生半可では雇えない。元受刑者を理解し更生させられる社会に
刑務所を出所した人のなんと4割が、5年以内に再び刑務所に戻ってきます。特に、無職の場合の再犯率は有職者の3倍に達するといいます。元受刑者の雇用を拒む社会が、彼らの更生の道を閉ざしているのではないか―― 一人のナニワの熱血社長が「元犯罪者に職と住居を提供することで再犯を防ごう」と立ち上がりました。
親代わりになって徹底的に面倒を見る
草刈健太郎さん(45)は、建築物のリニューアルを専業にするカンサイ建装工業株式会社の三代目社長です。エネルギッシュな印象の草刈さんは、少年院出院者や刑務所出所者(刑余者)らを雇用して更生を助ける「職親プロジェクト」中心メンバーとしての顔も持っています。これは、「社会が受け皿をつくらない限り、刑余者は孤立し再犯に向かう」という理念の下、2013年に在阪企業7社を発起人に、日本財団と協定を結んでスタートしたプロジェクトです。現在は全国で100社の企業で構成されています。草刈さんも、これまで全国50を超える少年院や刑務所に出向いては会社説明会や面接を実施し、15人を社員として採用。今も4人が継続して働いています。彼らに塗装工としての技能を習得させ、職を与えることが更生の第一歩と考えるからです。裏切られることもままあるといいますが、それでも見捨てるようなことはしません。「親代わりとなったからには徹底的に面倒を見る。これが僕の方針です。一度社員になった子は絶対に逃がさない」。その言葉通り、かつて採用した人の再就職先を草刈さんがあっせんするなど、どこまでも寄り添う姿勢を忘れません。会社を辞めて飲食業をやってみたいと言った子には知り合いのホストクラブを紹介し、就職後もちょくちょく職場に足を運び励まし続けていました。一度黙って逃げ出した子が、もう一度働かせてほしいと訪ねてきたことも何度もあります。草刈さんは「『金に困ったら言って来いよ』と言うと、必ず連絡は来ますよ」と、あっけらかんと笑いますが、それだけではない懐の深さが伺えます。
妹を殺された俺が、なぜ更生を支援せなあかんのか
話は7年前の東日本大震災にさかのぼります。復興支援に協力しようと、草刈さんは大阪の地元有志と共に被災地の石巻に赴き、5,000食の炊き出しを行ないました。その中に、「職親プロジェクト」の発案者である千房ホールディングス株式会社(お好み焼きチェーン「千房」を運営)の中井政嗣社長、新世界の串カツ「だるま」でおなじみ、株式会社一門会の上山勝也社長がいました。「こんな田舎でも復旧が遅れてる。大阪で起きたらどないなるんや。折角集まったのだから、一過性のイベントで終わらせず、大阪のために何か考えよう」。
翌年、中井社長から草刈さんに「職親プロジェクトやってくれへんか」という要請がありました。当時の心境を、草刈さんはこう吐露します。「ウチの場合は建築業で、分譲マンションの大規模改修工事を受注しているし、お客様の区分所有のところで仕事をします。当然理解のある人ばかりではないし、仕事への影響を考えると最初は断ろうかとも思いました」。実際、入札で受注したにもかかわらず、競合会社から「あそこは犯罪者を雇っている」と顧客に告げ口され、仕事を断られたケースも出たといいます。それともう一つ、職親プロジェクトの仲間には伏せていた特別な事情がありました。草刈さんの7歳下の妹は、2005年、渡米中のアメリカで同居人に殺害されました。つまり自身が犯罪被害者なのです。犯罪被害者の自分が、なぜ加害者の更生に手を差しのべねばならないのか──こうした葛藤が、活動し始めたころは常に頭から消えませんでした。
生きていく心技体がまるでできていない
そんな草刈さんを、ここまで活動にのめりこませたものは何だったのでしょうか。少年院・刑務所で多くの人と関わり、一つの気づきが生まれたことが大きかったといいます。「彼らは社会で生きていくうえでの基礎知識があまりにも乏しいんです。精神年齢が実年齢より5歳も低い、ホンマに子どもです。なぜかというと、これまで親が全くレールを敷いてくれなかったから。生きていく心技体がまるで作られなかったんです。このことに気づいたときに、僕はこいつらを何とかしてあげたいと思いました」。
一方で、想像以上の困難がのしかかりました。「しょせんは子どもだから教えてやればよくなるだろうと思っていた。ところが深くつきあううちに、こいつらほったらかしといたらホンマにやばいということが分かってきたんです」。まず、採用しても出所するとすぐ逃げ出してしまうのです。「採用が決まると仮釈放で早く出られるのを利用したわけで、すぐ逃げよる。こっちは必至で何とか逃がさんようにする。もう、その繰り返しですわ」。
