現在、行政・企業・大学など、さまざまな地域団体と手を結びスタートしているのが、港区の養蜂事業「しばみつ®」を活用した「みんなとプロジェクト」。プロジェクトから見えてきたこれからの“病院の可能性”を、立ち上げを担った中央病院の岡尾さん、佐藤さん、精神科医で健康デザインセンター長の白波瀬さんに聞いてきました。
済生会中央病院附属乳児院院長
岡尾 良一さん
元済生会中央病院経理課長、企画課長、事務次長を経て現済生会中央病院附属乳児院院長。港区の養蜂事業しばみつ®に注目し、「みんなとプロジェクト」をスタートさせた発起人。
済生会中央病院広報室長
佐藤 弘恵さん
済生会中央病院広報室長であり、「みんなとプロジェクト」実行委員会会長。協力団体とのやりとりからPR活動まで、プロジェクトの中枢を担う。
精神科医/健康デザインセンター長
白波瀬 丈一郎さん
精神科医/健康デザインセンター長。すべての人の健康に寄与する「新しい病院」を形づくることをミッションに病院内外に向けた取り組みを提案・実践している。
新しい病院のカタチってなんだろう?
――改めて「健康デザインセンター」って何をするところなんでしょうか。
――病院をデザインする。なんだか気になる言葉です。
センターの立ち上げは、当院の海老原院長の「新しい病院のカタチをつくりたい」という言葉が始まりでした。当初は、企業など外部の団体と積極的に関係を作り、病院と外をつなぐことを考えていましたが、私が赴任した2年前はコロナ禍が始まったところでした。
――特に病院はさまざまな対応で混乱していた時期ですよね。
はい。印象的だったのは、中央病院附属の乳児院で起こったクラスターです。職員の皆さんも初めての対応で、施設にはピリピリとしたムードが漂っていました。
本当にあの時は大変でしたね……。
乳児院は子どもたちの家でもあります。そんなムードの中でも皆さんは子どもたちが安心して過ごせるように知恵を出し合い、走り回っていました。私がこの病院にいて常々思っていることですが、こんな未知の感染症と逃げずに闘っていること自体がすごいことなんです。しかし、中にいる人はなかなかその事実に気づかない。
確かに渦中にいると見えないこともあります。
スタート地点が大変な時期だったからこそ、はじめのミッションとして病院の中で、もっと人と人がつながっていかなければいけないと強く感じました。
そのためにまずは、「今やっているコロナの対応は誇れることなんだ」ということを職員の皆さんに一生懸命伝えて、「意味付け」していく作業を随分したように思います。
――「意味付け」ですか。
はい。「病院の新しいカタチ」と聞くと、みんな何か新しいことをはじめないといけないと思いがちです。でも、私の考える「新しいカタチ」は少し違います。新しいものを持ち込むのではなく、“新しい意味を与える”ことなんです。
外から見るとすごいことなのに、病院の中のみんなはそうと気づかず、当たり前のように行っている実践がたくさんあります。それを見つけ出して、「これってちょっとすごいよね」と新しい意味付けをするのです。これが「デザイン」に込めた気持ちです。
――もともとあったものに新たな意味を与える、目からウロコです。デザインについてもう少し教えてください。
デザインと聞くと、見栄えがよいとかオシャレといった言葉を連想されるのではないでしょうか。でも、この言葉にはそれ以外にも、十分表現されていない意味を見えるようにするとか、まだ可能性に留まる価値を形にするという意味もあると思うのです。
あと「見えるように」というつながりでいうと、もう一つ、私が取り組みたいのが「部屋の中の象」を見えるようにすることなんです。
――「部屋の中の象」とは?
病院でも会社でも、組織・集団には必ずいろいろな問題があります。大きな影響を及ぼしているけれど、すぐには解決できない問題の場合、みんな見て見ぬ振りをするようになります。そんな状態を部屋の中に象がいると表現します。
――組織の中にいると課題の解決が難しい場合もありますよね。
ここでは私は新参者です(笑)。だからこそ見えることがある。それを活かして、「部屋の中の象」を組織のメンバーに見えるようにして、さらに問題を解決できるように支援する。その取り組みが、職員の心と体の健康につながり、ひいては地域や社会に開いた病院を作ることにもつながると考えています。
異なる組織が「集まる」ことで見えてくるもの
――「みんなとプロジェクト」とは何ですか?
