多職種連携で障害児入所施設の“食卓”を変える
「食べる楽しさ」をすべての子どもたちに
食事は健康な体づくりに必要不可欠なもの。それだけでなく、誰にとっても毎日の“楽しみ”になるものです。
しかし、障がいによって、食べ物を飲み込めない、お箸をうまく持てないなど、食事そのものにハードルを抱えてしまうこともあります。 大阪府済生会大阪整肢学院は、3歳から18歳までの子どもたちを対象とした医療型障害児入所施設です。ここで暮らしているのは、身体・精神・知的に、軽度~重度の障がいがある約90人の子どもたち。家庭での療育が難しい、併設している支援学校に通っているなどの理由で、入院が長期にわたる子どもも多い施設です。
施設がビジョンとして掲げているのは、「子どもたちの“できる”がふえて笑顔に」。医師の治療と並行して、生活のサポートや指導、また、将来的に地域で自立した生活を送るために、就学や就労などの支援も行なっています。
この施設で働く理学療法室長の大野小百合さん。
施設運営のなかで課題だったのは、子どもたちに安全で楽しい食事環境を提供することだったと振り返ります。
課題の背景にあったのは、さまざまな職種がサポートにあたるため、統一した食事介助ができないこと。
また、職員のそれぞれの業務の都合に合わせて、全介助と半介助の子どもが同じ時間に食事をする配置になっており、最後まで介助が必要な子どもを見ていると、他の子どもの声に耳を傾けられないという状況も起こっていました。 そのため、「早く食べなさい」「頑張りなさい」といった注意や指導の声が出やすい環境だったと話す大野さん。子どもたちの声は聞こえてこず、食事本来の「楽しく食べる」時間とは、かけ離れている状況だったと言います。
「子どもによって、食べ物を飲み込みにくかったり、むせやすかったり、摂食機能(食べ物を判別して口に入れて飲み込み、胃に入るまでの過程)のレベルはさまざまです。 嚥下に問題のある子どもが誤嚥を起こしそうになったり、介助方法に困ったときに職種の違う職員同士で相談しづらかったりと、ハード面でもソフト面でも問題が多くありました」(大野さん)
そうした状況を踏まえ、子どもたちの楽しく安全な食事の時間を目指すため、また、子どもに合わせた支援をどの職員も統一して行なえるよう、病棟とリハビリテーション部が協働。施設内での「食卓改革」がスタートしました。
楽しく食べる食事環境が多職種連携で実現
取り組みの中心となったのは、看護師2人、保育士2人、理学療法士1人、作業療法士1人からなる多職種チーム。まず着手したのは、子どもたちのグループ分けです。それまでは職員の業務の流れに合わせて食事を一緒にとるグループでしたが、グループの基準を「子どもたちの食事目標」に変更。
マナーの習慣、介助方法の統一など、共通した目標を定めている子どもたちを6つのグループに分け、同時に食事をする体制に。それぞれの食事場所も設定しました。
施設内のリハビリテーション部にも協力を仰ぎました。まず、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士ら19人のセラピストから、担当している子どもの「食事」の場面で気を付けるべきポイントを聞き取り。それぞれのグループごとに内容をまとめた「支援ポイント用紙」を作成し、食事場所の壁に貼って病棟職員がいつでも閲覧できるようにしました。
食事時間中、リハビリテーション部の職員は、用紙を見ながら各グループを巡回。食べている子どもの姿勢、食具や手の使い方、食べ方などを観察し、食事介助を行なう病棟職員と共有します。
「子どもの体に合わせて椅子や机が、機能的に使用されているかも確認します。例えば、椅子と机の位置が離れすぎている場合、姿勢が崩れて上肢機能や嚥下に影響が出やすくなるためです」(大野さん)
うれしそうに食べる子どもたちの笑顔が見たい
この取り組みを通して、大野さんはグループの見直しを食事目標によるものにしたこと、支援ポイント用紙の効果を日々感じているそう。
「それぞれのグループの食事場所を設定したことで、個々の特性に合わせた対応が行ないやすくなりました。その結果、それぞれのペースで楽しく食べてもらうことができるようになりました。また、リハビリテーション部の専門性を生かして作成した支援ポイント用紙が鍵となって、職員間で情報を共有しやすくなり、支援内容の統一を図ることができています」(大野さん)
病棟職員からは「介助が難しい子どもの対応時に役立った」「リハビリテーション部の職員と、食具・食形態の工夫や、姿勢・介助方法についてその場で話し合うことができた」といったうれしい声も。食事中に誤嚥しそうになった子どもの数は、取り組み前の4カ月間では5件(5人)でしたが、取り組み後の4カ月間では2件(1人)にまで減少。誤嚥予防にも効果が出ています。
楽しく和やかな雰囲気で食事をしていると、子どもたちから「見て、お箸でつまめたよ」「おいしい!」といった明るい声が聞こえてくるようになりました。
介助を行なう職員の声かけも変わりました。楽しく・おいしく食べるという意識に変えるために、注意や指導の声かけではなく、手づかみが多い子には「スプーン持ってみよう」、「これ食べてね」と食材を指さすなど、子どもたちの食べるペースに合わせて具体的な言葉をかけるように心がけました。
おいしそうに食べる子どもたちの姿に職員みんな喜びを感じていると話す大野さん。今後も定期的に支援ポイントを適宜修正し、よりよい食事環境づくりを進めていきます。