女性たちが堂々と生きていく助けになりたい
2020.01.27

DV被害に苦しむ女性たちを貧困や孤立から救う

東京 NPO法人くにたち夢ファームJikka
Let’s SINC
居場所を失った女性たちを受け入れ、地域のつながりを生かして就労や自立のサポートを行なう

DV(ドメスティックバイオレンス)による痛ましい事件があとを絶ちません。千葉県野田市の小4女児虐待事件の背景にも、父親による母親への長期にわたるDVがありました。また、未婚・離別(死別)女性や母子世帯の貧困も深刻になっているといいます。そんな生きづらい女性たちに向けて「大丈夫。ここにあなたの居場所があるよ」と手を差し伸べ、自立の手助けをしているのが「くにたち夢ファームJikka(以下、Jikka)」です。

いざというときに駆け込める、実家のような場所を

閑静な街並みが広がる東京都国立市。国立駅から南へまっすぐに伸びる大学通りは、春は桜、秋はイチョウ並木の名所となります。駅から徒歩15分。Jikkaの引き戸を開けると、そこは誰でも利用できるコミュニティ・カフェです。テーブルや椅子が所狭しと並び、おしゃべりに夢中な人、イヤホンで音楽を聴いている人、勉強をしている人、買い物帰りにコーヒーを飲みながら一息ついている人など老若男女が思い思いに時を過ごしています。今どきのおしゃれなカフェではありませんが、ホッと肩の力が抜けるような心地よい空間です。


(左)手作りの「くにたち夢ファーム Jikka 女性の居場所」という表示が訪れる人を温かく迎える (右)「縁側の日」「手仕事の日」などの日替わりカフェが毎日開かれている

Jikka代表の遠藤良子(えんどう・よしこ)さんは、埼玉県の自治体の女性相談員として、長年、困難な状況にある女性たちに関わってきました。その中で知ったのは、居場所を失った女性たちの存在でした。

「DVには身体的なものだけでなく、精神的、性的、経済的なものなども含まれています。それなのに、緊急性がない、命の危険があるほどの暴力を受けていない、精神的な障害があるなどの場合は一時保護してもらえないことが少なくありません。また、18歳未満なら児童養護施設に入れますが、18歳以上の人は家族からモラハラ(モラルハラスメント)を受けていても、女性相談員から『ここでは何もできません』『まずは働いてお金をためなさい』などと言われてしまいます」


くにたち夢ファーム Jikka代表の遠藤良子さん

また、公的シェルター自体にも問題があるといいます。「携帯電話禁止、外出禁止で自由度がなく、いろいろなつながりが途切れてしまうことから、入りたくないという人もいます。公的シェルターは、本来、1956年にできた『売春防止法』に基づく婦人保護施設なので、DV被害者の支援にはそぐわないのです。DVだけでなく、あらゆる女性の困難に対応できるような新しい制度や法律が必要です」。こうして、行く当てのない女性たちのために居場所をつくりたいという思いが、Jikka設立につながりました。

Jikkaと名付けたのは遠藤さんです。「いまは3日に1人が命を落としかけるほどのひどいDVを受けています。実は私も出刃包丁を持った夫に追いかけられ、裸足で交番に逃げた経験があります。そのときの恐怖は忘れられません。私自身が誰にも助けてもらえなかっただけに、いざというときに助けを求めて駆け込める、おなかが空いていたらご飯を食べさせてくれる、安心して眠れる、そんな温かな実家のような場所、“みんなの実家”をつくりたいと思ったのです」


落ち着いた空間がまるで実家のよう

女性の自立支援にはクローズとオープンの両方が必要

遠藤さんが女性の自立支援の難しさを感じるのは、実はシェルターを出た後のこと。

「2001年にDV防止法ができて、被害者を逃すところまではできるようになりました。でも、シェルターを出たら、夫に居場所を知られないようにするため、自宅から遠く、知り合いがいない場所で新しい生活を始めなければなりません。DV被害にあった女性はコミュニケーションをうまくとれないことが多いので、だんだん孤立していき、しまいには寂しさに耐えきれず、自宅に戻ってしまうケースが少なくないのです。いま日本の女性支援が抱える問題点は、逃げた後の公的サポートがないこと。せっかく逃げてきたのに、そのチャンスを生かせないのはとても残念なことです」