港区内の自然や人、社会を“まちの恵み”と考え、それらをつなぎ、循環させるプロジェクトです。具体的には、港区の養蜂事業「芝BeeBee’sプロジェクト」で採れた「しばみつ®」を活用して、行政や企業、大学など、地域の団体が一緒になって、まちを盛り上げていく取り組みです。
この「みんなとプロジェクト」はもともとソーシャルインクルージョンの活動として始まったものではなかったんです。プロジェクトを通してさまざまな地域の団体とつながり、その中で当院ができることを実践していった結果、そのような取り組みになってきたという印象です。
――プロジェクトを始めるきっかけは何だったのでしょうか。
港区や地元の企業と連携して何かできないかと考えていた時、たまたま港区のホームページで芝BeeBee’sプロジェクトを知りました。港区の自然を活用して、地域の人たちで楽しみながら養蜂活動をするという取り組みでした。
このあたりは芝公園もありますし、緑がとても豊かなんですよ。ホームページには法人で活動を宣伝すれば、作っている「しばみつ®」(蜂蜜)が無償で提供してもらえると書いてあって。
――無償ですか。面白い企画ですね。
そこで、当時企画していた済生会フェアで宣伝しようと。もともとこのプロジェクトに参加していた地元の戸坂女子短期大学と一緒に、「しばみつ®」を使ったお菓子を作って、フェアで販売できないかとアイデアを出したのが始まりなんです。
※済生会フェア
健康相談会や病院のお仕事体験など、さまざまなイベントを通じて病院機能を地域に発信する催し。
――「地域の団体と協力して何かやりたい」という思いがあったんですね。
そうです。残念ながらきっかけとなったこの年の済生会フェアはコロナで開催できませんでしたが、「地域のみんなで何かつくりたい」と発信したことで「芝BeeBee’sプロジェクト」で養蜂指導をしている「オルト都市環境研究所」の岡田信行さんをはじめ、地域のAMラジオ放送局「文化放送」さん、港区の環境学習施設「エコプラザ」さん……ここに上げた方々も一部ですが、地域の企業や大学、団体さんとつながりができました。
――プロジェクトの「第一段階」としてできあがったのがこの「しばみつマドレーヌ」なんですね。マドレーヌをつくるアイデアはどこから?
プロジェクトでお菓子の製造と販売をご担当いただいている、港区の就労継続支援B型事業所「みなとワークアクティ」さんと一緒に出したアイデアです。
――「みなとワークアクティ」さんとはどのようなつながりが?
プロジェクトの開始当初は、「しばみつ®」を使ったお菓子を作ろうという話だけで、具体的には何をつくるかは決まっていませんでした。しかし、当院としては企画時点から福祉作業所の方々にプロジェクトに参画してもらえないかと考えていたんです。みなとワークアクティさんは「しばみつ®」の瓶詰めを請け負っていた事業所で、つながりも、お菓子の製造、販売実績もある。一緒に何ができるかを相談していくうちに、事業所で製造していて、ノウハウもある「マドレーヌ」にしよう!と。
――しばみつの縁が、障害をもった人たちの就労支援に! みんなでやっていくプロジェクトだからこそ、「この人たちにこんなことをお願いすれば、何か新しい展開が生まれるかも」という発想力が大切ですね。
プロジェクトにかかわる団体がそれぞれの得意を活かしています。プロジェクト全体の企画立案は当院が、芝BeeBee’sプロジェクトとの調整はオルト都市環境研究所さんが、番組やイベントを通じた広報活動は文化放送さんが……と、役割を分担して取り組んでいます。
連携しているうちに文化放送さんは「浜松町Innovation Culture Cafe」というインクルージョンをテーマにしたラジオ番組を作られていて、これまで知らなかった共通項が見つかったりもしましたね。
われわれは「しばみつ®」というプロダクトをきっかけに、できるだけ広く、いろんな人たちとつながりたいんです。
――目的は、地域資源を活用して何かをつくることではなく、もっと大きなところにあるということでしょうか。
このプロジェクトは、異なる組織が「集まって」やることに大きな意味があると私は考えています。新しいことを一から始めなくても、地域でさまざまな役割をもつ組織が「しばみつ®」を通してそれぞれできることをやり、それらを“つなげる”だけで新しい発見が生まれます。
プロジェクトで知り合った人たちに「病院はこんなこともできるんだ」と知ってもらったり、あるいは「病院でこういう役目を請け負ってもらえるとすごくありがたい」といったようなアイデアをもらえたりすることも重要だと考えています。
――アイデアを出し合える関係性が大事だと。
誰かが「実は今、うちでこんなことを企画してます」っていうと「あ、いいね! うちでもやってみよう」が言い合える関係になることも大切です。そういう「アイデアの交流」が面白いんです。
テーマは“地域でたのしむ”こと!
――「しばみつマドレーヌ」、今後の展開はどのように考えていますか。
今後力を入れていきたいのは、しばみつマドレーヌの認知度を高め、さらにさまざまな団体とつながりをつくっていくことです。
――それは楽しみです。たとえばどんな場所での販売を考えていますか?
現在、区の施設の札の辻スクエアの中にある「みなと茶寮」さん(就労継続支援B型事業所が運営)でマドレーヌを販売してもらえないか交渉を進めています。もう一つは、浜松町にある「ポンテせとうみ」さんという愛媛県のアンテナショップ。会長さんと文化放送さんがお仕事を通じてつながっていて、地域貢献に積極的に関わりたいというお考えをお持ちだと伺いました。
――そんなところにもつながりが!
