2022.8.15
“誰一人取り残さない”地域社会を目指す、ソーシャルインクルージョンの取り組み。その中でも命に直結するのは、「医療」の現場です。今回のテーマは「救急」。救急車が現場に到着して搬送を行ない、治療を受け、地域に戻っていく過程には、救急隊と病院の垣根を越えたリレーがあります。
出動要請から搬送、病院到着までが「日本で最も早く」、全国でも高い救命率を誇る福岡県。“どんな命も救いたい”という共通の思いを持ち、救急を受け入れる仕組みをどのように実現しているのでしょうか。
県内随一の繁華街・天神に位置し、地域の三次救急の役割を担う福岡総合病院「救命救急センター」の救急医・則尾弘文センター長に、その裏側を聞きました。

119番の向こう側にいる救急隊と病院、それぞれの役割とは?

119番に通報があると、どのようなことが起こるのですか。
則尾先生

則尾先生

まず、福岡市消防局の「災害救急指令センター」に電話が入ります。出動が必要だと判断すると、消防局に所属する救急隊が救急車や消防ヘリで現場に向かい、初期処置を行ないながら搬送先の病院を探します。
119番の電話一本で、指令センターから救急隊、病院にバトンをつないでいくわけですね。福岡市で、年間救急車出動件数はどれくらいあるのでしょうか。
則尾先生

則尾先生

2021年の救急出動件数は7万8424件。10年前に比べて約1万4000件増加しています
福岡市には32の救急隊があり、救急隊員は274名います。そのうち救急救命士の資格を持っている人は146名います。(2022年4月1日時点)
2021年中の救急出動件数は78,424件 10年前と比較して約14,000件増加
7万件……! それを、32隊で!!
則尾先生

則尾先生

はい。福岡の取り組みでちょっとめずらしいのが、2022年4月に発足した消防本部直轄の「機動救急隊」。救急搬送が多い時間帯や地域をデータから弾き出し、その付近で通報に備えて待機するなど、他の救急隊が動けない場合にいち早く現場に向かうことができます。まさに「救急のリベロ」といったようなイメージです。
福岡市の救急のしくみについて話を伺った福岡総合病院救命救急センター長・集中治療部主任部長の則尾弘文先生 福岡市の救急のしくみについて話を伺った
福岡総合病院救命救急センター長・集中治療部主任部長の則尾弘文先生
「救急のリベロ」、かっこいいです。 救急隊が早く到着してくれるだけで通報者は安心できますね。
則尾先生

則尾先生

救急車の到着時間だけでなく、2021年度のデータでは、119番通報から病院到着までの時間が全国平均40分36秒(2020年度)に対して33分14秒と全国トップクラスなんです。
7分以上も差がありますね!
則尾先生

則尾先生

表向きはあまりわからないかもしれませんが、地域にある病院は一次救急・二次救急・三次救急という三段階に区分されています。より重篤な患者さんを受け入れるのが当院のような三次救急。救急隊は患者さんの症状と病院の機能などを考慮して搬入依頼を行ないます。福岡地域で救急現場の滞在時間を、心肺停止や多臓器不全などの内因性疾患は10分、外傷などの外因性疾患は8分以内にするという共通認識があり、搬送先をできるだけスピーディーに決めることを重要視しています。
要請が来ても受け入れられないこともあるのでしょうか。
則尾先生

則尾先生

それは残念ながらあります。だからこそ救急隊含め、救命救急にかかわるすべての機関が認識をすり合わせていくために「顔の見える」関係性を築くことが大切です。「日本一救急車の病院到着時間が早い」、福岡市の“救急医療のひみつ”を話していきますね。
福岡市の救急車が現場に到着する時間約8.2分。通報から病院到着までの時間約33分。心肺停止した患者の救命率80%。 救急隊から通報者への口頭指導=プレアライバルコール 救急隊と医師の密な連携で確実な応急処置!=救急隊ワークステーション 救急隊員と医師で救急搬送事例を共有し、救急活動に活かす=事後検証委員会 処置後のスムーズな入退院=院内多職種の連携
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全国トップクラスの速さ・救命率の秘密は
救急にかかわるすべての機関が一致団結する連携にアリ!

則尾先生

則尾先生

先ほど福岡市における救急車の病院到着時間が全国トップクラスという話はしましたね。その鍵となっているのは、救急隊、地域の医療機関の「連携のしくみ」です。その大前提として、まずは119番を受ける消防局の「災害救急指令センター」が、とてもうまく機能しているといえます。小規模な行政だと電話を受けるスタッフが専属ではないこともあるのですが、福岡市は救急救命士が配置されていて、電話口でも適切な指示ができます。それもあり、心肺停止した患者さんの救命率は22%と、全国平均を約10%も上回っています。そして、救急隊が実施している
「プレアライバルコール」
の効果も関係していると思います。
プレアライバルコール?
則尾先生

