2026.11.04

若いうちから取り組むことで、ライフデザインの選択肢を広げる「プレコンセプションケア」とは?

東京 済生会中央病院
将来の妊娠や出産を見据え、性別に関係なく自身の健康について考える「プレコンセプションケア」。国の「攻めの予防医療に向けた性差に由来するヘルスケアに関する副大臣等会議」においても、ライフステージを通じた切れ目のない健康づくりの出発点として位置づけられており、それぞれのキャリアプランやライフプランに合わせたより良い選択ができるよう、少しずつ広がっている取り組みです。
しかし、言葉自体を知らないという人もまだ多く、認知度は十分であるとはいえません。今回は、プレコンセプションケアの普及活動に積極的に取り組む、済生会中央病院の産婦人科医・柏原美季先生に、プレコンセプションケアや具体的な取り組みについてお話を聞きました。

将来の選択肢を広げる、プレコンセプションケアとは?

「プレコンセプションケア」とは、性や妊娠に関する正しい知識を身に付け、自分自身の健康管理を行なうよう促す取り組みのことです。「プレ」が「前」、「コンセプション」が「受胎・妊娠」を意味します。栄養状態や運動習慣の見直し、ストレスケアなどがこれに該当し、生涯を通じたウェルビーイングを実現することが目的となっています。

引用元:「プレコン・チェックシート」(国立成育医療研究センターhttps://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_check-list.html)

済生会中央病院でプレコンセプションケアの普及に向けた取り組みを主導する柏原美季先生は、次のように語ります。

済生会中央病院 産婦人科医
柏原美季先生

日本においてプレコンセプションケアが提唱された背景には、晩婚化や第一子の出産年齢が上がっていることがあります。妊娠を意識したタイミングで初めて検査を受け、そこで婦人科系のトラブルに気づくことも珍しくありません。治療を行なうことになれば妊娠の時期が遅れてしまいますし、妊娠自体が難しくなったり、仕事を続けながら、通院や身体的・心理的負担を伴う不妊治療に取り組むことになったりと、ライフプランやキャリアプランにも大きな影響を与えます。

日本では、2015年に国立成育医療研究センターがプレコンセプションケアセンターを立ち上げ、現在はこども家庭庁をはじめとする行政が主体となって普及活動が進められています。

近年では、一部の企業がプレコンセプションケアについて講演を実施するなど、普及に向けた取り組みを行なっていますが、まだ認知度が低いのが現状です。こども家庭庁が、2024年12月に都内の大学生50人を対象に行なった意識調査では、プレコンセプションケアを知っている人は0%でした。また、埼玉県が行なった調査でも、プレコンセプションケアについて、聞いたこともなく、意味も知らないと答えた人は89.7%でした。プレコンセプションケアをより多くの人に知ってもらうために、こども家庭庁では、2025年から2030年までの5年間で、普及を担う「プレコンサポーター」を5万人以上養成することや相談窓口などの体制整備を行なう、「プレコンセプションケア推進5か年計画」に取り組んでいます。

行政の取り組みに参加して、プレコンセプションケアを学ぶ

こども家庭庁や各地方自治体、教育機関は、プレコンセプションケアの普及に向けて、シンポジウムや高校での授業を通じて、若年層向けの正しい情報発信を行なっています。代表的な例として東京都で3年前から行なわれている「TOKYOプレコンゼミ」があります。このイベントは、医療や保健の専門家が、講座やアドバイスを通じて、妊娠・出産や健康に関する不安や疑問に答えるものです。オンラインで行なわれており、受講すると医療機関での検査費用が助成されます。

そのほかにも一般の人がプレコンセプションケアについて学ぶ機会として、「メンズプレコン検定」があります。こども家庭庁が公開したオンライン検定で、性や健康、ライフデザインに関する正しい知識をクイズ形式で気軽に学ぶことができます。

また、プレコンセプションケアの認知度向上の支えとなっているのが、「プレコンサポーター」です。eラーニング形式の「プレコンサポーター養成講座」を修了することで誰でもなることができます。プレコンセプションケアについて正しい知識を普及させ、時には健康や妊娠に関して悩みや不安を抱えている人の相談に乗り、医療機関の受診をすすめるなど、医療機関との橋渡し的な役割を担っています。

柏原先生:プレコンサポーターは医師や助産師、看護師といった専門職に加え、養護教諭や企業の人事労務担当者が担っていることが多いです。オンラインで養成講座を受講し、修了テストに合格することで、専門職に限らずプレコンサポーターになることができます。企業で働いている人がなることで、会社や現場での知識の普及が期待されます。

済生会中央病院のプレコンセプションケア

柏原先生が勤めている済生会中央病院は、プレコンセプションケアの普及活動に取り組んでおり、2023年5月にはプレコンセプションケア外来が開設されました。開設の背景には、妊娠を自分ごととしてしっかり認識して、健康管理に目を向けてほしいという思いがあります。

柏原先生:臨床現場では患者さんの将来の選択肢を広げるための関わりを重視しています。「まだ先のこと」と思われがちな時期からご自身のからだに関心を持っていただき、いざというときに一人で悩む方を少しでも減らせるよう、プレコンセプションケアの価値や取り組みについて丁寧に時間を取ってお伝えしていきます。

