まさか仕事になるとは――シニアの“特技”と社会をつなげる
落ち込んでいる義母を、趣味を生かして励ませないか
「お義母さんの美しい手編みを、ファッションと融合してみたらどうだろう――」 4年前、こんな思いが楠佳英(くすのき・かえ)さんの脳裏に浮かびました。ビヨンドザリーフ代表である楠さんは、当時、有名ファッション誌のライターとしてバリバリと働いていました。しかし、大きな一軒家に1人暮らしの義母、楠美智子さんの寂しそうな様子がいつも気になっていました。
「義母は専業主婦だったので家族の世話をするのが日常でした。それが、父が亡くなり子ども達も独立し、いざ1人になると変わりました。1日中テレビを見て過ごし、少しずつ身体の不調を訴えるようになったのです。それでも編み物は好きで、テレビを見ながら作った物を私にプレゼントしてくれました。一つ目より二つ目、三つ目と、どんどん上達するのを見て、『お母さんの好きな編み物を仕事にすることはできないか、この膨大な時間と労力を新たな価値に変えることはできないか』と思い、試しに一つバッグを編んでもらうことにしたのです」
佳英さんがリクエストしたのは、これからはやりそうだと目をつけていた毛糸のクラッチバッグ。わずか数日で美智子さんが完成させたバッグは、想像以上の出来でした。佳英さんの仕事仲間にも好評で、ファッション誌のモデルに持ってもらい雑誌に掲載することに。「掲載してしばらくしたら、雑誌を見た読者さんから『このバッグはどこで売ってるんですか?』って、問い合わせがきたんですよね」
これがビヨンドザリーフの始まりでした。
社会から必要とされるから輝ける
商品の販路を確保していなければ雑誌に掲載できなかったので、佳英さんはインターネット上での販売を決意。美智子さんに追加のバッグを依頼し、ウェブデザイナーである義理の妹がホームページを作成、ネットショップでの販売が始まりました。一つ目のクラッチバッグを作ってから、ここまでわずか3カ月足らずのことでした。
「当初は、実店舗を作らずネット販売だけでいこうと考えていました。まずは、試着が不要でインスタ映えしやすく、女性ならいくつでも欲しくなるバッグでいこうと決めました」
義母の美智子さんがいきいきとバッグを編む様子を見ているうちに、「同じような状況の高齢者がたくさんいるはず。このプロジェクトは高齢者に新たな仕事と役割を見出せるはずだ」と思うようになり、編み物の上手な高齢者を探すことに。偶然目にしたネット記事から、横浜にあるNPO法人「五つのパン」が運営するコミュニティカフェ「いのちの木」の編み物サークルに出会い、60代から80代のおばあちゃん3人が協力してくれることになりました。3人とも趣味として編み物に長年慣れ親しんできたが、仕事として編み物をするのは初めて。最初は戸惑っていたものの、一緒に挑戦に乗ってくれました。
「私の義母もそうですが、昭和の主婦はとても働き者です。年をとったから縁側でお茶でも、なんて思っていない。もっと働きたいし、社会とつながりたい、社会の役に立ちたい、という気持ちがあるはずなんです」
実際に、仕事を通しておばあちゃんたちはどんどん元気になり、若返っていきました。自分が社会から求められていること、社会と接することで新しい空気を吸収できたことが、彼女たちに生きがいをもたらしたのです。
社会とつながりたいシニアや主婦の受け皿に
制作者の一人である宮川昌子さんは70代後半。若い頃から裁縫や編み物が好きで、セーターに帽子、バッグ、小物、ブランケットとさまざまなものを作ってきました。「まさか編み物で仕事ができるなんて、思ってもいませんでした。私の作るものを待っていてくれる人がいるというのは、生きる元気が湧きます。体も自然と元気になりましたね。でも、私たちが元気で、能力を発揮できる場所で楽しんでいるのを見て、一番喜んでいるのは子どもたちじゃないでしょうか」
実は、これこそが佳英さんの狙いでもあったのです。
「今、高齢者の方はたくさんいるけれど、彼らの能力が十分に発揮できる受け皿が社会に不足しているように思えます。義母のように専業主婦で生きてきた人は、能力があっても社会への出方がわかりません。子育て中のお母さんだって同様です。ブランクがあって、いきなり社会に出てバリバリ働くとはいかない。