則尾先生

救急隊から通報者への「電話連絡」のことです。現場に向かいながら傷病者情報の聴取をし、いち早く状況を把握します。電話ではその場でできる処置方法やAEDの使用方法を伝えたり、電話の段階で傷病者本人や家族などとコミュニケーションが取れるケースもあり、安心感が与えられることも大きなメリットです。また、前もって現場情報を仕入れておくことで、滞在時間を最小限にできるので、病院へのスムーズな搬送、適切な治療にもつながります。
救急隊と救命救急センターは、行政と医療機関という違う組織ですがどのように連携しているのですか?
則尾先生

則尾先生

特記すべきは、福岡地域MC協議会の
「事後検証委員会」
の活動です。毎月1回、医師と消防本部の担当者が100名ほど集まって、救急事例について会議をしています。2003年から始まり、これまでで225回開催しています。この行政・医療機関が一致団結するしくみは「福岡方式」と名付けられています。

また、当院も含む市内39の救急告示病院(救急隊が搬送する患者さんを受け入れる病院のこと)が加盟する「福岡市救急病院協会」の存在も大きいといえます。この39の病院で救急搬送の約88%を受け入れています。
事後検証委員会は19年目。事例における長年の蓄積が救命に活かされる
19年続く事後検証委員会。
事例における長年の蓄積が救命に活かされる
プレアライバルコールで現場到着時の遅延苦情が少なくなり、滞在時間の短縮にもつながった
プレアライバルコールで現場到着時の遅延苦情が少なくなり、滞在時間の短縮にもつながった
255回! 会議ではどのような話を?
則尾先生

則尾先生

とても細かなことまで議題に上がります。例えば、救急隊からは「あの搬送事例はこの処置でよかったのか」などの医療的なことに対する質問や「搬送の受け入れが困難だった原因は何だったのか」と、病院側の受け入れ体制について質問が上がることもあります。そうした長年の会議を通して、組織の垣根を越えた関係性が出来上がっているんです。その成果もあって、2021年は救急搬送事例の約98%が受け入れ照会3回以内で決定しているというデータも出ています。さらに「3回断られた際には、三次救急に再度電話してどうにかする」という取り決めなどもしています。
そのようなルールづくりは要請を行なう救急隊にとっても安心ですね。
則尾先生

則尾先生

はい。救急隊とのコミュニケーションは非常に大事です。以前には搬送時の課題や救急隊が疑問に思うことについて直接やりとりできる「交換ノート」のようなものをやりとりしていた時期もありました。
「交換ノート」ですか!
則尾先生

則尾先生

顔や人となりを知っているだけで、円滑な受け入れにもつながります。救急隊との密な関わりで言えば、救命救急士の病院研修として、朝から夕方まで救命救急センターにいてもらい、重症事案があれば、私たち医師が救急車に同乗して出動する
「ワークステーション」という派遣型の訓練
も行なっています。ほかにも、病院内の見学や循環器内科などの専門医師が処置等の講義をすることもあります。
ワークステーションの一例。院内の心臓カテーテル室の見学と循環器内科医師からの講義の様子
ワークステーションの一例。院内の心臓カテーテル室の見学と循環器内科医師からの講義の様子
救急隊の訓練の様子。医師によるフィードバックを念入りに行なう
救急隊の訓練の様子。
隊員間および医師によるフィードバックを念入りに行なう
お互いの現場のことをよく知っていると連携が取りやすくなりそうですね。では、福岡総合病院の「救命救急センター」の中は、どのような体制なのですか?
則尾先生

則尾先生

当センターの休日夜間の勤務医師は8名です。救急専門医、脳外科医、循環器科医がそれぞれ1名、研修医が4名、それから、科の持ち回りの医師が1名加わります。交代勤務制で、24時間365日、救急搬送を受け入れる体制をつくっています
科の持ち回りですか。病院全体の協力は必要不可欠ですね。
則尾先生

則尾先生

外科は緊急の手術が入ることもあるので、病院の機能がストップしないように調整をしていますが、基本的に全科が関わります。救急処置で発生する縫合などは私たちがいる救命救急センターで行ない、手術が必要となればオンコール医(勤務時間以外にも緊急時には対応できるよう待機している医師)に相談します。“急な受け入れ”はどうしても各科への負担が出てしまいますが、当院は院長主導で、病院全体として「救急医療の充実」を掲げているので、ある程度の処置を終えて病棟に移る際も、どの科でも受け入れを前提にすぐ対応してくれます
もう一つ、患者さんが病棟に移る際に大切な役割を果たすところがあるんです。
どこですか?
則尾先生