東京都港区に位置する済生会中央病院。外来の受診者は、結婚を機に受診する人が多く、最近はパートナーとの受診も増えている

済生会中央病院のプレコンセプションケア外来では、10~20代には性教育や低用量ピルの正しい知識に関して、20~30代にはブライダルチェックや卵巣年齢検査(AMH測定)というように年代別に診療内容を変えています。外来は毎週水曜日の午後に診療を行なっており、1回30分5,500円(税込・検査費用別)で受けることができます(プレコンセプションケア外来の詳細はこちら)。

柏原先生も同じ女性であるという立場から、日々の臨床現場で得た知識を、患者さんに還元できるように診療や活動を行なっており、外来を訪れる人にも、ライフプランや生活スタイルなどを聞きながら、それぞれに合った提案をしています。

済生会中央病院がある東京都港区周辺は、働く女性が多くいる地域。プレコンセプションケア外来は、ニーズとしてはあるものの、通院時間の確保や職場への言い出しづらさなど、働いているが故の受診の難しさがあります。プレコンセプションケアを社会実装していくためには、普及を通じて、周囲の理解を深め、誰もが通いやすい環境を整えることが大切です。

専門医資格を取り終えるのは30歳ごろ。それから子どもを持つことを考え始めた際、「もっと早く自分の健康に目を向けておけばよかった」と強く感じたという柏原先生。そうした自身の経験から、10代・20代のころから自分ごととして、妊娠・出産について考えることが大切だという

人生の伴走者となる婦人科のかかりつけ医を持ってほしい

また、プレコンセプションケアの一環として、かかりつけ医を持つことも大切だといいます。妊娠や性の問題は他人には話しづらいもの。女性は10代前半で初経があり、閉経する50歳前後まで、月経に関する不調や悩みと長く付き合うものです。毎月の出来事で慣れてしまっているために、症状があっても問題視しなかったり我慢してしまったりする人もいます。女性の人生に伴走するかかりつけ医を持つことで、「今月は生理が重かった」「最近少し生理不順で」といった周囲に相談しにくい悩みを気軽に打ち明けることができ、病気の早期発見、治療につながります。かかりつけ医を持つことには女性にとって大きなメリットがあります。

柏原先生:少しでも体の不調や生理の悩みがあれば、気軽に婦人科に相談していただきたいです。しかし、多くの人にとって婦人科受診のハードルが高いのも事実。ハードルを上げているもののひとつが「内診」だと思いますが、必須というわけではなく、患者さんの症状や希望に沿いながら診療を行なっています。

 

妊娠・出産は女性だけのものではない。性別に関係なくプレコンセプションケアを学ぶ大切さ

最近では企業からの依頼を受けて、プレコンセプションケアに関する講演を行なうこともあります。日本電気株式会社(NEC)や三井住友銀行(SMBC)で全社員を対象に行ない、SMBCへのオンラインの講演では100名以上が集まりました。講演の参加者は30代を中心に20代から50代までと幅広く、管理職の男性も多く参加しました。男性参加者の多くは、ご自身の家族に置き換えながら熱心に耳を傾けていました。

講演の中心となったのは女性の健康問題で、妊娠適齢期の知識をはじめ、適齢期を過ぎると増加する婦人科系の病気、不妊治療の具体的な内容、更年期から閉経に至るまでの流れなど、ライフステージに応じた具体的な解説がなされました。また、男性参加者に向けて、女性が生理期間中にどのように過ごしているのか、対面の講演では、ナプキンやタンポンを触ってもらったり濡らしたりしながら理解してもらう機会も設けられました。不妊治療や出産の際に男性ができることについても言及し、妊娠・出産が女性だけのものではないことを再認識してもらうきっかけとなりました。

講演を行なったことで、職場では話しづらい性や不妊治療の話、健康課題をオープンに話せるような環境づくりが進んだといいます。幅広い年代が参加したことによって、上司に相談するタイミングや上司も相談されたらどのような対応をすればよいのかといったことが明確になり、アドバイスを受ける側もする側もどちらも安心できる環境になりました。

また、近隣の中学校では、「命の授業」として性教育も実施。性感染症や自分の身を守る方法について学年に応じた授業を行ない、最後にはプレコンセプションケアにも触れ、まずは正しい知識を持ってもらうことから始めています。このように学校教育の中でしっかりと性教育を行なうことで、性について話題にしづらい風土を変え、理解の輪を広げながらプレコンセプションケアの普及へとつなげていくことが期待されます。

依頼があれば、企業での講演も行なっている。性別に関係なくプレコンセプションケアについて知ってもらうきっかけとなっている

プレコンセプションケア普及のために必要な教育、医療、行政の連携

プレコンセプションケアの普及には、学校教育の中でベースとしての性教育から始まり、マイナスイメージを持たせずしっかり妊娠・出産について教え、その上で企業や行政が連携して継続的に発信していくことが大切だといいます。

柏原先生は講演の際、遠方からオンラインで参加している人から、「地域によってはプレコンセプションケア外来がなく、困ったときに気軽に相談する場所が欲しい」という声を聞いたといいます。「プレコン」の考えが広まり、妊娠・出産についての相談ができる場所が全国に波及していくことを目指して、中央病院では外来・セミナーなど日々活動しています。プレコンセプションケアが、人生を豊かにするもの。その認識を広め、子どもを持つことを考える女性だけでなく、性別を問わずすべての人が若いうちから健康管理に取り組むことが期待されます。

一人ひとりと向き合いながら診療を行なう柏原先生。予約制で自身の悩みごとをじっくり相談できる体制をとっている