すべての子どもたちに学習と食事の機会を提供したい
2019.02.22

「このNPO自体がなくなること」を目指し子どもと向き合う

京都 よのなか塾
Let’s SINC
問題を抱えた家庭やその子どもたちを社会全体のこととして捉え、学習面から生活面まで支援する
ひきこもりや貧困家庭といった言葉を目にするようになって長い間経ちますが、解決策は決して単純ではありません。これに対し「世の中全体がもっとこの問題に気づき、一人ひとりが理解し、課題に向き合うことが大切」という思いで子どもたちに向き合っている人々がいます。京都府舞鶴市で2014年に始まった「よのなか塾」は、学習指導や子ども食堂などに取り組み、さまざまな問題を抱えた子どもたちの大切な居場所となっています。創設者の夫妻を訪ねました。

元教え子からの「勉強を教えてほしい」が始まり

広いオープンスペースに、キッチンやプレイエリア、パソコンスペース、卓球台。雑多にも見えますが、子どもたちにとっては自分の好きなものがある楽しい場所です。何より、大らかで許された空気がこの空間には漂っています。この日もたくさんの子どもたちの姿がありました。

一人親や貧困など、さまざまな問題を抱えた家庭やその子どもたちを、学習面から生活面まで支援するグループの「よのなか塾」。元高校教員の早田太郎(はやた・たろう)さん、礼子(あやこ)さん夫妻が2014年2月10日に立ち上げました。創立のきっかけは、太郎さんが、教員時代の教え子から受けた相談だったといいます。

「当時、私は高校の教員を退職して、隣の綾部市にある就労支援施設『地域若者サポートステーション』(通称・サポステ)で働いていました。その頃に中退した元教え子がやってきて、『高卒認定試験を取りたいから、勉強を教えてほしい』というのです。その子に夫婦で勉強を教えながら話を聞いていると、勉強についていけなくなってドロップアウトしている子が多いことに気がつきました。サポステで行なっていた就労支援より、もっと前段階でのサポートも必要だと感じたんです」

最初に相談を受けて半年後、礼子さんがネットショップ運営のために借りていたスペースを活用して子どもたちに勉強を教えることにしました。すると口コミが広がり、「うちの子の勉強も教えてほしい」「ここで勉強したい」という声とともに、子どもたちが次々と訪れるようになったのです。その後、学習支援だけでなく、フリースクールや居場所としてのスペース、就職支援など活動の幅を広げていきました。それも、「それぞれ必要だったから」だと太郎さんは笑います。


よのなか塾理事長の早田礼子さん(左)と同代表取締役塾頭の太郎さん(右)

まともな食事もできていない子どもたちが大勢いる

勉強を教えているうちに大切だと感じるようになったのが、食事でした。礼子さんは、カップラーメンやコンビニ弁当を食べている子どもが多いことに気づきました。

「親が忙しくて食事を用意できないんです。食事は、子どもの成長にとってとても大切なこと。このスペースには台所もあるから、ここで『子ども食堂』をしようか、となったんです」

「子ども食堂」とは、貧困家庭の子どもや一人でご飯を食べている子どもに対し、無料または低額で食事を提供する取り組みのことです。2012年頃から徐々に始まり、礼子さんもその存在を耳にしていました。早速フェイスブックで調理を手伝ってくれる人を募集したところ、すぐに隣町に住む小松美香(こまつ・みか)さんが手を挙げてくれました。ちょうど小松さんも、子ども食堂をやりたいと考えていたのだといいます。小松さんは当時をこう振り返ります。

「私は自営で創作フランス料理のレストランをしているのですが、高校生くらいの子がお店に来ることも多く、子どもの食事には関心がありました。近所のいわゆる貧困家庭の子がいつもアイスばかり食べているのを見かねて、家に呼んで料理を教えたこともあります。取り巻く環境にも問題はあるのですが、とにかく子どもたちにはきちんと食べることの大切さを知ってもらいたいと思っています」

そんな小松さんが早田夫妻に会い、話はとんとん拍子に進みました。そして2015年、「なかよし食堂」は始まりました。週に2回はおかずつきの夕食で、小松さんは毎週1回自分の店を早く閉めて食事を作りに行きます。残りの日もごはんとみそ汁を提供します。


週1回手伝いに来てくれる小松美香さん(右)と夫の裕幸さん(左)

