多職種の知識を活かして、ひとり親家庭を支援したい
2022.06.30

ひとり親家庭の食卓を支え、親と子の絆を結ぶレシピブック

東京 済生会向島病院
Let’s SINC
管理栄養士が編集した食育や家事の負担軽減につながるレシピブックを配布し、ひとり親家庭の暮らしと健康を支える

日本で増え続ける「子どもの貧困」

子どもたちが経済的な困窮等によって孤立し、教育格差や心身への健康などに影響を与える「子どもの貧困」が社会問題となっています。経済的な問題を抱える家庭で多く見られ、日本では子どもの約7人に1人が相対的貧困※1状態にあるというデータも出ています※2

ひとり親家庭を対象とする児童扶養手当受給者は、東京都23区では足立区が最も多く、7000人以上が受給しています※3
そんな現状を受けて東京都済生会向島病院では、足立区の教会で子ども食堂を運営する「あだちキッズカフェ」、困窮世帯に食品を配布する「一般社団法人チョイふる」と協働し、食を通じてひとり親家庭を支援しています。

※1 相対的貧困…その国の一世帯の手取り収入において所得が中央値の半分以下の状態
※2 出典:厚生労働省:2019年 国民生活基礎調査の概況「II 各種世帯の所得等の状況」より
※3 出典:厚生労働省:足立区より

子ども食堂からフードデリバリーへ

向島病院は、2019年4月からあだちキッズカフェとタッグを組み、月に2回温かい手作りの夕食を提供する子ども食堂を開始しました。

しかし、新型コロナウイルス感染症の影響から開催は休止。人が集まれない中でも子どもたちのために何かできないかと考えていた矢先、フードデリバリーサービスを通して、子どもの見守り活動を行なっていた一般社団法人チョイふるが参画。ひとり親家庭に無料の食品を月に2回配達する「あだち・わくわく便」がスタートしました。

「2021年度は1,262世帯のひとり親家庭に食品を配達しました。前年度の配達世帯数は月30~40件でしたが、2021年度は月100件以上。支援を必要としている人が3倍ほどに増えているのが現状です」と支援活動に参加する向島病院・事務部長の笠松英朗さんは話します。

「配達希望のあったひとり親世帯にチョイふるが聞き取りを行ない、その家庭にどのような支援が必要か検討しています」
と事務部長の笠松英朗さん
協力企業や生産者から寄付された野菜や果物、パン、お菓子などを配達する「あだち・わくわく便」。
笠松さんも箱詰め作業に参加

「子どもがいるから分かる」共感をヒントに

仕事と家事、育児まで、なんでも一人でこなさなければならないひとり親家庭。「仕事や家事に追われ、子どもとの時間を取ることが難しい」と悩みを抱える親も少なくありません。
笠松さんはわくわく便に参加する中で、ひとり親家庭が抱える問題に、「地域にある病院」として何かサポートできることはないだろうかと考えました。

「同院ではこれまでも無料の健康講座で、看護師や理学療法士などが健康維持や病気の予防につながる情報を発信し、地域住民の健康を支えてきました」と笠松さんは話します。

「病院で取り組んできた地域活動を振り返り、わくわく便でも、医療の専門職による“情報提供”が役立つのではと思いました。栄養面はもちろん、簡単に作れて家事の負担軽減にもなり、さらには食育にも使えるレシピブックを作るのはどうか、と提案しました」

さっそく笠松さんは栄養管理科に出向き、レシピブックの作成を依頼。それぞれ小さな子どもがいる管理栄養士の五十嵐加奈子さんと岡野知美さんが編集を担当することになりました。

「初めは、どのようなレシピを紹介するのがいいか悩みました」と話す岡野さん。

「家庭の環境を変えることは難しいので、このレシピブックを見ることで、料理を一緒に作る親子の時間ができたり、献立の栄養価を考える手間を省けたりと家事が楽になるようにさまざまな工夫を散りばめました」

「編集や印刷会社とのやり取りなど初めてのことが多く形になるのか不安でした」と話す管理栄養士の岡野知美さん

レシピの選定にあたり、まずはカテゴリーを決めることに。配布されている食品の傾向や配達世帯の家庭環境を知るため、五十嵐さんと岡野さんもあだち・わくわく便に参加し、配達を担当するボランティアメンバーに聞き取り調査をしました。

「当初はわくわく便にて配布される食品が活用できるレシピブックを考えていましたが、食品は毎回バラバラ。なので、卵や缶詰など安価で手に入りやすい材料を活用したレシピにしました。仕事で忙しくても『これなら簡単だし作ろうかな』と思ってもらえる内容を目指しました」(岡野さん)

レシピで家族の時間を増やす

聞き取り調査の結果、レシピのカテゴリーは、家庭での食育を目的にした「食育ページ」、忙しい朝でも作れる「簡単朝食レシピ」、缶詰や冷凍食品を使用する「冷凍食品・調理済み食品活用レシピ」、親子で調理できる「こどもと一緒に作れるレシピ」、子どもが苦手な野菜を使用する「苦手野菜克服レシピ」、ストックできる「作り置きレシピ」の6項目に決定。今後も新しいレシピを追加できるように、表紙付きのバインダーを採用しました。

「栄養管理科のみんなにも協力してもらい、1人あたり3~4個アイデアを出してもらいました。また、院内の事務職員や看護師、笠松さんなどいろいろな方からも『定番の調味料を使うものがいい!』『おやつはどう?』などの意見をもらいました」(岡野さん)

レシピにはカロリー・タンパク質量・脂質量などの栄養情報に加え、アレンジ方法や調理時のアドバイスといったポイントを合わせて紹介。「子どもと一緒に作れるレシピ」には、子どもにお願いできる工程を載せることで、親子で楽しめる一工夫も。

「子どもにお願いできる工程を記載することで、一緒に料理を楽しむ親子の時間が増えればいいなと。実際に2歳の子どもに手伝ってもらい、どの工程ならお願いできるか考えました」(岡野さん)

一品料理やメイン料理、副菜や汁物、デザートなど、カテゴリーごとに6つのレシピを掲載

多職種のアイデアでさらなる支援を!

向島病院の栄養管理科を中心に、多くの職員の意見が盛り込まれたレシピブックは4月のあだち・わくわく便で食品と一緒に配布。「忙しくて料理を考えるだけでも大変なので、レシピはとても助かる」「子どもが好きなカレーやハンバーグなど、定番メニューのレシピもお願いしたい」といったうれしい声が寄せられました。

「特別な日に食べるような、手の込んだレシピもいいよね!」と話す笠松さんと岡野さん

「バインダー仕様にしたので、厚みのあるレシピブックになるよう今後も食に関する情報を追加していきたいです。病院としてひとり親家庭を支援できることはまだまだあると思うので、まずはこの取り組みに関心を持つ職員を増やして、多職種のさまざまな視点のアイデアを出していきたいですね」と笠松さんは語ります。

さまざまな困りごとを抱える人に向け、病院だからこそできる支援とは何か――そんな問いから生まれた、管理栄養士の知識やアイデアがたくさん詰まったレシピブック。
食品を届けるという「直接的」な支援と、医療の専門性を存分に活かした、その人自身の力を引き出す「間接的」な支援を組み合わせることで、必要な人に着実に届いていくのではないでしょうか。

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