「どんな人でも質の高い仕事を」叶えるのは“チョコレート”
全従業員の過半数が障害者
砂糖・ミルクなどを一切使用しないカカオ100%のチョコレート、これをピュアチョコレートといいます。厳選された原材料を使う分値段は高くなりますが、ギフトやクリスマスプレゼントとして高い人気を誇ります。「久遠(QUON)」は、ここ数年で急速に頭角を現したピュアチョコレートのブランド名です。久遠チョコレート本店は愛知県の東海道新幹線豊橋駅前、アーケード商店街の一角にあります。小さな店はガラス張りで、職人さんが黙々とチョコを溶かしているところや丁寧にパッケージを組み立てている姿が見えます。彼らが何らかの障害を持っているようには見えないし、店もそれを売りにすることはありません。
こじんまりした本店の印象からは想像しづらいですが、久遠チョコレートの事業所は7月末時点で全国32拠点を数えます。その内訳は、直営7(豊橋3、横浜、渋谷、京都、東京)、社会福祉法人などが運営するフランチャイズ(FC)店が25。ブランドを立ち上げたのが2014年4月なので、わずか4年少しで急拡大を遂げたことになります。年商は昨年5億円に達しました。久遠を注視しているのはチョコレート業界だけではありません。FC店を含む全従業員数330名中、180名が障害者という事実、そしてその給与額が障害者福祉関係者を驚かせています。運営法人である一般社団法人ラ・バルカグループ理事長で、久遠チョコレート代表の夏目浩次さんは言います。「障害が重いから、福祉事業だから仕方ない、と言って障害者の賃金が異常に低いのがわからない。僕は福祉ショップをやりたいわけじゃないんです。障害者が働ける場所をつくるのではなく、“稼げる”場所をつくるのがブランドを立ち上げた目的です」
チョコレートなら稼げる
きっかけは1冊の本でした。土木コンサル会社に勤務していた夏目さんは、宅急便を創始したヤマト運輸社長が書いた『小倉昌男の福祉革命──障害者の月給1万円からの脱出』にたまたま出会い、障害者が置かれている立場に愕然としたといいます。さすがに月給1万円はないだろうと自分の足で調べ歩き、月収3,000円~4,000円がむしろ一般的であることを知りました。一方で、仕事でも障害者への対応に違和感を覚えていました。バリアフリー設備の建設に携わっていましたが、コストなど建設側の都合に合わせた設計がなされていたのです。障害者にとって不便だと訴えても、上司に「理想を追い求めても仕方がない」と一蹴されたといいます。そんな中、仕事で抱いた違和感と、障害があるから給与が安いのは「仕方がない」と考えられているという事実が繋がり、自分の手でなんとかしたいと会社を辞めました。
障害者を雇い、しかも健常者並みの賃金を支払うとしたらどんな商売があるのか──。まず初めに、障害者3人とパン屋に挑戦しました。試行錯誤しましたが、慣れない分野でうまくいかず借金だけが膨らんでいきます。やはりだめなのかとあきらめかけた時、知的障害がある店員が商品の名前とその価格をノートに書いて必死に覚えようとしているのを見ました。障害者も、自分の力で立ち上がろうとしている。この姿を見た時、このままあきらめてはいけない、と心が決まりました。パン屋を続けながら障害者を雇用してカフェ、飲食店、名刺印刷など事業領域を拡大していきました。ところが、商品に一定の品質を求めようとすると、重い障害者は対応できず排除しなければならない、という壁にぶち当たりました。できないから「仕方がない」で済ませたくない。そんな中出会ったのが、チョコレートでした。「障害者には難しいからと、チョコレートとケーキだけは絶対やらないと決めていた。ところが真逆でした。僕がやろうとしていることはチョコだからこそできる。それに気づくまでに15年かかりました」と言い、その理由を詳しく説明してくれました。
