貧困が原因で学習機会が奪われる子どもをなくしたい
2017.12.28

子どもが自分の可能性を信じて生きられる社会を目指して

東京 特定非営利活動法人Learning for All
Let’s SINC
貧困を抱える子どもたちの学習支援を行なうとともに、社会全体で問題を解決できる人材を育成する
現在の日本には、貧困で苦しむ子どもたちがいます。生活はできていても、彼らは様々な困難を抱えているのです。そんな子どもたちへ学習支援を行なっているのが、特定非営利活動法人Learning for All(以下LFA)。勉強を教えるのはボランティアの大学生たちです。彼らが行なう学習支援の現場、通称「寺子屋くらぶ」を取材しました。

現在日本では、子ども全体の7人に1人、ひとり親世帯に至っては2人に1人が貧困*1状態にあります。OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国の中で、ひとり親世帯の貧困率が最も高いのは日本です*2

※1貧困: ここでは、世帯年収が平均の半分以下である家庭のこと
※2出典:「平成28年 国民生活基礎調査」/ OECD(2014)Family database“Child poverty”より

平成25年に文部科学省が行なった全国学力・学習状況調査で、親の収入と子どもの学力には明らかな相関があることがわかりました。一般的に、偏差値の高い学校に行けば、大学への進学率が高くなります。

LFAの広報・資金調達部事業部長である石神駿一さんは「収入と学力に相関があるということは、低収入世帯の子どもは低学力になりがちです。これが繰り返されるため、貧困が再生産されてしまうんです」と言います。


広報・資金調達部事業部長の石神さん

生まれ育った環境の影響は大きく表れます。たとえば、自分の周りに高校や大学に進学した人がいないと、中学の先の進路を考えられないケースなどがあると言います。こういった生活保護世帯や親によるDV、子どもへの無関心など、様々な困難のある環境で育ち、勉強が苦手になってしまった人に対して、「本人の努力が足りない」と言う人は多いと石神さんは語りました。

LFA代表理事の李炯植(り・ひょんしぎ)さんは、関西の、貧困や格差が厳しい地域で育ちました。
「私が大学生の頃、成人式で地元に戻ったときに、同級生の中にはすでに働いている人やシングルマザーが多くいて、ギャップを感じました。そのことを大学の同級生に話したところ、『バカはバカだからしょうがない』『勉強せずに努力しなかった人が悪い』と言われ、本当にそうだろうか、と疑問を持ったんです。同級生の中には勉強したくてもできず、機会すら与えられない人がたくさんいました。そういう、個人の努力ではどうにもできないような理由で、子どもたちの可能性が制限されている状況を実感し、どうしてもこの現実を変えたいと思い、LFAの活動を行なっています」と活動をはじめたきっかけを話してくれました。


代表理事の李さん

LFAのビジョンは「すべての子どもたちが自分の可能性を信じ、やりがいを持って生きられる社会の実現」です。このビジョンを実現するために、「質の高い学習支援」と「人材育成」の二つのアクションに力を注ぎます。
LFAでは大学生をボランティア教師として採用しています。質の高い学習支援を実現するために①優秀な大学生の採用、②充実した研修の実施、③リフレクションの実施、を徹底しています。①に関して言うと、ボランティア教師の応募は年間900人ほどですが、実際に“教師”として活躍するのは230人。名立たる有名大学の優秀な学生も応募してきますが、1時間の面談を通し、誠実さやコミュニケーションスキルを見て、採用する学生を決めるそうです。②の研修は、LFAオリジナルの約50時間の研修で、指導経験がない大学生もここでノウハウを学ぶことができます。③のリフレクションとは、振り返りのことです。子どもだけでなく学生教師も毎回の授業で成長できるように、第三者がきちんと評価し、次によりよい支援を提供できる仕組みが整っています。石神さんは「教師のスキルが上がることで結果的に子どもたちに届ける学習支援の質が高まり、子どもたちの最終的な笑顔につながる」と語ってくれました。

学生教師として、公民館で行なわれている学習支援活動の現場責任者を務める、東京大学の宇地原栄斗さんにも話を伺いました。生まれ育ったのは沖縄県。沖縄は日本全体の貧困率の倍程度、約3人に1人が貧困状態にあります。「私が育ったのは貧困が当たり前にある環境でした。自分の身近なところに、経済的な理由で進学できない、家庭環境のせいでやりたいことが制限される状況がありました」と宇地原さん。母親の支援もあり、大学に進学することができましたが、「進学先の学生たちの環境」と「自分が沖縄で経験した環境」のギャップを感じたと言います。大学で過ごす中で解決したい問題が明確になり、「貧困状態にある子どもたちになにかできないか」と考えるようになりました。そんなときにLFAと出会ったそうです。


学生教師の責任者を務める宇地原さん

宇地原さんは「LFAに参加してみて、子どもたちと向き合うことの難しさに気づきました。私は貧困が当たり前にある環境で育ってきましたが、実際に貧困に苦しむ子どもを支援した経験があるわけではありませんでした」と語ってくれました。たとえば、子どもに宿題を出したがきちんとやってこなかった場合、「初めは、『宿題をやってこないのは子どもが悪い。やらない原因は子どもにある』と無意識のうちに思っていました。これは子どもに責任を押し付けているだけで、子どもの目線に立って、子どもたちと向き合う人の姿勢ではありません」と宇地原さんは指摘します。
「子どもが悪い、子どもに原因があると思っていては、自分の行動は変えられないですし、自分の行動が変わらなければ子どもたちの変化は達成されません。『子どもたちが宿題をやってこられなかった原因はなにか』『宿題が多すぎたのではないか』『宿題の範囲がきちんと伝わっていなかったのではないか』など、自分はなにをしたのか、どうするべきだったのか、という『自己への振り返り』を常に行なっていくことが大事です」と強調しました。


