アートを通して障害という垣根を超えた世界に
奈良県香芝市にある「Good Job! センター香芝」は、障害のある人のアート作品を展示したり、商品化したグッズを制作、販売、発送するといった、「ものづくり」から「発信」までが一貫してできる“障害のある人たちの働く場所”として2016年にできました。しかし、その取り組みの根幹は50年近く続いてきたものです。半世紀にわたる歴史を受け継ぎながら、新しい仕事づくりの可能性を探るセンター長の森下静香(もりした・しずか)さんに話を聞きました。
壁が空間をつなぐ、みんなが一緒に働く空間
奈良県香芝市。日本古来の文化が息づくこの土地は、人口約8万人。大阪府と隣接している大阪のベッドタウンでもあります。のどかな町並みを歩いていると、木造りのおしゃれでモダンな建物が見えます。これが「Good Job! センター香芝」です。
扉を開けて中に入ると、明るく開放的な空間が広がります。天井が高く、窓が大きいので、至るところから光が差し込んできて建物内が明るいのです。中は2階建てになっていますが、ドアや壁といった間仕切りが少なく、全体的につながっています。スタジオタイプの広い空間がうまく使われて、プライベートなスペースもあります。人の気配を感じるオープンスペースは、どこか安心感があります。
この土地は、車いす生活をされていたご夫婦から寄付されたものです。
「この建物の設計は建築事務所o+hに依頼しましたが、o+hさんが提案してくれたコンセプトが『街並みをかえるアートの森』でした。いただいた土地が2カ所だったこともあり、建物も2棟に分かれています。その2棟の建物を人が行き来することで、この地域の風景が変わっていくことを想定しています」とセンター長の森下さんはいいます。「建物の中は壁と柱が一体となったものがパラパラと木のように立っています。みんなで作業ができる陽の当たる広い空間もあれば、木の陰のように落ち着いて作業ができるスペースもあります。この空間で、ここで働く人も近所の人も、遠方から来た人も、それぞれの働き方や過ごし方ができるようにと考えてつくられました」
1階はギャラリーにもなっていて、アート作品や商品の展示がされています。奥には工房があり、人が作業しているのが見えます。入口近くにはカフェがあり、この空間をゆっくり楽しめる場所になっています。キッチンにいた高谷菜々美(たかや・ななみ)さんがにこやかに応対してくれました。高校卒業後、ここで働き始めて2年になるといいます。週5日勤務で、今日はカフェの担当の日なのだとか。
階段で2階に上がると、バッグ、小物、靴下など、「アート×〇〇」といった企業とのコラボ商品や手づくりの商品などが販売されているショップになっています。これらの商品はオンラインストアでも購入できます。 すぐ横は在庫管理や流通業務を行なうストックルームで、すべての作業がこの建物の中で連続的にできるように設計されているのです。
隣の銀行を挟んだ北側には、もう一つの建物があります。主に制作作業やワークショップなどのイベントに使われている北館です。こちらも窓は大きいですが、天井は低く、作品制作など気持ちを集中させやすい空間となっています。
新しいセンターに受け継がれている歴史
Good Job! センターはまだ新しいですが、母体となる「たんぽぽの家」の歴史は長く、始まりは1970年代に遡ります。当時はまだ、障害のある人の活動場所が地域の中に少ない時代でした。このときに障害のある人が社会の一員として活動できるよう、「奈良たんぽぽの会」が発足しました。その後、「財団法人たんぽぽの家(現:一般財団法人たんぽぽの家)」を設立し、コンサートなどの社会活動とあわせて自立のためのセンターとして、たんぽぽの家を運営しました。
1987年、社会福祉サービスを行なう「社会福祉法人わたぼうしの会」を設立。1990年代に入ると、障害のある人の芸術活動が注目されるようになりましたが、制度が整っていなかったため、企業などの支援を得ながら、芸術活動の意義を多くの人に知ってもらうための普及の活動を全国で展開しました。ものづくりから発信までを一貫して行なう「Good Job! センター」は、ある意味、これらの活動を集約、具現化した場所ともいえるでしょう。ここを利用している人のためだけでなく、ここでいろいろな社会実験を行ない、広く発信していくことを期待され、建物を建てる際には、日本財団や地元である香芝市、個人のみなさんからも広く支援が寄せられたといいます。
働くことは楽しいこと
森下さんは、大学卒業後、ボランティアでたんぽぽの家に関わるようになり、障害のある人たちと1年間を共に過ごしました。
