規参入する企業も多く、医工連携による医療機器開発はそれらの企業さまがもつ高度な技術を継続的に継承、発展させていくことにも寄与すると考えています。飯塚市は高齢化、過疎化が進んでいる地域ですが、医療・福祉環境は恵まれた地域でもあります。
 医療産業は裾野の広い産業です。医療機関が中心となり、医工連携などの活動を通じて地域を活性化し、外からも人を呼び込める魅力的なまちづくりができればと考えています。

Q.「SDGsアクションブック」の取り組みについてどう感じましたか?

A.たいへん前向きな取り組みだと感じました。一般的にSDGsをよく分からない、難しいものと考えてしまう傾向もありますが済生会さまが取り組まれている事業を、SDGsの項目に当てはめていくことで取り組みに新たな価値が生まれるのだと思います。




SDGsアクションボードをつくってみよう!

 飯塚嘉穂病院の「アクションブック」は、病院や企業などの組織はもちろん、大人から子どもまで個人でも簡単にトライできるもの。 生活や仕事、家族や地域の中での役割などを、一つひとつ振り返ると、いつも何気なくやっている小さな行動が、実はSDGsにつながっていると気づくことがあるかもしれません。
ここではアクションブックの制作に関わったSDGs推進グループの皆さんに、「日常」の中でのSDGsについて聞いてきました。


  • 緩和ケア内科 主任部長 荒木貢士さん
    わたしのSDGsは
    「家事を分担する(平等な関係性を築く)」こと。
    病院ではさまざまな職種の人が働いています。誰と仕事をする際にも「平等な関係」を築くことが私の大切にしているSDGs。それは仕事だけではなく生活においても言えることだと思います。

  • 看護部 看護課長 日永田里恵さん
    わたしのSDGsは
    「済生会で働く」こと。
    済生会での仕事は、すべてSDGsに関わっていると看護師の日常の業務の中で日々感じています。「済生会で働いている」ことがわたしのSDGsです。

  • リハビリテーション部 主任理学療法士 髙嶋基樹さん
    わたしのSDGsは
    「笑顔でいる」こと。
    初めは推進グループの一員として病院にSDGsをどう落とし込めばいいのか戸惑いましたが、業務=SDGsだと再認識してから、自分自身も「仕事をもっと頑張ろう」という考えに変化しました。

  • 経営企画室/臨床工学技士 松岡亜希さん
    わたしのSDGsは
    「SDGsを推進する企業を応援する」こと。
    もし実現できるなら地元グルメを病気の方でも食べられるように改良するなど、地方企業と協力して病院の専門性を活かした「made in 済生会」の商品開発を一緒にやってみたいです!

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