授業前のロールプレイングの様子

宇地原さんに案内され、足を踏み入れた公民館の一室では、すでに学生教師たちがロールプレイングを開始していました。生徒役1~2人に対して、教師役が1人。本番と同じ小さなグループに分かれ、当日の授業の流れを繰り返し確認します。学生たちの役割は教師だけではありません。部屋の真ん中にあるテーブルに座るのはフィードバッカーです。フィードバッカーとは、教師のサポートをする存在で、教師役の学生に、改善点や気がついた点などのフィードバックを行ないます。

短く時間を区切り、1回のロールプレイングが終わると、生徒役の学生とフィードバッカーが教師役の学生にアドバイスを始めました。「この言い回しだとよくわからなかった」「ここは一気に説明するんじゃなくて、どう思うか聞いてみるのがいいんじゃない」などなど。また、改善点だけではなく、よかった点も話します。


授業のロールプレイング中

ロールプレイング後、フィードバッカー(左)と生徒役(右)がアドバイスをする

毎週土曜日に公民館で行なわれる学習支援活動は「寺子屋くらぶ」と呼ばれています。ここにくる子どもたちは、学校の授業に追いつけない、勉強に集中できる家庭環境にない、などさまざまな背景を持っています。学生教師は、子どもたちそれぞれの個性に寄り添い、一番理解しやすい形を模索して、教材も自作しています。


教科ごとに毎回教材を作ってきている

子どもたちの入室10分前になると、当日の担当教師とフィードバッカーが円になり、一人ひとりが当日の目標を発表します。最後に管理者の立場を担う宇地原さんが円陣を組んで闘魂注入。これは毎回欠かさずに行なっていると言います。「今日で7回目の授業です。子どものために何を達成すべきかを考える期間は終わっています。ここからは、どうやってそれを実現するのか、より具体的に、質にこだわって指導していきましょう」と肩を組み、全員の方を向いて、気を引き締めました。

開始時間になると数人の生徒が入室。人数はまばらです。いろいろな事情がある子どもがいるため、当日になってみないと予定の子が本当にくるかどうかわからないのです。
子どもたちが席につくと、授業がスタートしました。

生徒2人、教師1人のあるグループでは、眠そうにしている生徒がいると、学生教師が1人を指導しつつ、もう1人に優しく話しかけます。「昨日は眠れなかった?」「夜更かししちゃったの?」「この問題だけ頑張ってみよう?」。一方に優しく話しかけながら、他方の生徒には問題を解かせ、指導をします。「ここは正解! 先生も自分で解いた時に間違えたのに、すごいね!」「ここは、途中で間違えちゃったね。計算の順番を変えると間違えにくくなるよ」など、対話形式で、授業を進めていきます。生徒に寄り添う姿勢、教える技術、触れ合う技術に驚きます。ここで指導する学生は約50時間の研修を終えた優秀な学生教師です。彼らは毎週、事前にオリジナル教材を作り、授業開始3時間前から準備を始めます。授業後は3時間かけて振り返りを行ない、活動が終わるのは19時過ぎだと言います。

質の高い学習支援を届け、成功体験を積むことによって、子どもたちの自己肯定感や向上心が上昇します。また、自分の周りにはいないようなキラキラした大学生と触れ合うことで、「自分もこの人たちみたいになりたい」と思うロールモデルを見つけることができます。「学習支援を受けた子どもたちが将来大学生になって、教師としてLFAに戻ってきてくれたら、こんなにうれしいことはないですね」と石神さんは笑顔で話してくれました。

LFAでは、社会課題を解決する人材を育成・輩出することも意識しています。活動していた大学生の進路は官僚、一般企業、教員など多種多様です。
「裕福な環境で育った大学生であっても、研修を受け、一人ひとりの子どもと向き合っていけば、日本にも格差や貧困があり、身近に困難を抱えている子どもがいることに気づきます。このような経験を通し、貧困や格差の話が自分から遠いことではなく自分事になるんです。ボランティアという体験を得ることで、自分が当事者になれます」と李さんは言います。
さらに、参加した大学生が問題意識を持って、教育現場、企業、官僚、行政など、いろいろな分野に散らばっていくことで、社会全体で課題解決ができる環境を作りたい、と李さんは考えています。「10年、20年かけて社会全体の課題解決ができるネットワークを作っていきたいと思っています」と語ってくれました。

最後に、現在大学3年生の宇地原さんに今後の展望を聞きました。
「将来は生まれ育った沖縄に戻り、沖縄の貧困を解決したいと思っています。沖縄でLFAの学習支援のモデルがそのまま通用するわけではありません。しかし、ここで培った経験を活かし、沖縄では何が最善の手なのかを模索し、子どもの貧困と向き合えるような事業を作っていきたい」

李さんが目指している社会全体の課題解決ができるネットワークは、こうして少しずつ広がり始めています。

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