まちのあちこちにある
ソーシャルインクルージョンな
場所・モノ・コトをピックアップ

認定NPO法人
ぬくもり福祉会 たんぽぽのソーシャルファーム

2023.12.25

誰もが共に働ける場をみんなで守る

ソーシャルファームは
誰一人取り残さない地域を形づくる“ピース”

障害者や高齢者、ひきこもり、ホームレス、刑務所を出所した人など、さまざまな理由から働き先を探すことが困難な人たちがいます。仕事や職場とうまくマッチすれば貴重な人材になる一方で、雇用側の受け皿が少なく、「働きづらさ」を感じる人が“多様化”しているという課題もあります。打開策として注目されているのが「ソーシャルファーム(社会的企業)」。就労に困難を抱える人を雇用し、共に働く環境や必要なサポートを整えながら、事業収入を主な財源として運営する企業のことです。2019年12月には東京都でソーシャルファームを推進するための全国初の条例が施行。誰もが社会の一員として働くインクルーシブ就労がさまざまな場所で模索されています。

つくり手のいない農地で「新事業」を

今回訪ねたのは、埼玉県で最初にNPO法人の認証を受けた埼玉県飯能市にある「ぬくもり福祉会 たんぽぽ」が経営するソーシャルファーム。農業と園芸を主な事業として、障害のありなしに関係なく地域の一員として、働く人が輝く職場を実現しています。たんぽぽがソーシャルファームを立ち上げたのは2009年のこと。その背景にあるのは、たんぽぽに関わる人、近隣の住民、誰もが参加できる「地域づくり」でした。畑を訪ね、たんぽぽの皆さんにお話を聞きました。

たんぽぽのソーシャルファームは今年でなんと14年目。2012年には園芸事業が加わり、「フラワーガーデン」をオープン。2023年現在は4名で運営を行なっている。

ソーシャルファーム立ち上げのきっかけは、会長の桑山さんが飯能市障害者福祉計画の第1期策定委員を務めた際に策定委員長だった東京家政大学の上野容子教授と日本でのソーシャルファームの提唱者である済生会の炭谷茂理事長との出会いでした。

桑山さん

上野教授から「就労支援の多様性として、ソーシャルファームという活動があるよ」と教えていただいて、炭谷理事長が代表を務めていらっしゃる「ソーシャルファームジャパン」の総会に参加させていただきました。当時、たんぽぽでは高齢者に向けたさまざまな事業を行なっていて、障害がある方も同じように共に暮らしていく事業ができないかとアイデアを練っていたところでした。

ぬくもり福祉会たんぽぽ会長の桑山和子さん

ソーシャルファームを立ち上げる2年前から飯能市の委託事業で、障害者就労支援センターの運営(2011年には業務終了)を行なっていた桑山さん。数多くの障害者の方々を一般就労へ導くことに成功していた一方で、地域の中での受け入れ先の少なさ、就労が決まってもなかなか仕事が続けられない難しさを肌で感じていました。

ソーシャルファームの活動に興味を持った桑山さんは「働く場所がないなら、うちが受け入れ先になればいい」と、厚生労働省が募集していたソーシャルファームモデル事業にエントリー。採択を受け、農業を柱としたソーシャルファームを始動しました。立ち上げに携わった経営管理部長の岡田尚平さんは、事業に農業を選択した理由をこう振り返ります。

岡田さん

たんぽぽが事業所を置く飯能は、自然豊かで田んぼや畑がたくさんあります。地主さんの多くは高齢で、自分では農作業が続けられないため、土地を貸し出している。ソーシャルファームの立ち上げ前に事業所近くの水路清掃に参加した時、「畑があるから使って」「教えてあげるから農業をしてみないか」と声をかけていただいたことを思い出し、農業なら工場をつくるような大きな投資はいらないし、地域で一体となってやれる。新事業として始めやすいと考えました。

経営管理部長の岡田尚平さん

「僕はこの仕事が好きだから」

ソーシャルファーム立ち上げ当初から働いている職員のひとりが原口崇仁さん。軽度の知的障害があり、人前に出ることが苦手で家に閉じこもりがちだったと言います。以前は梱包の仕事をしていたこともあったと話す原口さん。仕事先で怒られたりすることも多かったと当時を振り返ります。

そんな原口さんが、たんぽぽで農業の仕事を続けてもう10年以上。現在も月水金の週3回、夏場は7時半、冬場は8時半から3時間勤務しています。主な農作物は、春夏はナス、トマト、じゃがいも、たまねぎ、のらぼう、秋冬はブロッコリー、里イモ、ネギ、キャベツなど。草取りや水やり、収穫まで、自然を相手にしているため、毎日仕事は変わります。原口さんは「この仕事が好きだから、辞めようと思ったことはない」と話します。

