地域の財産「桑」で障害者に仕事と生きがいを
私たちも利用していいの?
小山市の国道旧4号線沿い、乙女交差点の先にお洒落なレストラン・パン工房があります。その名も『みゅぜ・ど・ぱすてる』。床・柱はすべて木調で、吹き抜けの広々とした空間は現代的で、若者にも人気がありそうです。この店の目玉は、地元産・自家栽培の新鮮野菜を使った料理。さらに、併設のパン工房では、地元産の「桑」をモチーフとしたケーキ・クッキーなども販売しています。レストランはランチ時にはほぼ満席になるといいます。実はここは、社会福祉法人パステルの理想を体現した多機能型事業所「CSWおとめ」の一部なのです。CSWとはコミュニティーソーシャルワーク(地域福祉)の略。地域の人々と障害者が自然に触れ合える“開かれた福祉施設”として、昨年5月にオープンしました。16,000㎡の広大な敷地には、就労継続支援B型事業所・生活介護事業所・グループホームの3棟が併設されています。地域交流センターは、就労継続支援B型事業所と同じ棟の中にあり、地域の方々との交流を深める場となっています。
「福祉施設と知らずにレストランを利用されている方もいますが、入口で『私たちも使えるの?』と確認して入ってくるお客様が多いですね」
案内してくれたのは石橋須見江常務理事。社会福祉法人パステルの創設者でもあります。いつも微笑んでいる柔らかな印象からは、ビジネス手法に通じる発想でいくつもの事業を開発・成功させた人物にはとても見えません。
「知的障害といわれる方々は正直に本音で生きているので、こちらも本音で付き合わないと離れていってしまうんです。私自身、彼らからいろいろなことを長年かけて教えてもらったので、その恩返しのつもりでやっています」
一人ひとりにあった仕事を
障害者を施設に隔離するのではなく、地域で助け合いながら健常者と一緒に暮らそう──ノーマライゼーションの理念は今や広く社会に浸透しました。しかし、差別や偏見の解消と障害者の自立とは全く別問題です。なかなか仕事がない、あっても驚くほど低収入で生計が立たない──障害者の自立への道は昔も今も厳しい状況です。
「昔は、高校生よりも利用者(障害者)さんの方が仕事がきっちりしていい、っていう社長さんがたくさんいましたけど、今はね…。社会全体に言えることだけど、すべて経営効率最優先でしょ。長い目で見てくれる余裕がないんですね」
ただ口を開けて待っていたのでは何も変わりません。石橋さんは動きました。自ら収益を生み出す事業を開発し、そこに雇用を生み出すことで利用者の職場をも創出しようという作戦です。CSWおとめは単なるふれあいの場ではなく、同法人の利用者にとっては勤務先でもあります。現在、25人が就労継続支援B型の雇用形態で働いています。レストランにおける食材の仕込み、調理補助、接客業務、パン工房における生地づくりや商品販売が彼らの仕事です。料理やパンの評判はすこぶる良好。料理指導をするプロのシェフはその味に太鼓判を押し、真心のこもった接客サービスは、確実にリピーターを増やして売り上げに貢献しています。
伝統産業「桑」再生の担い手に
グループホームの後ろに広がる桑畑──これがパステルの重要な収益源であり、障害者自立のライフラインとなっています。古来、漢方の生薬に使われ、最近では高血圧の改善やダイエット効果が確認されている桑。石橋さんは専門家の協力のもと、2013年に、桑の葉を蒸して粉にする技術を確立しました。これを利用して、桑の葉パウダーを使用したうどん、パン、ケーキ、桑茶、桑飴そして桑の実マルベリーを使ったマルベリージャム、ジャムサンドクッキーといった桑関連商品を次々と開発しました。
「今は数える程度になりましたが、小山市は桑村・絹村という地名があったほど、見渡すばかり桑畑でした。地域財産でもある桑に住民は非常な愛着を持っています。今から4年ほど前、地元の知り合いから『石橋さん、食べられる桑の葉があるんですよ』と教えていただいたのが事業開始のきっかけでした」
桑をパウダーにする装置が完成すると、石橋さんはまずはシフォンケーキを試作し、小山市の商業観光課に持っていきました。観光課の紹介で地元の商工会議所へ。特産品の育成につながると即断した小山商工会議所は、「平成26年度小企業事業者地域力活用新事業&全国展開支援事業」として展開、2015年2月には「六次産業化総合化事業」として関東農政局より認定されました。その後、伝統産業の継承と地域経済活性化を図る小山市の方針とも合致し、2017年からは内閣府の地域創生推進交付金を獲得しました。桑畑には現在、桑の実収穫用に600本、桑の葉収穫用に500本の桑が植えられています。