則尾先生

当院の病床を一括で管理している
「ベッドコントロールセンター」
です。

スムーズな
救急受け入れに
不可欠な存在

姫野さん/池田さん 姫野さん/池田さん
「ベッドコントロールセンター」の仕事

 搬送されてくる患者さんをいつでも、誰でも受け入れられる状況をつくるために重要なのが、入院のためのベッド数をコントロールする「病床管理」。福岡総合病院では、もともと看護部で行なっていた役割を引き継き、2016年にセンターが立ち上がりました。
 1日は、午前中の病棟回りからはじまります。各科の病床状況を確認し、電話で病院内外からの問い合わせに応じます。ほかの病院から入院相談があった場合は、MSW(医療ソーシャルワーカー)などが在籍する「地域医療連携室」とともに調整を行なっています。
 目指すのは、「入院期間をできるだけ短くコントロールすること」。シビアにも聞こえますが、適切な転院・退院によって空床数を管理することは、救急患者さんを常時受け入れられる体制づくりに直結します。
「病床の数や状況はPCで一括管理していますが、一秒単位で変わります。患者さんの情報は医師やMSWなどが参加する『病床委員会』で共有。毎朝、救命救急センターへ『今日は◯床確保してあります』とお伝えするのが日課です」(池田さん)
 重要なのは、やはり病院内での連携。各病棟で病床管理を行なう病院が多いなか、福岡総合病院は完全に独立した部署として一括して病院全体の管理を行ないます。
「実際に病棟や患者さんの状況を把握している看護部との協力、相談が絶対です。病院職員全員の救急患者さんを積極的に受け入れていく気持ちと、日頃からの丁寧なコミュニケーションがあってこそ、円滑な病床管理が可能になります」(姫野さん)

命を救ったその後。患者さんが地域で安心して暮らすためには

救急で運ばれてきた患者さんの転院や退院に向けてどのようなサポートがありますか?
則尾先生

則尾先生

社会福祉士や精神保健福祉士といった資格を持つMSW(医療ソーシャルワーカー)たちが、入院から退院まで一貫して支援しています。
受け入れの際は、どのような症状でも、さまざまな社会背景のある患者さんでも、救命が最優先です。しかし、スムーズな転院や入退院のために、身元がわからなかったりする患者さんの場合は、すぐにMSWに情報を共有し、運ばれてきた段階から介入します。
毎週水曜日には救急患者の症例カンファレンスを行ない、医師、看護師、理学療法士、薬剤師とで患者さんの治療、転院や退院に向けた計画についても話し合います。

初療から救急患者さんの「退院後に寄り添う」

MSW楠田梨奈さん MSW楠田梨奈さん
MSW(医療ソーシャルワーカー)の役割

 救急救命ならではの大変さを教えてくれたのは、救命救急センターを担当するMSW(医療ソーシャルワーカー)の楠田梨奈さん。「急なことだとご本人もご家族も気が動転されています。私たちMSWは、ひとりで悩まないように不安に寄り添いながら、患者さんが家や地域に戻るまでサポートします」。
 患者さんが不安を感じるのは、無事に治って退院できるのか、医療費のこと、仕事や元の生活に戻れるのかといった悩み。身元がわからない人やホームレスの人も関係なく、救命第一で受け入れるからこそ、入院した後にはさまざまな課題が出てきます。
 「外来には常にMSWが1名常駐しています。身元不明だけでなく、自殺未遂、精神疾患など、早期の介入が必要な患者さんは、救急で運ばれてきた時にセンターから情報が共有され、すぐに介入が始まります。MSWの仕事は『この人は◯◯さんでどこでどのような生活をしていたか』を調べることからスタートします。具体的なサポートとしては、無料低額診療事業や済生会独自の生活困窮者支援事業なでしこプランの検討も含め、行政やかかりつけの病院と連携して、介護保険や生活保護などの手続きを進めます」。
 この20年ほどの間に病院内のMSWの人数は増え、退院支援もより手厚く改革してきたそう。「患者さんは医療以外にも複合的な問題を抱えていることも多く、そこをクリアしないと転院や退院に進めません。社会福祉の専門職が関わる意義は、医療面はもちろん、心理、社会などさまざまな面から患者さんの立場に寄り添ったサポートができるところにあると思います」。

則尾先生

則尾先生

また、地域住民の皆さんに救急への理解を深めてもらうこともとても大切なことです。当院では毎年5月と9月に「救命救急プロジェクト」と題して、地域住民の皆さんに心臓マッサージやAEDの使い方のレクチャー、医師による講義を行なっています
※「救命救急プロジェクト」は2020年以降、新型コロナウイルス感染拡大の影響により休止。オンラインで動画セミナーを開催
地域住民の皆さんに正しい救命の知識を身につけてもらうことも救命率の高さにつながっているのですね!
最後に、則尾先生の救急医療への考えをお聞かせください。
則尾先生

則尾先生

救急救命は、医療従事者の誰かが1人だけで頑張ろうとしたら潰れてしまいます。命に関わることだからこそ1人で頑張るのではなく、みんなで取り組むことが大前提。地域住民、行政、医療機関が一体となって協力することが、誰一人取り残さず、いち早く救命することにつながると思っています
福岡総合病院救命救急センターのチームの皆さん。病院屋上のヘリポートにて撮影
福岡総合病院救命救急センターのチームの皆さん。病院屋上のヘリポートにて撮影

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