経験が支えになる。
精神疾患を持つ人と共に歩むピアスタッフとは?
精神保健福祉分野で活躍する「ピアスタッフ」とは?
生活支援センター夢の実は、済生会唯一の精神科単科病院である埼玉県・鴻巣病院が運営する施設です。
こちらで実施しているのは、精神障害のある人と、その家族・関係者への相談支援事業。精神障害のある人が地域で安心して暮らし続けられるよう、生活のなかで起こる不安や経済的な問題、就労に関する悩みなど、さまざまな困りごとに対応しています。また、そのような悩みを持つ人たちの交流の場として、料理や手芸サークルといった日中活動を行なう地域活動支援センターも運営しています。
生活支援センター夢の実には、専門職スタッフと一緒に利用者さんをサポートしている「ピアスタッフ」と呼ばれる人たちがいます。ピアスタッフとは、利用者と同じく精神疾患や障害を抱える、または同じ経験を持つ人たち。利用者と自身の体験や情報を共有し合うことで、専門家からの支援では届かない部分を補い、利用者が生き生きと生活していく力となっています。
支援ではなく「支え合い」
ピアスタッフの「ピア」とは、英語で「仲間(peer)」。「ピアサポート」と呼ばれるこの取り組みは、主に精神保健福祉の分野で活用されてきましたが、現在ではがんや難病、産前産後、依存症など、幅広い分野で取り入れられています。
ケアや治療を行なう専門家と利用者の関係ではなく、ピアスタッフと利用者は、「互いに支援し、支え合う」関係。“同じ悩みを抱える仲間がいる”という安心感だけでなく、利用者はピアスタッフから、実体験にもとづく有益な情報を得ることができ、リカバリーを歩むことができます。また、自らの経験が誰かのために役立つという実感が、ピアスタッフ自身のリカバリーにもなります。
精神分野のピアサポートにおいての「リカバリー」とは、病状の改善を指す言葉ではなく病気や障害にとらわれず夢や希望を持ち、自分のできる事に着目して自分らしく生きていく過程のことを指します。その過程において、仲間同士の支え合いであるピアサポートがとても大きな役割を果たしています。
ピアスタッフの採用で現場はどう変わる?
精神の病気や障害から回復してきた2名のピアスタッフが初めて夢の実で採用されたのは2017年。当初は、職員たちにも「ピアスタッフと一緒に働くってどういうことだろう」という不安があったそうですが、2人が現場に入り、職員とピアスタッフがお互いに試行錯誤しながら信頼関係を築くことで徐々に払拭されたといいます。
「ピアスタッフのみなさんは、自身の経験をふまえたアドバイスや共感ができるので、利用者さんにとって相談しやすく、回復後のロールモデルにもなります。また、経験者の視点から利用者さんの回復の糸口となる“長所”や“強み(ストレングス)”を自然な流れで引き出すことも得意です」と語るのは、同センターで主任を務める藤下智子さん。
「ピアスタッフが来てから、当センターは大きく変わりました。利用者さんがピアスタッフに気軽に話しかけたり、生活していくうえでの素朴な疑問をその場で相談したり、センター全体の雰囲気がとても良くなりました」(藤下さん)
特に、病気からの回復に焦点を当てた話し合いのプログラムでは、利用者さんからの悩みや不安に対して、ピアスタッフから「自分も同じような辛いことがあった」という体験を伝えることで、利用者さんの不安が軽減していく様子が見られるのだといいます。
そういったピアスタッフの活躍をきっかけに始まったのが、ピアスタッフが主体となって開催する「ピアcafé」。
「お茶を飲みながら、自分らしい生き方を利用者のみなさんと一緒に考えるコミュニケーションの場になっています」(藤下さん)
ピアスタッフってどんな人?
夢の実では、2023年現在、30~40代のピアスタッフ3人が、利用者一人ひとりのサポートを行なっています。自身と同じ悩みを抱える利用者さんと、どのような思いで向き合っているのでしょうか。夢の実のピアスタッフのみなさんにお話を伺いました。
夢の実のピアスタッフの皆さん
Tさん
精神障害者ソフトバレーボールの全国大会優勝チームの選手。頼れるピアスタッフのリーダー的存在
Fさん
子育てをしながら大学で福祉専門職の資格を取得した頑張り屋さん。周りを明るくするムードメーカー
Iさん
スニーカー集めが趣味でおしゃれが好き。心も体も大きくてやさしい力持ち
Q:利用者のみなさんと接する上で意識していることは?
Tさん 相手の思いを尊重すること、それぞれのペース、スペースを大切にすること。皆さんがそれぞれの自分らしさでリカバリーできることを信じて接しています。
Fさん みんなが他に代わりのいないとても大切な存在であり、誰もがリカバリーの道を歩むことができることを信じて、利用者さんと関わっています。病気があっても、それに縛られない自分らしい生き方を共に考えていきたいです。
Iさん 対等であること。相手がどのように感じているのかを考え、寄り添えるように意識しています。
Q:ピアスタッフとして利用者のみなさんにどのような声かけを行なっていますか。
Tさん 日常会話の中から相手の好きなこと、できること、長所などに着目して話をします。そうすることで、調子が悪くても自分ができることがあると理解し納得できるからです。自分自身を追い詰めすぎず、気持ちの切り替えができる様子が見られています。
Iさん 共感の言葉を大切に、しっかりと会話のキャッチボールができるような声かけをしています。
Q:ピアスタッフになり、自身にどのような心境の変化がありましたか?
Fさん 日々の些細な会話から「ピアスタッフに出会えてよかった」と言われ、私自身利用者さんから生きる力をもらっています。一緒に悩み考えることで、過去を整理し、改めて自分と向き合えています。
Iさん メンバーさんが元気になることや、リカバリーをしている姿を見るとうれしく思い、ピアスタッフをやっていてよかったと思います。また、自分でも誰かの役に立てたと自己肯定感が上がりました。
ピアスタッフの養成にも注力
夢の実では、鴻巣市・北本市に住む施設の利用者や鴻巣病院のデイケア利用者、地域の関係機関の人を対象に、ピアスタッフを養成するための講座も開いています。
講座では、ピアサポートとリカバリーについての講義や個人のリカバリーストーリー(リカバリーへのプロセス)の発表などを実施。受講者からは「自分もリカバリーできる」「自分だけが苦しいわけではないと気づけた」など、前向きな声が多く寄せられました。
ピアスタッフがもたらす効果は、夢の実で働く職員の意識の変化にも表れています。
藤下さんは、「利用者さんの病状悪化を心配して慎重になりがちな私たち職員に対し、ピアスタッフのみなさんは、『自分の力を信じて』という実体験を込めたメッセージを常に利用者さんに伝えています。利用者さんの力を信じることの大切さに改めて気づかされています」と話します。
支援という枠組みを超えて、精神障害を抱える人と関わり続けるピアスタッフの存在。共感という視点を持って利用者と「共に支え合う」ピアサポートという取り組みには、誰一人取り残さない地域社会を実現するヒントが隠されているのではないでしょうか。