優秀な営業マンが欲しいんです
「私が桑をテーマにしたのは、地域の財産であるし、育んできた生活文化だから。そういうものを継承し、後世に伝えていくことに障害者が参画できたら素晴らしいし、その過程で仕事の場を創出できたら一石二鳥ですね。障害者に限ることなく、今後は増え続ける地域の高齢者も一緒になって仕事をしていけたらいいと思います」
さらに、敷地内に併設された『すまいる』(生活介護事業)の作業のメインテーマとなっているパステルの織物の原点は、世界遺産本場結城紬にあります。桑の木を栽培し、養蚕を仕事とし、蚕から糸を取るこの紬糸とりの技術は、栃木県紬技術センターから指導を受けているといいます。パステルの利用者は技術職人として育ち始めているようです。今後、小山の紬糸を織り込んだ商品を「花teori―Japan」というブランドとして開発予定です。
施設内には随所に10数台もの織物機が設置され、利用者は衣類、バッグなどの制作に没頭していました。その仕上がりは素晴らしく、どこかの商店街へ持っていけば高値がつきそうです。
「そこなんですよ、私たちが今考えているのは。商品には絶対の自信があるので、これらを何とか全国的な販売ルートに乗せたいんですが、残念ながら人がいない。優秀な営業マンを探しています」
ヨーロッパ諸国では、ビジネス手法で障害者の仕事や働く機会を獲得する「ソーシャルファーム」が盛んといいますが、石橋さんの思考はそれに近いものがあります。
重度者、先天的に障害を持つ人などが暮らすグループホーム『思川桜』も見せてもらいました。通路の一角にパソコンを設置し、ひとり黙々と作業を続けている人がいました。彼は千葉県にオフィスを持つ企業の契約社員で、グループホームをオフィスに1日6時間・週5日間の「在宅就労」をしているところでした。彼と障害者雇用に熱心な企業の間を取り持ったのも石橋さんです。
全国トップクラスで月給6万5000円
社会福祉法人の経営者として、石橋さんの経歴は明らかに異色です。日本社会事業大学を卒業後、県内の中学校教員になりました。3年後に養護学校(現在の特別支援学校)に配属されると、そのまま定年1年前まで勤め上げました。そして、40年近く働いて得た退職金を全額つぎ込んで社会福祉法人を立ち上げたのは、今から20年前のことです。
「学校で一生懸命育てた子たちが、卒業すると仕事がなく家に閉じこもってしまったり、20歳までに辞めてしまう。そいういうケースをいやというほど見てきました。障害者の場合も、自分のお給料で生計を立てられなければ自立とはいえません。そういう環境を作ろうと、思い切ってこの事業を始めました」
経営者としてはビギナーですが、障害者の気持ちもご家族の思いも手に取るようにわかります。そこに成功の秘密があったのかもしれません。ただ、まだ課題が多いのも事実。パステルの収益ナンバーワン事業は「弁当&惣菜」づくりで、利用者と職員向けに1日300~400食もつくります。福祉施設が利用者に支払う給料としては全国トップクラスですが、それでも月給6万5000円がやっとだといいます。障害者の経済的自立へは、遠く険しい道のりです。最後に今後の目標を聞いてみました。
「桑のプロジェクトはまだ始まったばかりで、これを成功させるのが当面の目標です。成功というのは、商品の市場化によって障害のある方々、地域の高齢者、社会のはざまで苦しんでいる方々に仕事があり、そのことが生きがいになるということです。我が国の高齢社会への道のりは、社会福祉法人が地域をリードしていくことも重要と考えています。すべての人が地域の一員として、生きがいと居場所を求めて夢を実現できる社会を目指したいと思います」
日本版ソーシャルファームのさらなる展開に期待です。
戦後の混乱期の中、人間の尊厳を踏まえて彼らの自立生活を支援しようと奮闘した糸賀一雄。「知的障害児・者の父」と呼ばれた彼が創設した日本の重症障害児福祉の草分け「近江学園」の建設史です。
現代で安定的に福祉サービスを提供していくために、福祉法人における経営戦略の必要性と方法を解説している本です。