社会とつながりたくてもそれが叶わない人たちは大勢いるのです。そんな人たちが活躍できる場を作ってあげれば、もっといきいきとした人生を送れます。そしてこの問題は、私たちの世代にとっても他人事ではありません。自分の親の介護、さらには自分自身が高齢になった時に、必ずついて回る問題です。だから義母にも昌子さんにもどんどんメディアに出てもらって、シニアでも主婦でもこんなに活躍できるんだよということを、多くの人に知らせたいんです」
商品だけでなく理念も認められるブランドへ
ビヨンドザリーフのコンセプトは「昔からあるけれど出合わなかったものの組み合わせから新しいものをつくる」です。商品には海のモチーフが付いていますが、「冬」を象徴するニットに「夏」を象徴する海のモチーフ、新作ラインナップの籐とうの籠かごとニットの組み合わせ、作り手のおばあちゃんとユーザーの若者、おばあちゃんとファッションブランドなど、意外な二つのものの組み合わせから新しい価値観を生み出そうとしています。
こうした働きが評価され、2015年に投資家の後押しもあり、ビヨンドザリーフは法人化しました。法人化すると、需要と供給をバランスよく回し、ビジネスとして安定させることが要求されます。特に大変なのは、商品の規格を統一しての制作を徹底することでした。
「同じ編み図から編んでも、人によって手の大きさや力加減などが違うため、仕上がりのサイズが異なってしまうのです。商品となるとそれでは困るので、全員の編み目をそろえてもらうように指導しました」
それでも検品の際には半分ほどが編み直しになるといいます。それに加え、出荷スケジュールも考えて商品の制作をする必要があります。商品を届けるのは、注文が入ってから1カ月以内。期日に遅れないように、また商品の不足や不良在庫を出さないよう、綿密に準備をしなければなりません。 一方で、一つ一つの商品を丁寧に、心を込めて作ってくれる制作者には、できるだけ利益を還元したい。そのため商品の価格設定はやや高めですが、そこには「一緒に新しい社会を作り上げよう」というブランドの理念も含まれています。商品の質や価値だけでなく、こうした理念も含めて理解し、ファンになってくれる顧客が、全国にじわじわと増えてきています。
リアルの場だからできること
昨年8月、横浜市内に実店舗兼アトリエをオープンします。商品が陳列されているのはもちろん、中央にある大きなテーブルでは頻繁にワークショップが開催されます。 「ブランドを立ち上げて4年。ネットショップであっても、『売る』だけではなく、オフラインでの人とのつながりも大切にしてきたので、そろそろ人の集まるリアルの場所が欲しくなったんです」
商品を送るときは、制作者の名前が書かれたネームタグを同封します。これが好評で、顧客から自分がバッグを買った動機や、実際に使った感想などが届きます。こうした反応が、作り手のおばあちゃんやお母さんたちの大きな励みになっています。
昌子さんが、ビヨンドザリーフのファンという女性が関西から来店したときの話をしてくれました。
「そのお嬢さん、私の作ったバッグを持っていらして、制作者が私だとわかって喜んでくださったんです。うれしかったですね。実際にショップができると、こうしてお顔を見てお話ができるんですね」
ワークショップでは、教えることで交流が広がることも実感しています。
「おばあちゃんたちは教えるのが上手ですし、参加する若い人たちも、彼女たちから編み物だけでなく、いろんな人生の知恵を学んでいるみたいです。リアルの場を設けると、こういうことができるんですね。自分が実践してみて、全国には高齢者の方の技術や知恵が埋もれた場所がきっとたくさんあるということに気づきました。だから私たちのやっていることがもっと認知されると、他の地域でもリーダーが登場したり、コミュニティが活性化されたりするのではと思うんですね。日本には可能性が眠っている地域がまだまだ潜んでいるはずです」
そのためにも、まずは地盤固めから。自分たちが楽しんでコミュニティを盛り上げることで、地元で認知してもらい、地域に根付いていく。道のりはまだまだ長いですが、これからも仲間と一緒に楽しみながらやっていきます。
Blu-ray ¥2,381 円+税 / DVD ¥1,429円+税
販売元: ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
アン・ハサウェイとロバード・デ・ニーロ主演。ニューヨークでファッション通販サイトを運営している若い女社長と、シニア・インターンとして採用された70歳の老人の交流を描いたコメディ。
「体験を売る」という実践的マーケティング手法の考え方の著者。さまざまな成功事例を新しいマーケティングの発想を交えて紹介している。