たんぽぽで働く原口崇仁さん

原口さん

じっとしているのが嫌だし、堅い仕事も好きじゃない。この仕事を始めたのはもともと土いじりが好きで、屋外の仕事は体にいいかなと思ったから。野菜は人の口に入るものだから「美味しかったよ」と言ってもらえるとすごくホッとするし、やっぱり一番うれしいです。

畑の草取りを行なう原口さん

育てた花や野菜は、市内の取引業者への卸すほか、近隣住民への配達、さらに、散歩がてら買い物に来るグループホームの入居者たちのもとへと旅立っていきます。

原口さんの隣で作業を見守り、ともに汗を流しているのは奥野洋さん。たんぽぽが運営を受託する「飯能市包括支援センターさかえ町」でケアマネジャー、社会福祉士として働きながら、2019年からソーシャルファームに参加しています。

ソーシャルファームの運営に携わる奥野洋さん

奥野さん

私は転職でたんぽぽへ入ったのですが、それ以前にも障害者を支援する仕事に20年以上携わり「障害のある人と一緒に働いていきたい」という思いがありました。就労継続支援A型、B型の事業所だと支援する人・される人という関係性になりますが、ソーシャルファームは違います。わたしは原口さんたちを“一緒に仕事をする協力者=コワーカー”だと思っています。施設の中のみで生活することの多い人たちが外で元気に働いている姿を見ることが、何よりのよろこび。彼らと日々接しながら、一緒に汗まみれ土まみれになって働くのが楽しいんです。

立ち上げ時は地元の固有種野菜の苗を使い、自然農法で付加価値をつける作戦でスタート。はじめてみたところ、品質や大きさを揃えることができず、作物をつくる難しさを感じたとソーシャルファームの担当をする奥野さん。
季節の花の寄せ植えが好評で花好きの近隣住民から多くの注文が入る。
季節ごとに20〜30鉢買う人も 。

ソーシャルファームでの奥野さんの主な役割は、大型の草刈機を使う際などの安全面の見守り。「原口さんは機械の操作も上手なんです。危ないと思った時には注意しますが、そういう時も言葉使いがぞんざいだと原口さんに怒られます(笑)」と奥野さん。

たんぽぽの畑で10年働く原口さんはベテラン中のベテラン。今の仕事について考えていることを尋ねてみました。

原口さん

僕たちが今やっていることを、次の世代に渡さないといけないと思う。 若い人は、失敗してもいいからチャレンジしなきゃ。僕自身が苦労して育ったからわかるんだよ。だから弟子が入ってくれるとうれしいな。僕には母親みたいな存在の桑山さんがいるから、若い人たちの話は僕が聞いてやらないとなあと思って。

原口さんが仕事の後によく行く場所があります。たんぽぽが運営を行ない、地域住民の集いの場所になっている「地域の茶の間・寄ってケア」。お茶を飲みながら介護や子育て、学校の悩みなどの相談もでき、イベントの開催も行なっています。「『寄ってケア』に仕事帰りに立ち寄って、いろんな人と話をするのが楽しい。ぼくが悩みや相談にも乗るよ」と原口さんは笑います。

仕事について話す原口さんの様子を見守る桑山さん。「人とコミュニケーションを取る方法は、たんぽぽで多くの人とかかわりながら働くなかで身につけたんでしょうね」
原口さんが仕事先以外によく立ち寄る「寄ってケア」。子ども、子育て世代、高齢者まで地域のさまざまな人が集まる場所。

「困ったときはお互いさま」がキーワード

デイサービスを柱として、現在では子ども、女性、障害者、高齢者まで、地域に住むさまざまな人への福祉事業を行なうたんぽぽ。その歴史は、飯能市内の公民館で、女性の社会参加ための講座を桑山さんが担当したことから始まりました。その当時は、育児や介護などの悩みは女性が抱えていたもの。地域の女性同士で暮らしを助け合うグループから「訪問介護事業」の立ち上げにつながったと桑山さんは話します。

その後も「安心して家族を預けられる場所がほしい」という声を受けてデイサービスやショートステイ、認知症の増加という課題を受けてグループホーム、子育てに悩むお母さんをサポートしたいと子どもが集まれる学童クラブまで、さまざまなニーズから次々と事業を増やし、取り組みを通して地域で共に暮らしていく環境を形作ってきました。すべての事業の根底には、「困ったときはお互いさま」という助け合いの理念があります。

桑山さん

たんぽぽは子どもからお年寄りまで、一生涯を通したセーフティーネットでありたいんです。ソーシャルファームを立ち上げるときにも、実際に畑が必要になると、「空いてるから使っていいよ」と言ってくださる方が現れて、自然と助け合いが生まれました。 障害のある人も職員も地域の人も、それぞれの立場から助け合いながら一緒に過ごす。まさにソーシャルインクルージョンですよね。ソーシャルファームもそれを体現するための事業の一つです。

