未来の医療人材を育てる
病院と大学が共に地域の子どもたちを育む
“新しい学習支援のかたち”
学習支援から“地域を支える医療人材育成”へ
2024年4月13日、長崎県済生会はソーシャルインクルージョンの活動として、地域の就学援助費受給世帯の子どもたちへの学習支援を目的とした「済生会こども鳴滝塾」をスタートしました。
「塾に行っていないけど、もっと勉強したい」「将来、病院で働きたい」――そんな思いを持ちつつも、経済的な理由で学びの場や機会を得るチャンスが少ない子どもたちへの“済生会ならでは”のプロジェクト。熟考を重ねた1年にわたる準備期と、実際に開塾してからの半年間について伺いました。
開塾までの道のり「ワークショップ形式で対話を重ねて」
2023年5月、長崎県済生会支部理事であり、長崎大学の副学長を務めたこともある長崎大学附属図書館長・浜田久之教授を室長として、本プロジェクトの準備室が設置されました。
メンバーは、長崎県済生会支部長、支部事務局長、済生会長崎病院の経営企画室長兼総務課長、地域医療連携センター長など職員7人。準備室の一人ひとりが支援のかたちを出し合ってワークショップ形式で協議し、理念を組み上げていきました。
開塾までに行なわれたワークショップは計11回。各自で情報を持ち寄りながら、具体的な活動方針や内容、問題点の洗い出しなどを進めていったそう。同年8月の第3回ワークショップでは支援の内容が「こども学習塾」に固まり、11月の第5回ではプロジェクトの目的に「将来医療人となり長崎の医療を支える人材を育てること」を明記。塾の名称が「済生会こども鳴滝塾」に決定しました。その後は現場責任者や学生ボランティアの募集、対象となる生徒への案内、入塾審査・説明会の実施などを行ない、4月の開塾に向けて準備が進められました。
このように丁寧に時間をかけてプロジェクトについて考え抜いたからこそ、職員が事業を主体的に捉えることができるようになったと準備室のメンバーは語ります。
スクラブに込めた思い
開塾にあたって塾生とスタッフが着用する2パターンのスクラブが制作されました。スクラブとは、医師や看護師らが着る首元がVネックになった半袖の医療用白衣のことです。
スクラブ制作を担当した長崎病院経営企画室の河野太祐さんは、「これは単なる制服ではなく、未来を拓く使命感と子どもたちとともに歩む決意表明です。塾生とスタッフはこのスクラブを一緒に着ることで、この意味を共有し、一層団結して活動していきます」と熱い思いを教えてくれました。
「分かった!」「できた!」の実感を大切に
こども鳴滝塾は、毎週土曜日午後1時から4時の3時間、長崎大学附属図書館経済学部分館を会場に、近隣の3つの中学校から集まった2~3年生6人が共に学んでいます。子どもたちに勉強したい内容や苦手な教科を持ってきてもらい、子ども1人に大学生ボランティアが1人つくマンツーマン方式で学習を支援。年の近い“お兄さん・お姉さん”とはすぐに打ち解け、分からないことを気軽に聞けるだけでなく、会場の長崎大学の図書館は、新しい本や専門書がたくさん置いてあって便利。静かな空間で雑音が少なく、勉強に集中できる最適な環境になっています。
また、大学生たちにとっても地域とのつながりを実感することができ、教えることを通して学ぶことも多いと好評で、現在では、長崎大学医学部、薬学部、経済学部、工学部、環境学部とさまざまな学部の8名の学生がボランティアとしてプロジェクトを支えています。
会場には、俯瞰的に塾を見守り、子どもたちが学びやすく、ボランティアスタッフが教えやすい環境を整えるために、元小学校教員のスタッフが現場責任者として常駐。時には、塾生の子どもと指導するボランティア学生の間を円滑につなぐ役目も担っています。塾のこれからについて「毎回、塾生に『分かった!』実感を持ってもらえることが、学力向上にもつながります。補習塾としての基本スタイルを持ちつつも、今後、子どもたちからこういうことがやってみたいという声があれば、柔軟に取り入れて支援の内容を変化させていきたいです」と話してくれました。
塾生からの一言
「わかりやすく教えてもらうことができ、年齢も近いので質問もしやすい。今まで解けなかった問題も解けるようになり、勉強することの楽しさにもつながって嬉しい。(中学2年)」
学生ボランティアからの一言
「自分たちが関わることによって、塾生が自らの課題を見つけ、主体的に勉強に取り組むようになりました。その成長していく姿を間近で実感できることにやりがいを感じています。いちボランティアとして参加しましたが、子どもたちの支援に大きく関わることができるこの事業のスタッフになれたことは、自分にとっても貴重な経験となっています。(大学3年)」
「働く医療関係者の声が聞ける」夏休みの医療者講話
夏休み期間は、学習習慣の定着と学力向上を目指し、毎週土曜の通常日程に加えて、全6回の追加開塾日が設けられました。
前半は、実際に現場で働く医療従事者を講師に呼び「医療者講話」を開催、後半は通常通りマンツーマンの学習支援を実施。初回は、済生会長崎病院食堂にて同院透析室の中川茜看護師が、仕事内容ややりがい、自分が看護師になるまでのエピソードを披露しました。塾生から「看護師になって大変なことは?」「どのくらい勉強したら看護師になれるの?」など質問も上がりました。講話を聞いた後の塾生たちは普段よりも、一層真剣なまなざしで机に向かっているようでした。
こども鳴滝塾「半年の活動で見えてきたこと」
4月の開塾より半年。塾生たちの学習意欲の向上、塾で学んだ科目に対する自信も見えはじめ、学習支援の成果が出始めています。本プロジェクトのリーダーであり、済生会長崎病院 地域医療連携センター長の松崎優美さんは、今後の展望について次のように話します。
「こども鳴滝塾は、長崎大学が当院の学習支援事業の趣旨に賛同いただけたことで開始することができました。医療分野のスタッフだけではなく、長崎大学や対象校区の中学校など教育関係機関等と協働し、地域の課題解決を図るためにはじめた学習支援。今後も、こどもたちが安心して楽しく学習できる環境で、自身の将来のことを考える機会を提供できればと考えています」
医療と大学の連携により、地域の子どもたちを支援し、未来の医療人材の育成にもつなげる取り組みに注目が集まります。