障害者を受け入れる土壌を企業の中に育てる
「いらっしゃいませ!」。店内に入ると元気な声で店員さんが出迎えてくれました。東京都の新橋駅近く、港区生涯学習センターの1階にあるCafé Deux (カフェ・ドゥー)は、出迎えてくれた店員さんをはじめ、店内で働く大半の人が、なんらかの障害を持っています。ここは、みなと障害者福祉事業団が運営する、障害者への支援を行なう事業所のひとつです。
みなと障害者福祉事業団は、平成10年に港区が設立した任意団体「港区障害者福祉事業団」の事業を継承し、平成19年8月に設立されたNPO法人です。障害者への就労支援事業や、一般企業への就職を前提とした訓練を行う就労移行支援事業、一般企業への就職が困難とされる方へ、働く場を提供する就労継続支援A型事業を同事業団内でそれぞれ運営しています。
就労支援は「就労支援センターかもめ」での相談業務からスタートします。相談には障害のある当事者、家族、行政、企業など、あらゆる人が来るそう。主な相談は当事者、あるいは家族からの「就職をしたいのですが、どうすればいいですか」というものだと、就労支援センターかもめのセンター長を務める小嶋史樹さんは言います。当事者との会話を通して状況を判断し、そのまま就労が可能であればハローワークを紹介したり、企業の面接会に同行をするそうです。企業に就職できた場合は、当事者と企業の間に入り、仲介役を担う定着支援(ジョブコーチ※1)も行なっています。具体的には、就職後の不安を取り除くためのケアや、仕事内容がミスマッチだった場合の対応などです。また、企業から「採用したが、どう接していいかわからない」といった相談も寄せられ、対応方法をアドバイスしています。
※1ジョブコーチ:障害者が円滑に就労できるよう、事業所や企業との間に入り、職場内外の支援環境を整える役割のこと
「コミュニケーションをとることが難しい、安定して仕事を続ける体力が足りないなどの理由で、現状では就職が難しいと判断した場合は、職業訓練を通して就職を目指すことを提案しています」と小嶋さん。職業訓練を行なうのは就労移行支援事業や、カフェ・ドゥーを含む就労継続支援A型事業です。
就労移行支援では、企業などの就労に向けて必要な知識・能力を向上するための訓練を行ないます。通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれた、就労を希望する65歳未満の障害者が対象です。
「訓練の期間は最大で2年と定められています。しかし、ほとんどの人は2年を待たずに就職、あるいは就労継続支援A型事業所に導いています」と「就労移行支援事業所はばたき」の支援員・大髙二郎さんは話します。一度就職して離職するケースも少なくありませんが、その場合は、またそこから最大で2年間の支援が可能になると言います。
職業訓練は清掃や喫茶などの業務があり、大髙さんはそれらを統括する立場です。喫茶業務は、港区立障害保健福祉センター(ヒューマンぷらざ)の1階にある、福祉喫茶たんぽぽ本店で行なわれます。ここでは配膳、下膳、レジ操作等を主として、就職に向けての体力づくりやスキル習得を目指しています。また、清掃業務では同センター全館と、隣接する住居棟の一部清掃を行ないます。
「喫茶・清掃業務を通して、あいさつをはじめとするコミュニケーション、安定して仕事に取り組む体力、任された仕事を最後までやり抜く気持ちの強さなどを学んでもらうことを目指しています。ここで、社会に出て働くために必要なことを備えた人物になってほしいですね」と大髙さんは話してくれました。
取材の途中、センター内でごみの回収を要領よく行う就労移行支援利用者の方を見かけました。大髙さんが話しかけると、満面の笑顔をこちらに向けてくれました。就職面接の練習を繰り返すうちに、身に付けた特技なのだといいます。
就労移行支援を利用する人たちは、これらのプログラムのもと、支援員とともに「より良い就職」を目指し、日々努力を重ねています。現在、この支援を利用しているのは約10人。年間に約5人が就労し、過去3年間に17人を就職へ導いています。 「就職したからといって、そこで終わりではありません」と大髙さん。半年間の期限付きだが、職場への定着支援として企業と本人の間に立ち、うまく仕事を続けていくための支援も行なっています。半年を過ぎると、就労支援センターが引き継ぎ、継続的に支援できる体制を整えています。
