“生まれてくれてありがとう”を伝えたい
助産師の「いのちの授業」のつくりかた
助産師の経験と知識を子どもたちへ
望まない妊娠や中絶、子どもを育てられない環境での出産、性感染症や間違った知識によって起こる問題……。大きな幸せをもたらしてくれる妊娠と出産には、一方で、直視するべき暗い側面もあります。
大阪府茨木市にある済生会茨木病院・産婦人科の病棟助産師、看護師がチームを作り、2014年から、北摂地域の小・中学校や支援学校で「いのちの授業」をはじめました。病棟師長で、1,000件以上の出産立ち会い経験を持つ「アドバンス助産師※」の惠(めぐみ)愛さんは、その発起人のひとりです。
「妊娠や出産が辛い体験になってしまう女性や、傷つく子どもたちを一人でも減らしたいと常々思っていました。出産に立ち会う中で経験したことや感じた生の声を学校で伝えられれば、正しい知識を持って、考えて行動できる子どもを学校の先生とともに育てることができます。病院に勤務している助産師だからこそ出来ることだなと。産む側も生まれてくる側も、双方が幸せであってほしいと願ってこの活動をはじめました」(惠さん)
授業内容は、妊娠、出産、育児だけでなく、思春期や多様な性のあり方に触れることもあります。職業体験に来た中学校からの相談をきっかけに出張授業をはじめ、その後は、病院のホームページや看護協会などを通して依頼が入るようになりました。
※アドバンス助産師
一般財団法人日本助産評価機構が実施する「CLoCMiPレベルⅢ認定制度」により、認証を受けた助産師のこと。助産実践能力が一定の水準に達していることを評価し認証する仕組みで、認証者は2022年時点で9032名。
見て、聞いて、体感する命の授業
「いのちの授業」で最も伝えたいのは、「生まれてくるすべてのいのちが大切」というメッセージ。 助産師と看護師が一方的に話すのではなく、子どもたちにも手伝ってもらいながら、学校の先生と一緒に作り上げる参加型の授業を行なっています。
そのため、授業の開催前に、クラスの特徴や先生の思いをヒアリング。自己肯定感の低い子が多い、相手の気持ちを考えず発言する子がいる、親がシングルの家庭が多い――など、クラスの実態に合わせ、内容を変更したり、使う言葉に気を配ったりしながら、先生と一緒に授業を組み立てます。直接会って子どもたちと話すからこそ、些細な表情の変化にも気がつき、毎回の雰囲気に合わせながら臨機応変に授業を進めることができるのだといいます。
「例えば、おなかの中の赤ちゃんを人形で表現するクイズ、大きな子宮の袋に入ってもらう子宮体験のほか、先生と一緒に『出産』をテーマにした寸劇も行ないます。先生の演技は、子どもたちの関心をひときわ引き付けています」(惠さん)
コロナ禍もリモートで参加型授業を継続。妊娠後期の体重増加量8キログラム分の本をランドセルに入れ、前に抱えてみる妊婦体験などを行なったそう。大きくなったおなかで足下が見えない、体が重い、寝るのも大変と、実感した子どもたちは驚きの声をあげます。
「ある中学の先生から『いのちの誕生の闇の部分も話してほしい』という要望があり、望まない妊娠や性感染症で将来妊娠しにくい体にならないように、自分を大切にしてほしいという話をしたこともあります」(惠さん)
「生まれてきてくれてありがとう」
授業の後は、病院にお礼の手紙が届きます。死産した弟や妹のいる子どもから、「おなかの中で死んでしまったけど、頑張っていたのを今回の学習で知った。よくやったねと思った」という声が寄せられることもあったそう。
ほかにも、「赤ちゃんはものすごく小さいけど、そのいのちは、ものすごく大きいんだなと思った」「妹や弟を大切にします」「お母さんはおなかが痛い中で産んでくれたんだと思うとすごくうれしい」といった声、また、先生からも「子どもたちへの伝え方がわかった」といった感想が返ってくると惠さん。
「子どもたちの生活環境はそれぞれですが、誰にも共通するのは、『おなかの中で大切に育てられないと、生まれてくることができない』ということ。一番伝えたいのは『生まれてきてくれてありがとう』というわたしたちの気持ちです。この思いは授業で必ず伝えるようにしています」( 惠さん )
「亡くなるいのち」ではなく、「生まれてくるいのち」について話そうと助産師たちがはじめた「いのちの授業」。いのちが誕生する仕組みを体感しながら知ることで、自分のいのちも、周りの人のいのちも大切だという授業に込めたメッセージが、確かに子どもたちへと伝わっています。