大変なのはここからです。平気でウソをつく、ある日突然いなくなる、同僚の財布から金を抜く、犯罪に手を染める…。再犯した元社員の裁判で、もう一度チャンスが欲しいと頭を下げたこともあります。「それだけ長い間悪いことをしてきたし、親の愛情を知らずに育ってきたんです。生半可に雇おうとしても無理だということを思い知らされました」。
裏切られても傷つくな、笑い飛ばせ
彼らを指導する現場の上司は、一人ひとりの個性を踏まえ相性を考えてマッチングします。それでも衝突は起きます。草刈社長は上司となる職長に、普通なら「偏見や先入観を持たずに接しろ」というべきところを、あえて「常識が通じる相手と思って対応するな。裏切られても傷つくな。それが普通だ、笑い飛ばせ」と釘を刺します。もちろん、それが彼らへの差別や偏見から出ているのではないことを、社員はもちろん、少年たちが一番良く知っています。同じ出所者でも、少年院の場合は特に難しいといいます。「なぜならまだ心が育ってないから、そこから形成してあげないといかんからです。彼らは親に無茶苦茶されてるんですよ。だからもう1回幼少期に戻してあげないといけない。なんでこいつ簡単に人を裏切れるんだろうと思うけど、彼らには普通の人なら当たり前にある、愛情にくるまれた幼少期がほとんどないんですよ。そこを理解してあげないといけない」。それは、これから刑余者の雇用を考えている企業にも言えることだといいます。
社内の雰囲気はどうでしょうか。総務部部長の川北さんは、刑余者の採用を決めた当初について、「社内で反対する人はいなかった」と話します。「実際に雇用し始めた後も、やめるべきだという声は特に上がりませんでしたね」。雇用が定着した頃に入社した総務部主任の今中さんにいたっては、社全体として当たり前だという空気があり、自分もすぐなじめたとか。
刑務所で出張職業訓練を始める
「この問題にはみんな興味あるんですけど、実際に行動に移すことが非常に難しい。でも、どこかでリエントリーできるチャンスを与えてやらないと」──草刈さんは近々、雇用したものの逃げられて損害を被った企業のリスクを軽減させる保障制度をつくる計画です。
一方で、日本財団との共同提案により、より能動的な更生支援策にも着手しました。出所してからでは遅い、受刑中に職との出会いの場をつくろうというコンセプトのもと、刑務所に向けての「出張職業訓練」を開始したのです。兵庫県の加古川刑務所では、現在、建設業29業種の実地訓練を定期的に実施しています。これはよくある資格取得のための講習ではなく、ペンキの塗り方、型枠大工の作業、クロスの貼り方、ユンボの操縦など実践的な体験です。訓練では、一人前の職人に育ったかつての受刑者が先生となって指導する場面も見られました。「仕事には相性がある。社会に出たらこんな仕事やりたいな、というイメージをつかんでもらうだけで違うから」と草刈さんは話します。
活動を通して自分自身が得られたことについて聞いてみました。「よかったなと思うのは、家族や周囲の愛情を与えられないで育つと人間はどうなるかを勉強したこと。僕自身、親に感謝するようになりました。1人の会社経営者として人づくりを底辺からやることがいかに大切かを、身をもって知りました」。最後に「それにしても、どうしてここまで…」と尋ねると、草刈さんは遠くを見るような顔で答えました。「因果応報というんかな。天国の妹から“やれ”言われてんのかと思うことがありますよ」
実際に刑余者が働く府内の現場を訪れました。現場リーダーと笑顔で言葉を交わしながら仕事に励む様子に、草刈さんも目を細めます。給料は、ほかの社員と同じ評価基準、額で支払っており、実力次第で昇給もあります。彼に社長について尋ねると、「よくしてもらっています」と、はにかんだように答えました。
「おまえ、どしたんやその髪の色!」草刈さんの驚いた声に、自慢げな笑顔で答えます。真正面から向き合ってきた二人の絆が垣間見えました。
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死刑廃止論者の修道女と、強姦殺人の罪で捕まり無罪を主張する死刑囚の実話。修道女は死刑囚のカウンセラーとなり、死刑撤回を求めて執行その日まで奔走する。