まずはその製法がルーチンワークであること。「チョコレートというのは溶かして固めるだけ。正しい材料を正しく使えば誰でも品質の優れたものを作れます。商品のバリエーションは豊富ですが、混ぜる材料を変えているだけなので無理なく対応できています」。第二に、失敗してもリカバリー可能なこと。「失敗したらまた溶かして作り直せばいいし、小さな修正はドライヤーで熱を加えれば調整できます。それに、基本的に30cmのボールの中の作業なので、緊張感を強いられることなく自分のペースで仕事ができる」。久遠の従業員の95%は菓子製造未経験者といいますが、それでも高い生産性を発揮できています。「パンは早起きして5~6時間かけて作り、ようやく200円の商品ができます。チョコは30~40分あれば何万円に相当する商品を作れます。パンのように時間・労力を必要とせず、それでいて生まれてくるものは高利益・高単価。保存がきくので流通にも適し、量も期待できます」。
月収は全国平均の3倍を実現
チョコレートと出会えたことで、事業を継続するうえでの壁をクリアしました。「お客さんを満足させる品質やサービスを維持するには、作り手に相応の能力・適性が求められます。カフェであればスピード、パンであれば50種類作るオペレーション。それができない人は排除しなければならない。しかし誰でも働ける場所を目指していたので、悶々としていた」。どんな人でも受け入れられるビジネスはないかと探しあぐねていたところ、ついにチョコレートという金脈にたどりついたのです。「自然界で唯一、“人に時間を合わせてくれる食材”がチョコ」だといいます。
さて、肝心の給与はどうなのでしょうか。直営の豊橋3店舗の従業員は15人、うち7名が障害者です。直接雇用となる豊橋本店は月額15万円を確保しています。時間給に換算すると、健常者がパートで働いた場合(時給950円)とほぼ同じといいます。FC店は障害福祉サービスの枠組みとなり、雇用契約を結ぶ就労継続支援A型、もしくは雇用契約を結ばず職業訓練、リハビリが主となる就労継続支援B型の雇用形態となります。厚労省によれば、平成28年度のA型の平均賃金月額は67,795円、B型は15,033円です。これに対して久遠チョコレートは、FCのA型平均が89,000円、B型平均は全国平均の3倍である45,000円になるといいます。
多様な障害者の受け皿になりたい
障害には、身体障害・知的障害・精神障害があります。最近では特に、発達障害が大きな社会問題となっています。久遠チョコレートはなるべく大きな受け皿を用意し、多様な障害者を雇用して社会の期待に応えたいといいます。「現に熊本店では、ひきこもりや不登校の高校生が11名、アルバイトで働いています。名古屋店は2階に障害児の支援事業所があり、重い障害を持つお子さんの母親がここに子どもを預けて働いています。8月オープンの秋田店と旭川店はデイサービスをやっている団体がFCとなるので、高齢者も雇用できると思います」
久遠チョコレートには、有名百貨店のバイヤーも熱い視線を送っています。昨年はチョコレートの売上日本一と言われる名古屋高島屋の催事に招かれました。
「初めは障害者を雇って社会貢献しているところ、と福祉目線で見られがちでした。ところが、最終的に出店していた150ブランドの中でも上位の売り上げを記録しました。自信になりましたし、すごくうれしかったですね」
出店やFCの問い合わせは年240~250件ペースであるといいます。無秩序な展開はブランドの品質を下げるので、当面は年間5店舗ずつと決めています。
「一人でも多くの障害者に稼げる場所を提供するのが僕の使命。そのためにはもっとブランド力を強化する必要があります。日本のチョコレートのギフトマーケットは年間4,000億円なので、最終的には、その1%にあたる40億円をとれるブランドに育てたい。そこまで行けば、1つのブランドから1つのメーカーになっているだろうし、業界の見方もガラッと変わると思います」
元コンサルの夏目さん、長期的な事業計画には自信があります。8月には豊橋に第3工場が、10月には新たに4店舗がオープンする予定です。
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ヤマト運輸の『クロネコヤマト宅急便』を創った小倉昌男氏は、障害者の並外れて低い賃金を憂い、晩年は雇用環境改善に尽力しました。月給1万円という障害者就労の現状を打破すべく、経済と経営についてわかりやすく説明した本です。