誰も排除しない社会に
刑務所出所者の社会復帰に伴走。
更生保護施設に相談員を常駐派遣
刑務所出所者が抱える問題
刑務所や少年刑務所などから出所した人はどのように社会へ復帰していくのでしょうか。その過程にはさまざまな困難が待ち受けるといいます。例えば、平成24年版 犯罪白書によると、出所の際に所持金がほとんどなく適当な帰住先を持たない矯正施設出所者は、出所してから数カ月の再犯リスクが高いことが指摘されています。
周囲からの偏見も社会復帰に向けての大きな障壁となります。前科を理由に、入居や入社を断られたり、高齢や障害・健康上の理由から出所後にサポートが必要なのにもかかわらず、適切な福祉的支援にアクセスできず、孤立してしまう人もいます。では、これらの問題を抱える矯正施設出所者たちが、社会へ復帰し、安心して地域生活が送れるようにするためには、どのような支援が必要なのでしょうか。
地域生活に戻るためにサポートを手厚く
法務省保護局は、出所後に帰住先のない人に対して一次的な宿泊場所や食事を提供する、更生保護施設や自立準備ホームなどの普及に取り組んでいます。
更生保護施設は、法務大臣の認可を受けた民間施設で、全国に100カ所以上あります。専門職員が配置され、住居や食事の提供だけでなく、一人ひとりの自立に向けて、対人関係を円滑にするためのトレーニング(ソーシャルスキルトレーニング/SST)や薬物問題の改善プログラムなどが行なわれます。更生保護施設だけでは定員に限界があることなどから導入されたのが自立準備ホームです。保護観察所に登録した民間法人・団体などの事業者が運営を行ない、宿泊場所や食事の提供、自立に向けた規則正しい生活習慣や交友関係、金銭管理の指導も行なわれます。
一方で厚生労働省は、高齢者や障害者など、生活する上で福祉サービスが必要な人たちに向けて、地域生活定着促進事業を実施しています。
各都道府県に地域生活定着支援センターを配置し、刑事司法関係機関(保護観察所、矯正施設、検察庁、弁護士会など)や、行政、福祉事業者、医療機関といった地域の福祉サービスを提供する施設と連携し、退所予定の受刑者の帰住地調整支援をはじめ、福祉サービスについての相談支援と、「福祉サービス等調整計画」の作成、健康保険証の申請サポートなどを行ない、社会復帰や地域生活への定着を後押ししています。
全国で唯一、病院から相談員の派遣
大分県済生会は、平成22年に大分県から地域生活定着支援センターの運営を受託。同年から大分市の更生保護施設「あけぼの寮」で済生会日田病院による健康診断や巡回診療を行なうなど、矯正施設退所者への医療的な側面での自立支援に取り組んできました。また、あけぼの寮の近隣医療機関と協力し、継続的な治療が必要な場合にも安心して医療を受けられる環境を整えています。
平成27年からは、あけぼの寮へ日田病院の相談員が常駐職員として2人出向し、住所設置や健康保険、年金手続きなどをサポート。退所後も積極的にフォローアップを行なうことで、きめ細やかな福祉支援体制を整えました。
特に力を入れてきたのは、“自立生活の第一歩”ともいえる健康保険証取得の推進。
健康保険証は、住民登録のある場所に本人の居住状況が確認できないと行政判断で自治体が住民票を削除することがあり(職権消除)、受刑者が矯正施設を退所したときには住民登録がなくなっているケースも少なくありません。また、過去に保険料の滞納があると、住民票の再取得の手続きがより煩雑になってしまうために、入寮者自身の健康保険証を持つことへの意識が低く、これまでの保険証の取得率は44%と全体の半数にも満たないほどでした。
そこで、常駐派遣職員が入所者に対して手続きの必要性を粘り強く説明し、個々の状況に沿った対応を実施。これらの手続きの窓口となる自治体などの関係機関に対しても随時国民健康保険税の減免や分割納付を依頼するなど連携を深めた結果、現在では平均して90%以上の健康保険証取得率を達成できています。
更生保護施設において、医療関係者だからできること
病院から常駐職員が更生保護施設に派遣されることは全国唯一の取り組みです。病院から職員を派遣することにより例えば、入所後に末期がんの告知を受けても、退所後も関係機関との協働しながら、ふるさとへの旅行を実現したり、看取りまでシームレスな支援を行なったりといった従来のやり方では出来なかった支援が可能になりました。
現在、相談員としてあけぼの寮へ出向している石田圭さんと重光宏俊さんは、日田病院の医療社会事業室に所属。どちらもこれまで、高齢者介護や、障害者支援、医療ソーシャルワーカー、地域定着支援センターのスタッフなどの仕事を経験してきました。
「実際に刑務所出所者の支援に関わってみると、彼らの多くは誰にも悩み事を相談できず、孤独を抱えていました。私たち相談員はそうした人たちに寄り添い、犯してしまった罪や将来の夢などについて傾聴し、社会復帰に向けてその背中を押すことが求められます。」(重光さん)
「更生保護施設から地域へうまく馴染んでいくためには住民の方の協力が必要不可欠です。アルコール依存が原因で、犯罪を繰り返していた入所者が、居場所や役割を見つけ、明るくなった表情を見るたび、寄り添う人がいれば人は変わるんだと実感します。」(石田さん)
社会の理解を深め、再犯を防ぐ。
刑務所から出所し社会復帰を望んでいても、実際に地域生活に戻ってみると、社会から孤立し、生きづらさを抱える人は少なくありません。
大分県済生会が運営する地域生活定着支援センターでは、他にも職員が地元の大学の学園祭に刑務所出所者とともに出店したり、定期的に「刑務所出所者への支援」や「地域生活定着支援」について説明するセミナーを開催したりし、支援に対する理解の輪を広げています。
「誰一人取り残さない」社会にしていくには、更生保護施設や地域生活定着支援センターの相談員のように一人ひとりに寄り添った丁寧な支援を行なうとともに、私たちも刑務所出所者の生活についてともに考えていくことが大切です。