そうなんです。私はマドレーヌを扱ってもらう施設やお店の方にも、「この活動に協賛してもらえる」ことが大切だと考えています。商品の裏側にあるストーリーを知って楽しんで食べてもらいたいし、“地域で楽しむ”っていうところがプロジェクトのキーワードでもあるので。
そうすることで同じ方向を向く人たちとさらに新しい縁が広がります。
――ここでもよい「巡り」が生まれますよね。
新商品開発も今後やっていきたいところです。また令和2年度、東京都にソーシャルファームを立ち上げる事業所に対しての補助金制度ができたこともあり、この事業もゆくゆくはそうできたらいいと考えてます。
本当にそうですね。就労支援事業所で働いている方に還元していくためにもこの活動をもっと多くの人に知ってもらうことも重要です。
区民の多くの方にプロジェクトを広める場をたくさん設けたいですね。たとえばそういった会場で高校生にAEDの使い方を教えるなど、「病院でできること」を地域の皆さんに知ってもらう機会にもできるといいと思います。
そうですね。そのうえで「あの病院にいけばいつも何か面白いことをやっている」というイメージが地域の皆さんの間に定着するとさらにいいですね。健康デザインセンターが考える病院のターゲットは「病気の人」だけではありません。健康な人も病院に来てもらえるきっかけづくりができれば病院がもっと身近になるのではと考えています。
健康デザインセンターの「現在地点」
――2021年の3月、中央病院では病院内に初めてユニクロがオープンしたことで話題になりましたね。
もともとは、毎日入院患者さんの様子を見ている職員からの「たとえば緊急入院された患者さんが下着や着替えがすぐに購入できるようになればいい」「職員も忙しい合間に買い物ができるとうれしい」という現場の声から生まれたものなんです。
商品も、簡単に脱ぎ着ができる「前あきインナー」や「エアリズム」など、患者さんや医療従事者に特化した商品も揃えています。
――職員さんの声から病院がどんどん新しいカタチに進化していく。わくわくしますね。
ユニクロさんとの新しい取り組みも広がっています。たとえば、購入された商品を病室までお届けしたり、当院で出産した方にユニクロ商品をプレゼントしたり。当院にはホームレスの方が入院する病棟があり、着替えをもたずに入院する方が多いので、ユニクロ職員さんからリユース衣類を提供していただいたりもしています。
関係を深めていく中で、お互いにいろんな提案ができるようになっていったんですね。そのうえで「新しいものを一緒につくっていきませんか?」という対話が生まれていることが素晴らしい!
――最後にプロジェクトを動かす際に心がけていることはありますか?
ずばり、「成功を目指さない」ことです。
――やっぱり始めたからには成功させたいという気持ちになります……。
何かおもしろい話が出てきたらまず「始めてみる」こと。数を打たなきゃ成功しないから。
――フットワークは軽く。何かよい効果はありましたか。
病院の中で生まれたちょっとしたアイデアが、あまり時間かけずに実践につながる、そんな流れができつつあります。これまでは、「これは本当にうまくいくのか」「成功するのか」を気にして延々議論していました。でも、今は「とにかくやってみなければ始まらない」というスタンスです。もちろん、うまくいかなかったプロジェクトもあります(笑)
――たとえば、どんな?
明治神宮にある「
私はその言葉にコロナとの共通点を感じました。病院でもコロナを持ち込まない持ち出さないってすごく大切なことですよね。そこで、佐藤さんに頼んで明治神宮の宮司さんに「一木一草」って揮毫をお願いして。うちの院長も字が上手なので、院長にも書いてもらって。これを院内に掲示して当院のコロナ対策の合言葉にするぞと思ったんですが、いつの間にか片付けられましたね……。
そうでしたね(笑)
――一見、病院の本業と関係ないようなアイデアを組織の中で出すのは、少し勇気がいるように思います。そのようなアイデアをすくいあげるために、職員の皆さんと普段からどのような関係性を築いていますか。
誰かが何かを喋ったらすかさず「それ面白い!」と拾うこと。変な意見とか的外れとか、ネガティブとか、そういう意見こそ見逃さないことじゃないですかね。
外の団体の皆さんと活動をしていると、“医療や福祉の分野で地域に住んでいる人たちの命をどう守っていくか”という済生会の理念と役割が根底にあって、さまざまな人とつながれていると感じています。日々の業務でその役割をしっかり果たしているからこそ医療と福祉の範疇にとどまらない活動が生まれていると。
本業の医療がしっかりしているから、地域の人たちに信頼していただいているということももちろんあると思います。しかし、病院内からの目線でいうとこんな風にも考えられます。
――何でしょうか。
病院で働くみんなで色んな楽しいことを作り上げる、そして作り出す過程を楽しむ中で「良い医療」が生まれていくのではないかと。それがさらに仕事へのモチベーションにもなる。先ほど、“成功を目指さない”という話をしましたが、過程にどう創造性を入れて楽しむかが大切です。
組織ってどうしても声が一つになりやすい。けれどさまざまな人の声があっていい。どんな人も声を発し続けられるようにすることが、今、デザインセンターの目指していることの一つのような気がします。
この記事のキーワード
簡単にいうと、集団、組織、社会を健康にすること。具体的には「病院で働く人」「病気や障害をもつ人」「健康な人」、そして「地域社会」の四者を健康にする、“新しい病院のカタチ”をデザインすることです。