本人・家族とともに。「理想の最期」に寄り添う特養の看取り
人生の最期を迎える場所は?
日本では、国民の70%が病院・診療所で亡くなり、自宅は16%、老人ホームが9%と続きます※1。
しかし、「住み慣れた場所で自分らしく人生の最期を迎えたい」と考える人は多く、今後は自宅や施設での看取りを希望する人が増えることが見込まれています※2。
長野県佐久市にある佐久市特別養護老人ホームシルバーランドきしのでは、入居者さんの90%が家族や職員に見守られ、施設で最期を迎えています。 今回は、シルバーランドきしのが取り組む入居者本人とその家族が望む暮らしを支える「特養での看取り」について紹介します。
※1 出典:厚生労働省・人口動態統計:「死亡数・構成割合,死亡場所×年次別」より
※2 出典:厚生労働省:平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書より
その人らしい生活を支える
シルバーランドきしのでは2008年の開所時から施設での看取り活動を地域で推進している医師の仲井淳先生と協力して看取りに取り組んでいます。
仲井先生が考える看取りとは、無理な延命治療などをせず、高齢者が自然に亡くなるまでの過程を見守ること。
看取りの前段階として、特養の“終の棲家”としての役割の説明を入居者本人と家族に行ないます。さらに、入居時には本人の体調が急変した場合に胃ろう造設や心肺蘇生を行なうかなど、もしもの時の医療対応について、生活相談員が家族の思いを詳細に確認。その後、入居時から継続したサポートできるよう、その人がどんな風に生活をしたいか、本人と家族から綿密に聞き取りをします。
「事前に集めた情報から、その方の趣味や馴染みのある品物などを居室に用意します。入居者さんの過ごし方は人によってさまざまで、居室で好きな音楽を流したり、中庭の水やりをしながら花の成長を楽しんだり、毎日晩酌をする人もいます」と管理栄養士主任の山浦裕子さんは話します。
医師と家族で最期の過ごし方を決める面談を実施するのは、入居者さんの食事量が減ったり、反応が鈍くなったりと看取り期が近づいたタイミング。入居者さんの現状と家族の希望をすり合わせながら、どうサポートするかを話し合います。
本格的な看取り期になる前に希望を聞くことで、“家族の本音”を知ることができる、と医師の仲井先生は話します。
「多くのご家族は『治る病気なら治してほしい』と希望されます。私からは『次第に弱って、施設で亡くなるのは決して苦しいことではない』とお伝えしています。『食事量が減るのは体が“終わる準備”をしているから』『無理な治療は本人にとって苦しいかもしれない』などと話していくと、『本人に穏やかな最期を迎えてほしい』という共通の思いにたどり着くのです」(仲井先生)
「医師が看取り期と判断した後も、最期までその人らしく過ごせるように職員一同で支えます。入居者さんのなかには、短時間の帰宅や思い出の場所へドライブに出かける人もいます」(山浦さん)
「ここで最期を迎えられて本当によかった」
看取りを終えた後の家族や職員のフォローも大切です。
入居者さんの死亡退去後には、介護職員、介護支援専門員(ケアマネジャー)、看護師、生活相談員など、多職種で「振り返りカンファレンス」を行ないます。看取りの際に感じたことを共有することで、職員同士で看取りに対する理解と共感を深めています。
もちろん、看取り後も家族とのつながりは途絶えません。
「大切な人を失ったご家族には、施設での入居者さんの暮らしぶりを撮影した写真をアルバムにしてプレゼントしています。アルバムをお渡しすると『こんな笑顔をするんですね。ここで最期を迎えられて本当によかった』とおっしゃっていただくこともあり、よりよいケアを目指す私たちの心の支えにもなっています」と山浦さんは話します。
“自由に会えない”からこそ情報共有を大切に
入居者さんと家族の面会が自由にできたシルバーランドきしのも、コロナの影響により面会の制限を余儀なくされました。
「コロナ禍以前は、ご家族何人でも、いつでも、何時間でも面会が可能でした。施設への宿泊も可能で、本人とご家族が自宅のように過ごすこともできました。しかし、コロナ禍の現在はオンラインでの面会や窓越し面会に切り替えています。入居者さんとご家族が対面ができるのは、看取り同意書を説明する時と看取り時のみ。面会の機会が減り、入居者さんの体調変化がご家族に伝わりにくいのが課題です」(山浦さん)
そういった課題を解決すべく、電話にて家族へ定期連絡を行なう際、入居者さんの日々の様子を伝えることに加え、写真入りメッセージカードや施設内の日常をまとめたおたよりを送ったり、SNSで情報発信したりと、入居者さんの状況や施設内の様子をより密に伝えています。
また、同施設が実践する看取りを地域の人にも知ってもらうための活動にも力を入れています。入居者さんの家族や地域住民に向けて「終活」や「人生会議」などをテーマに、人生の最期の過ごし方を考えるイベントも開催しています。
最後に「これからも『きしので暮らせてよかった』と思ってもらえるように、全職員が入居者さん一人ひとりのその人らしさに寄り添いたいです」と山浦さんは笑顔で話してくれました。
本人・家族・職員が共通の思いにたどり着き、暮らしの延長で穏やかな最期を迎える――本人の望みに寄り添い、支えるシルバーランドきしの取り組みは、誰しもに共通するテーマでもある「どのような人生の終わりを迎えたいか」を考える機会にもつながるのではないでしょうか。