「そのときの体験で私の眼は開かされましたね。彼らは休日に出かけるとき、いろんな人に声をかけるのですが、私にも声をかけてくれて、一緒に甲子園に阪神戦を観に行ったり、吉本新喜劇を観に行ったりしました。私一人では行かないような所に連れていってもらえて新鮮でしたし、感情の幅が豊かな彼らと一緒で本当に楽しかった。それに、健常といわれている人が一人ひとり違うように、障害のある人も皆それぞれ違います。当たり前なのですが、そういうところも同じなんだなと感じたのです」(森下さん)
1年間ボランティアで関わった後、もっと彼らのことを学びたいと、森下さんはたんぽぽの家に就職しました。
Good Job! センターでは障害はあっても働きたいという意欲のある人たちが登録しており、ここでは彼らのことを「メンバー」と呼びます。現在、約50人のメンバーが登録していますが、体調によって働ける日数が限られている人もおり、勤務しているのは、いつも二十数人くらいです。
メンバーの一人、紀亘河(き・のぶか)さんは、Good Job! センターで働いて3年目。週5日、電車通勤をしているといいます。ここでは、電話応対をしたり、カフェで働いたり、グッズの制作、清掃、流通の業務などを行なったり、日替わりでさまざまな仕事を担っています。この日は、グッズである張り子人形に紙を貼る作業をしていました。
「毎日、いろんなことができて、一緒に働く仲間も優しくて、仕事が楽しい」と話してくれました。
毎年、この時期は張り子人形づくりで忙しくなります。張り子人形は伝統工芸の一つですが、近年、職人が減ってきているのが現状です。しかし、Good Job! センターではテクノロジーの進化によって広まってきたデジタルファブリケーションを用いることで、作業をしやすくしているのだといいます。デジタルファブリケーションとは、3Dプリンターやレーザーカッターといった最新のデジタル技術によるものづくりのことで、これがさまざまなことを可能にしています。
「張り子の型を作る人が減っているそうですが、型は3Dプリンターで作り、紙を貼る作業はメンバーが行なっています」
型に紙を幾重にも貼り付ける作業の後、胡粉(ごふん)を塗って、色をつけて完成です。この日、センター内でメンバーが一丸となって作っていたのは、八咫烏(やたがらす)の張り子でした。
張り子に胡粉を塗る作業をしていた松村賢二(まつむら・けんじ)さんは、「胡粉がまんべんなくついているように、余分な胡粉は落とし、付け根など胡粉がついていないところに足すなど、一つひとつ丁寧に行なうことが大切です」と、軽やかな手つきで作業をしながら説明してくれました。この作業を習ってから3年くらいになるといいます。
この後、ベースを塗り、それから色つけに入っていきます。これ以外に、「おじぎ鹿」「鹿コロコロ」「Good Dog」などのオリジナル張り子商品にも定評があります。
これからは「IoT × Fab × 福祉」の時代
Good Job! センターでは、エイブルアート・カンパニーという、障害のある人のアート作品を企業などに商品や広告などのデザインとして使ってもらう事業にも取り組んでいます。これは、2007年に東京にあるNPO法人エイブル・アート・ジャパン、福岡にあるNPO法人まる、そしてたんぽぽの家の共同で立ち上げた取り組みです。「エイブル・アート(可能性の芸術)」とは、障害のある人や社会的に弱い立場に置かれている人たちが、アートの力を生かして自分らしい生き方ができる社会をつくっていく運動です。
Good Job! センターには、エイブルアート・カンパニーに登録しているアーティストの作品やそれが商品化されたものが多く展示・販売されています。2019年5月現在、113人の障害のあるアーティストが登録しており、13,000点を超えるアート作品はウェブサイトでも見ることができます。
さらに、企業とコラボして、前出の張り子の人形のほか、マスキングテープや靴下、Tシャツなどの制作、販売も行なっています。また、作品の展示会が全国各地で行なわれるなど、その活動の幅はさらに広がっています。
2017年からは、「IoTとFabと福祉」という活動を進めています。これは最新技術と福祉を組み合わせることで、福祉の環境をよくすることや、新たな仕事づくりを目指すものです。現在、日本財団の助成を受け、全国7つの地域で、福祉の現場とFABやIoTに詳しいFABスペース・大学などの研究機関がネットワークを組み、さまざまな実験を行なっています。
「Good Job! センターで行なっている張り子の人形も一例ですが、今のままでは担い手が少なくなっている伝統工芸を、3Dプリンターやレーザーカッターを組み合わせることで、障害のある人の仕事としても引き継いでいくことができればと考えています」(森下さん)
誰にとってもウィンウィンとなりうる、新しい可能性と道がここにあります。