カフェ・ドゥーは、就労継続支援A型事業のひとつ。企業への就労が困難な人が雇用され、知識や能力の向上に必要な訓練を行ないます。対象者は就労することが可能な65歳未満の障害者です。一見、就労移行支援と同じに見えますが、明確な違いがあります。利用期間に定めはなく、就労移行支援事業を利用したけれど、就職に結びつかなかった、特別支援学校を卒業後、就職に結びつかなかったなど、一般企業への就職が難しい方へ向けた支援となっています。雇用契約を結んで働くため、賃金も支払われます。同事業団では、ほかにパン焼成販売のSUBWAY’S BAKERY TROI’S(トロア)、パン工房Quatre(キャトル)の計3店舗を就労継続支援A型事業所として展開しています。
カフェ・ドゥーで働くのは、職員4人に、利用者さん11人。ここでは障害のある従業員を「利用者さん」と呼びます。障害の種類は、身体障害、精神障害、知的障害、発達障害などさまざまです。新しく入ってきた利用者さんへは職員が最初に指導をします。「教えるときには、一人ひとりの個性に合わせることが重要です」と店長の温海燕(おん・かいえん)さんは話します。障害の特徴は似ていても、利用者さんごとに性格は違い、その人に合わせて話し方や指導の仕方を変える必要があると言います。
店内の窓際で、スプーンに紙ナプキンを巻いている利用者さんがいました。「彼はこの作業が大好きなんです」と温さん。話しかけると、仕事のコツを楽しそうに話します。温さんについて聞くと、「店長はとてもやさしい」と満面の笑みで教えてくれました。
「やる仕事は特に決まっていないです。各々が得意なことや、やりたいことをまずはやってもらっています。ただ、休む人がいることもあるので、そういうときはこちらでフォローをしつつ、各自で判断して仕事をしてもらっています」と温さんは言います。それぞれの特性や、その日の体調に合わせた仕事をしてもらっているそうです。
取材当日は、週に1回ある近隣施設へのお弁当配達日でした。手慣れた様子でお弁当箱をトレイに並べ終えると、台車の上に重ね、車に積み込みます。配送・販売に関しても、職員と利用者さんが行うそうです。温さんは「利用者さんが新しいことができるようになってくれるとうれしいです。ひとつできるようになると、どんどんできるようになっていきます。そういう利用者さんを見て、私自身も支えられているんです」と笑顔で話してくれました。
小嶋さんは支援をしてきた中で、印象的だったエピソードを語ってくれました。
「精神障害を持ちながら、8年かけてゆるやかに仕事ができるようになっていった人がいました。港区受託事業の訓練を利用していたんですが、幻聴や幻覚などの症状のため、最初は安定して通所できなかったんです。しかし、だんだんと克服できるようになって、就職に至ることができました」。
就職した会社で勤務する社員やスタッフが障害に対して理解があったことも大きいといいます。就労当初は1日4時間、週5日勤務からのスタートでしたが、そこから8年かけて徐々に就労時間を増やしていき、現在ではほぼフルタイムで働いています。生活面でも驚くほどの変化があり、最初は実家に住んでいましたが、就労してから数年でグループホーム※2に入居、現在では一人暮らしを始めているそうです。
※2グループホーム: 病気や障害などで生活に困難を抱えた人たちが、専門スタッフの援助を受けながら、一般の住宅で生活する社会的介護の形態
現在、障害者の職業安定をはかることを目的とする法律「障害者雇用促進法」に基づいて、民間企業・国・地方公共団体は所定の割合(法定雇用率)以上の障害者を雇用することが義務付けられています。今後、現在の法定雇用率2%から、2018年4月には2.2%、2021年には2.3%まで引き上げていく計画を厚生労働省が決定しました。
同事業団でも障害者の就労を支援するだけではなく、受け入れてくれる企業をもっと増やすために職場開拓を行っています。
法定雇用率の引き上げは、このような就労支援の取り組みの賜物でしょう。最後に、小嶋さんに障害者就労支援の今後について聞きました。
「障害のある人がどんどん企業に就職することで、どんな人でも働ける社会の実現がすぐそこまできています。しかし、障害のある人を受け入れる企業にそういった土壌があるかというと、まだまだ整っていないのが現状です。障害者雇用が促進されるよう、企業への啓発活動により一層の力を入れていく必要があると感じています」
社員の7割が知的障がい者である“日本でいちばん大切にしたい会社”の社長や社員、障がい者のご家族などを取材したノンフィクション作品です。