がん患者が気軽に悩みを打ち明けられる機会を作る――
福井県済生会病院の「音声対話型ケアボット」
福井県済生会病院が力を入れて取り組んでいるがん医療
福井県済生会病院は、2003年にがん診療連携拠点病院の指定を受けました。がん診療連携拠点病院とは、全国どこでも質の高いがん医療を受けることができるように国が指定した病院のこと。主な役割は、専門的ながん医療の提供、地域での医療連携、患者や家族への相談支援などで、地域のがん医療の中核を担っています。
2011年5月には専門分野の異なるスタッフが集まって診療を行なう「集学的がん診療センター」を発足。医師や看護師のみならず、ソーシャルワーカーなどさまざまな職種が一体となり、患者とその家族が安心して診療を受けられる「がんの相談窓口」を目指しています。
その他にも、一般の方に向けたがん情報の発信や、地域のかかりつけ医と連携を図りながら在宅支援、訪問看護も積極的にサポート。さらには福井県済生会病院内のメディカル情報サロンで月に1回行なわれる「メディカルカフェ」など、患者同士の交流の場を設けています。
がん患者への新しいケア方法の模索
院長補佐で集学的がん診療センター顧問を務める宗本義則さんが、集学的がん診療センターの発足に関わる中で、福井工業大学AI&loTセンター長の芥子育雄教授から、がん患者向けに「音声対話型ケアボット」の開発をしたいと相談を受けたのは、2024年3月のこと。
この時期の医療業界は、2024年4月から医師の働き方改革の新制度が開始され、医師の時間外・休日労働が規定されたことで、医療従事者の負担軽減が推進されていた時期でした。一方で、一人の医師が患者を一貫して診る従来のケア体制から、複数の医療スタッフが「チーム」や「シフト制」で患者をサポートする体制が一般化するとともに、がん患者の不安や悩みに寄り添うための「新しいケア方法」が模索されていた時期でもありました。

2011年の集学的がん診療センターの立ち上げ以来、患者と家族のサポートに特に尽力してきた宗本先生。音声対話型ケアボットのほか、メディカルカフェやアピアランスケアにも精力的に取り組む
福井工業大学と協働で始まった実証実験
このような背景もあり、AI等を活用することで、がん患者を支えつつ医療従事者の働き方改革にもつながればという思いで、同年4月、集学的がん支援センターの活動の一環として、福井工業大学AI&loTセンターが行なう「生成AIとキャラクターを用いた音声対話型ケアボットの臨床研究」への参画を決めました。
「音声対話型ケアボット」とは、AIと医師のアバター(医師をイメージしたデジタル上の仮想キャラクター)を活用し、患者の心理的ケアや悩み相談を行なう音声対話システムです。
福井県済生会病院からの参加メンバーは、宗本先生(臨床責任者)のほか、集学的がん診療センター長の寺田卓郎外科副部長、川瀬佳津子副師長(認定がん専門相談員)、本田亜紀子社会福祉課長代理(認定がん専門相談員・医療ソーシャルワーカー)、高島孝総務・企画課長代理、診療情報管理課の佐竹紘一事務員の計6人。他に、芥子教授や研究室の学生3人も立ち会い、計10人で研究が進められました。
同院では、2024年12月、2025年12月、2026年1〜2月の3回にわたり実証実験を実施。対象は、抗がん剤の副作用に悩む治療中の患者や、再発への不安・生活上の注意点といった課題を抱える治療終了後の患者で、40〜90代の外来患者66人が参加しました。

実証実験は、患者一人あたり約30分行なわれ、対話前後の心理状態の変化を測定

医療現場の意見をもとに福井県済生会病院の参加メンバーと福井工業大学・芥子教授の間で、倫理面の検討も慎重に行なわれた
当初は、患者からの質問にタイミングよく返答できるかといったロボットの性能に対する懸念や、返答の内容についての心配がありました。これに対し、音声対話型ケアボットの口元の自然な動きや表情、ゆっくり話しても音声の入力が途切れないようにするなど、現場での使い勝手についても改良が重ねられたほか、医療現場の視点からは、予後や治療方針といったセンシティブな内容をAIが直接伝えるリスクや慎重な表現規範の必要性といった倫理面についての検討も入念に行なわれました。
「実証実験を行ない、ケアボットに対する患者さんからの反響は良く、応答スピードや対話の内容にも一定の評価が得られました。ケアボット使用前後に行なったアンケートや心理検査(POMS2)の解析においても、多くの患者で不安や混乱といった気分の改善傾向が見られるなど、肯定的な結果が得られました」と宗本先生は話します。
実証実験は、がん相談支援センターを訪れた患者を対象に現在も継続的に行なっており、2026年12月より第三期の継続臨床試験を実施予定です。
患者への「共感」と安全確保のバランス
音声対話型ケアボットを開発する過程で特に意識したことは、まず患者の話に「共感」し、気持ちを受け止めてから情報を伝えるという、心理学的アプローチを組み込むという点です。共感から入ることで、相手の自己肯定感を高め、深い信頼関係を築くことが可能となります。
第1回目の臨床試験では女性の医師アバターでしたが、患者から「信頼感がない」「説明が軽い」といった声が多くありました。そのため、がん診療を長年行なっており患者にとって身近な存在である宗本先生に変更することで、患者の安心感を高めることにつなげました。音声対話型ケアボットとの対話を体験した患者やその家族からは、「日頃から親しみのある医師のアバターにより安心感が得られた」「対面では聞きにくいことも遠慮なく相談できた」といった声が寄せられ、心理的なサポートとしての手応えを得ることができました。

日頃から患者の診察に携わり馴染みのある宗本先生を起用することで、患者が安心して相談できる環境に
第2回と3回の実証実験に参加した50人から得たアンケートによると、約8割の患者が「普段は医師に聞きにくいことを話せた」と回答し、音声対話型ケアボットという「第三の存在」を介することで、本物の医師にも打ち明けづらい内容を話しやすくなる効果を確認。音声対話型ケアボットが医師と患者の懸け橋になり得ることがわかりました。
実証実験では安全面も考慮されました。自傷や自殺念慮など危険な発話を検知した場合、共感で終わらせず、「いのちの電話」など専門の相談窓口へ確実につなぐ応答ルールを定めています。また、対話で行なわれたやり取りは、後から医師が確認できるよう記録され、必要に応じて医療従事者が状況を把握し、適切な対応を取れる体制を整えています。
こうした安全性確保の取り組みを体系化し、その成果を2026年4月、『福井ガイドライン』としてZenodo(国際的なオープンサイエンスデジタルプラットフォーム)に公開。世界中の研究者・開発者が自由に参照できる形で公開することで、医療向け対話型AIの安全な普及に貢献することを目指しています。
AIが人と共創し、より良い医療を築く未来
「当初は患者さんにとって『AIに相談する』ということ自体がイメージできないような状態で始まった研究でしたが、今では生成AIとキャラクターを用いた音声対話型ケアボットが臨床応用に向けた可能性を確認できた」と宗本先生は話します。今後は院内での共同研究を継続しつつ、外来患者が自宅でも使える環境への展開や、民間がんサロンへの展開も視野に入れています。
今後、医療の分野でもAIが関与する領域が増え、それが医療従事者の働き方改革の後押しになると考えられます。さらなる発展を視野に入れ、AIがよりよいパートナーとなるような仕組みの構築が進められています。
(機関誌「済生」2026年7月号 「交差点」より)
