岡田さん

ソーシャルファームで事業収入を得て、公的支援に頼らず、自律的に経営していくにはまだまだ課題があります。ほかの事業の収入があるからこそ実現できている。市内のほかの障害者団体から実習生を受け入れることもありますが、今は一般就労で雇用することが難しい。雇用を増やすことが使命だと思っているからこそ葛藤があります。例えば、今でもニーズのある草刈りなどの仕事がさらに広がり、行政の事業などでも役に立つことができれば、ソーシャルファーム単体での収入も増え、経営に光が見えてきそうです。

ソーシャルファームの新しい可能性

ソーシャルファームをはじめてから、たんぽぽのデイサービスには週1回の「農業プログラム」ができました。デイサービスの利用者には農家だった人や畑仕事が好きな人が多く、畑に出て作物を見ると、目を輝かせていきいきと過ごしているそう。ソーシャルファームがあることで、たんぽぽの各事業所が活性化しています。

桑山さん

たんぽぽでは、どの事業所の職員もソーシャルファームを応援していて、たんぽぽ全体でソーシャルファームを守っている感覚があります。その様子を見ていると、農福連携や福祉教育というところに、わたしたちのソーシャルファームの新しい形があるような気がしています。いつか、畑で育ったお花を摘んで「パラソル喫茶」をしたいと思っています。パラソルを1本立てて地域の中を移動するカフェです。すてきでしょう?  花のことを尋ねられたら、きっと一番詳しい原口くんが喋ってくれます(笑) 地域の子どもたちに野菜を使ったレシピを考えてもらって、高齢者と一緒につくるのもいいですね。ソーシャルファームを通して、誰もが参加できる地域づくりを実現できるのではないかと考えています。

桑山さんの口からは、子どもからお年寄りまで、この地域に住む人みんなが主役になれるユニークなアイデアが次々と。どれもそれぞれのできること、得意を活かして地域がつながれるものばかりです。

お話を聞きに伺った日は、ちょうど、たんぽぽが運営を行なう通所介護施設「田園倶楽部」で毎年開催しているという芋煮会の日。

利用者さんだけでなく、近隣住民、家族なども参加します。会場の設営をしていたのは、元デイサービスの利用者さん。要介護認定があったもののデイサービスで心身共に元気になり、利用を“卒業”。花壇の清掃や備品の修理など、ボランティアとして自主的に手伝いにやって来ているのだそうです。こんなふうに、たんぽぽでは、集まった地域の人たちがお互いに支え合う姿があちこちで見られます。

ソーシャルファームは、そんなたんぽぽの大切な一部。自分らしく働ける職場であり、誰かと支え合いながら地域で暮らすよろこびを実感できる環境がここにはあります。

中高学校の教員を退職後、ケアマネジャーをしていた桑山さん。「一緒に写真撮ろうよ」芋煮会に来てくれた地域の人と。

働くことで、人とつながれる。
地域とともにあるソーシャルファーム

障害者、ひきこもり、難病患者、元受刑者などが企業の中で働くには大きな困難を伴う場合が多いです。一方、どんな人も働いてこそ「社会とのつながり」が生まれるので、そういった人たちが働ける場所を作らなければならないと私は考えます。それこそがソーシャルファームの役割です。
たんぽぽのソーシャルファームの設立には私も関わっていましたが、長いこと引きこもりだった原口君も農業にいそしんで、今では大ベテランとなり、美味しい野菜や果物を作って地域の方に喜ばれ、頼られる存在になっています。また、岡田さんや奥野さんと一緒になって働くことで、人とのつながりや仕事を通じた生きがいを持つことができ、原口君はまさしくソーシャルファームの役割を体現しているような人だと感じます。

ソーシャルファーム成功のためには、働く本人の努力に加えて周りのサポートが重要です。たんぽぽも内外からの支援を受け、地域で必要とされる団体になっています。日本ではまだまだソーシャルファームの数は少ないですが、さらに多くの場所で展開されることを期待しています。済生会では、各地域の特性を活かしながら、さらにソーシャルファームの設置を推進していきます。そして、地域の関心のある人々と一緒になって、その土地で暮らす全ての人が、人生に生きがいを持ってもらえる社会を作っていきたいと考えています。

済生会理事長 炭谷 茂

今回訪ねたソーシャルインクルージョンな場所

認定特定非営利活動法人ぬくもり福祉会 たんぽぽ
住所:埼玉県飯能市落合290-4

ぬくもり福祉会たんぽぽの公式サイトはこちら ≫

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