母親と家族をサポートし、 児童虐待をなくしたい
2021.02.19

やっとママになれた!――“母を母親にする”サポート「おくるみ」スタッフのDiary

大阪 大阪乳児院
Let’s SINC
さまざまな原因で子育てに不安がある女性を支援し、母親と子ども、その家族が安心して暮らせる環境を整える
子育ては誰にとっても不安なもの。しかしその中でも、貧困や孤立、精神的な問題などにより、著しく子育てが困難なケースがあり、虐待につながってしまうこともあります。子育てにおいて特に支援が必要だと判断された女性は「特定妊婦」と呼ばれており、大阪市北区にある大阪乳児院では、特定妊婦をサポートする「産前・産後母子支援事業」を実施しています。どんな思いでサポートしているのか。この乳児院で働く看護師の上村由紀さんの日々を日記風にまとめました。

ある日のDiary 1
 乳児院でもっと子育てを支えたい!

厚生労働省からの通達を見て、「これだ!」と思った。乳児院や児童養護施設の役割・機能を拡大し、家族全体への支援を推し進めるという。そして、その事業の一つ、出産前後から母親のサポートをする「産前・産後母子支援事業」は、まさに私が必要だと感じていたことだ。
19年間看護師をする中で、いろいろなお母さんたちを見てきた。抱っこができない、オムツの交換方法を知らない、父親が分からない子どもの妊娠届出をしにくる……。 知識のなさ、あるいは孤独な子育ては虐待へとつながってしまう恐れがある。虐待を受ける子どもをなくすためには、その親への支援が必要な場合もあるのだ。
大阪乳児院でも産前・産後母子支援事業を行ない、虐待をなくす一歩を踏み出したい。

特定妊婦と児童虐待

「特定妊婦」とは、子どもの養育において、出産前からの支援が特に必要とされると判断された女性のこと。望まない妊娠や貧困、精神疾患など、子育てに困難を抱える要因はさまざまです。
特定妊婦は児童虐待とも関係しています。虐待を受けて死亡してしまう子どものうち、50%弱が0歳児。児童虐待には「育てられない」「育て方が分からない」といった、子育てに対する大きな不安が隠れているのです。

産前・産後母子支援事業について

厚生労働省は2017年、「新たな社会的養育ビジョン」を打ち出しました。子どもの権利を守るため、その家庭ごと支援していこう、というものです。このビジョンを実現するために、子どもの養育に関するプロである乳児院や児童養護施設に向けて、親に対しても支援を行なうよう呼びかけました。その一つが、妊娠期から出産後まで、母親の精神面や生活面を支援する「産前・産後母子支援事業」です。

大阪乳児院の産前・産後母子支援事業「おくるみ」

大阪乳児院は産前・産後母子支援事業に名乗りを上げ、2019年から「おくるみ」と名付けた母親への支援を始めました。「おくるみ」では、母親と赤ちゃんに、大阪乳児院内の居室に泊まってもらい、スタッフが常に母子のサポートを行ないます。

ある日のDiary 2
 特定妊婦・Aさんの入居

今日、「おくるみ」にAさんという、赤ちゃんを産んでからわずか6日の女性がやってきた。多くの病院や助産院では、母親は出産直後から退院までの4・5日間赤ちゃんと同室になり、授乳したりオムツを替えたりする。ところが、Aさんは全くこういった行動がとれていなかったため、「このまま家に帰っても子育てができないのではないか」と懸念した病院から「おくるみ」に相談が入ったのだ。
子どものころに虐待を受けて育ったAさんは、コミュニケーションに不安があり、うつの症状もある。子育ての仕方が分からないどころか、怖くて赤ちゃんに触れることすらできない状態だった。
面談中ずっと夫の陰に隠れ、なかなか感情が見えなかったAさんだったが、赤ちゃんと一緒の部屋で生活することを承諾してくれた。本当に子どもが嫌だったら、入院中から母子同室を拒否するはず。これは、愛情がある証拠なんじゃないかな。

特定妊婦が「おくるみ」の支援を受ける流れ 

大阪乳児院の「おくるみ」は、医療機関や保健センター、児童相談所などの機関と連携しています。それらの機関が妊娠中や出産後の入院時や子どもの健診時などに、母親の子育てが困難だと判断した場合、「おくるみ」に相談するのです。
その後、「おくるみ」のスタッフと連携機関の職員が母親への最適な支援方法について話し合い、「おくるみ」での支援が必要と判断された場合、母親との面談を行ないます。そこで母親自身が希望すれば、大阪乳児院内に3室ある「おくるみ」専用の部屋への入居が決まります。

ある日のDiary 3
 Aさんの変化

Aさんが「おくるみ」に入居してから約3週間。この間、私たちは育児の方法をレクチャーしたり、何時間もかけて話を聞いたりしてきた。入居した時はあまり自分のことを話さなかったAさんも、徐々に胸の内を話してくれるようになった。
最初は「自分なんてダメなんだ」という自己否定ばかりだったけど、「そのうちできるようになる」と伝え続けていくうちに、Aさんは少しずつポジティブになり、赤ちゃんに対して笑いかけることも増えてきた。そして今日、うれしい出来事があった。Aさんが、初めて赤ちゃんを抱っこすることができたのだ。
「密着するって、こんなに安心するんや。やっとママになったんや」。そう言ったAさんの感激した様子が忘れられない。
地道にサポートを続けたことは、間違いではなかったのだ。

「おくるみ」のサポート内容

大阪乳児院の「おくるみ」では、各方面での専門家が役割を分担してサポートにあたっています(下表参照)。

サポート内容は人によって違いますが、オムツを替える、ミルクをあげるといった育児手技を獲得してもらうため、スタッフが見本を見せながら母親に学んでもらうのが基本です。
精神面でのサポートもします。大事なのは、「こうしなさい」という指摘はあまりしないこと。「~してみる?」「赤ちゃんはこうしたほうがいいかな」など、あくまで母親が自分の意思で行動できるようアドバイスします。

ある日のDiary 4
 Aさんのこれからと「おくるみ」のこれから

Aさんが約1カ月間入居した「おくるみ」を出てから、約2週間。今日は家庭訪問に行ってきた。
Aさんの様子は、「おくるみ」に来た時とは全然違っていた。以前は周りの母親と自分を比べて落ち込んでいたけれど、今は自分を少しずつ受け入れ、「おくるみ」で学んだことを自分のペースで実践している。
とはいえ今後も、子育てに行き詰まるときが来るかもしれない。そんな時は必ず誰かに助けを求めてほしい。
近ごろは地域での人間関係が希薄になり、母親が子育てで孤立しやすい状況にある。安心して子育てができる母親を一人でも増やし、児童虐待を減らすため、これからもサポートを続けていきたい。

「おくるみ」のアフターフォロー

「おくるみ」への入居期間は、平均2~3週間ほど。退居するタイミングは、母親が自分で決めます。退居後、必要に応じて、週1・2回ほどスタッフが家庭訪問を行ないます。
1~2時間半の家庭訪問では、入居時と同じく、家事のサポートや育児のアドバイスに加え、たわいもない話をすることで、母親の不安を和らげます。
電話での相談も24時間受け付けています。対応は大変ですが、「今、助けてほしい」というときに相談に乗れることが大切だといいます。
長期にわたる多角的なサポートを通じて、“母を母親にする”ために手を差し伸べ続ける「おくるみ」。子どもとその家族の生活を見守る支援者となることを目指して、これからも取り組みは続きます。

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