食材は寄付でほぼまかなえており、自前で食材を仕入れる必要はほとんどありません。フードバンク(食料品の寄付)や企業からの提供も充実してきました。ふるさと納税の食材を送ってくれる人や、よのなか塾のために休耕田を再利用し、採れたお米を送ってくれる人もいるのだとか。お店のお客さんが小松さんの活動を知り、食料品を寄付してくれることもあるといいます。ただ、食材を見ると「90年代の人気料理番組『料理の鉄人』(フジテレビ)のよう」だと小松さんは笑います。

「例えばパスタはゆで時間が違うものがそろうこともあります。時間差でパスタを投入して、足りなかったらマカロニを入れたり(笑)。寄付されたコーンサラダを使ってパンを焼いたり、シチューを作ったりもします。さまざまな食材を、どうやっておいしく、バラエティに富んだ料理にするかは、フレンチのシェフとして腕の見せ所。食べられないものを食べられるようになったと言ってくれた子もいました。そういう声を聞くと本当にうれしいです」

「なかよし食堂」への協力方法は三つ。調理や配膳、洗い物といった実際のお手伝い、食料品の寄付、そして、大人の「食べるドネーション」です。1回の夕食の料金は、子どもが1人200円、大人が1人400円。大人が1人食べると子供2人分の収入となるため、大人が食べることで、子どもたちに還元できる仕組みです。子どもと一緒に親が食事をとることもよくあり、地域の人が夕食を食べに来るだけでももちろん大丈夫です。


小松さんの手料理と誕生日祝いとして寄付されたケーキが並ぶ

夕食の後は、勉強の時間。クラスは1~3人の少人数体制で、現在の塾生は約80人。高校生が約半数で、次いで中学生、小学生の比率です。10数名の講師が対応しています。

必要とされる活動をしてきただけ

「よのなか塾グループ」は、「NPO法人よのなか塾」と「非営利株式会社よのなか塾」があり、NPOの代表は礼子さんが、非営利株式会社のほうは太郎さんが責任者に就いています。

NPOでは就労支援、なかよし食堂、フードバンク、「ママかふぇ」、学習費用減免支援などのサービスを行なっており、一般からの寄付で運営をまかなっています。

非営利株式会社のほうでは、個別学習指導やカルチャー教室を担当。また、ひきこもりや不登校などの子どもを減らしたいとの思いから、自分に合ったペースで高校卒業を目指すことができる代々木高等学校北京都キャンパスを2018年に開設しました。

このように活動の幅は多岐にわたりますが、当初からここまで計画していたわけではありません。

「もともと必要性があると感じたことから始まっていて、途中で広げてきた活動もすべて、その時に必要だと感じたものばかり。今は、これらを継続することが大切だと思っています」(太郎さん)

設立当初は国の援助を受けて運営をしていましたが、助成金には制限があるため、支援の対象が制限されます。それでは思うように活動ができないと感じ、経営方針を見直しました。塾の授業料を減免付きで設定したり、賛助会員を募ったりするなど、経営を続けていくための体制も整えています。報道では貧困家庭や引きこもりの子どもたちの支援が強調されていますが、「よのなか塾」では、利用者を限定してはいません。

「特定の誰かのためという場所にしてしまうと、それ以外の人たちが足を運びにくくなる。だから、『よのなか塾』は誰でも参加できる場にしたいと思っています。どんな立場の人も出入りしてくれることで、本当のソーシャルインクルージョンの場になればいいなと思っています」(礼子さん)

究極のゴールは「このNPOがなくなること」

「よのなか塾」の名前の由来を、太郎さんが語ってくれました。

「『世の中について教える場』という意味ではなく、世の中の人たちが、『自分たちの身近なところに、困っている人たちがたくさんいるんだ』ということに気づいて、社会全体の問題として捉えてほしい、という意味合いです」

困っている人を救い上げ、社会に出るための支援をする「よのなか塾」。特別な計画があったわけでもなく、きっかけはたまたまでした。しかし、今やその役割は大きなものとなっています。

小さい子どもを抱えた若いお母さんは、「子育てで忙しくて、誰かの助けが必要だった。上の子がこの塾に来ているのですが、食事まで用意してもらえるので、本当に助かっています」と話してくれました。

かつては地域で住民たちがお節介をし合って、面倒を見合っていました。「よのなか塾」はその役割を受け継いで、子どもたちにとって、より住みよい場所になっていけばと願っています。

太郎さんと礼子さんは、最後にこう語ってくれました。

「理想中の理想を言えば、このNPO自体がなくなることが究極のゴールなんですよね」

究極のゴールを目指して、これからも子どもたちと向き合っていきます。

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