特定非営利活動法人として立ち上げたのは2015年ですが、その前年から、遠藤さんが起こしたプロジェクトは国立市との共同研究会を定期的に開催し、「生活困窮女性やDV被害女性たちを支援するために、官民協働で何ができるか」を模索していました。その中で、遠藤さんが支援の拠点に必須と考えていたのが「オープンスペース」です。

「オープンスペースがあれば経験者の話が聞けて、『ああ、自分だけじゃないんだな』と安心するし、必要な情報ももらえます。仲間同士で支え合う関係性もつくれます。もちろん隠すべきところはしっかり隠さなければならないけれど、隠れてばかりではなく、地域とつながることがとても大切なのです」

Jikkaのオープンスペースでは、お茶を飲みながら繕い物をする「手仕事の日」、相談員のいる「縁側の日」などが日替わりで開かれ、月1回、ジェンダー(社会的・文化的につくられた性別)について考え合う時間も設けられています。また、セカンドハーベスト・ジャパンと提携し、月1~2回、生活困窮者向けにフードバンクの食品提供の拠点となっています。学校の夏・冬・春休みには、子どもたちが朝からしっかり食べて安心して過ごせる「子ども朝ごはん」も実施。そして、DV被害女性が自分を取り戻し、前に進むための支援として、ケア付きのステップハウス(自立に向けたさまざまな支援が提供される住居)を運営しています。こうした取り組みを通して、Jikkaに避難している女性たちは徐々に地域とつながっていくのです。


「折り紙の日」は手作業をしていた方が話しやすいからと始まったそう

3カ月前からケア付きステップハウスに入居しているMさん(30代)は、家族関係の悪化から苦しい状況に陥り、警察への相談や女性相談を経てJikkaに救いを求めました。「こちらに来た当初は、家を出てせいせいした気持ちと、知らない場所になじめるかという不安が混じり合っていました。でも、面談を受けたり、カフェで過ごして、つらい経験をされた人たちとお話をしたりすることで、とても安心できました。いまは少し落ち着いて、冷静に考えられるようになってきています。これからは少しずつ、経済的に自立することを目指して、自分の力で歩いていけるようにしていきたい」。そう語るMさんは、しっかりと前を向いていました。


ケア付きステップハウスの室内

肝の据わったボランティアたちに見守られながら

国立市は歴史的に地域活動が盛んな土地です。地域の声が生かされ、昨年4月には日本で初めて「ソーシャルインクルージョン」という言葉を盛り込んだ人権・多様性・平和の条例が施行されました。遠藤さんがこの国立でJikkaを立ち上げたのは、40年ほど国立で暮らし、活動のネットワークを築いているからです。

「国立なら、以前から一緒に活動をしている市会議員の協力を得ることができます。また、活動資金が乏しく人件費が出せないので、地域でボランティア活動をしてきた人たちが頼みの綱でした。しかも、加害者が来たときに冷静に対応できる肝の据わった女性じゃないと、この活動はできないんです(笑)」。遠藤さんが絶大な信頼を寄せる10人ほどの女性たちが、Jikkaを支えています。

スタッフの稲川恵子(いながわ・けいこ)さんはホームレス支援などの経験もあり、Jikkaの活動の一つである「子ども朝ごはん」の中心メンバーでもあります。一方、石原みき子(いしはら・みきこ)さんもシングルマザー支援などの経験を持っています。2人とも介護ヘルパーの仕事に携わりながら、地域活動の一つとしてJikkaの活動にほぼ無償で関わっています。そんな稲川さんと石原さんに話を聞いてみました。


スタッフの稲川恵子さん(左)と石原みき子さん(右)

稲川さんが心がけているのは「まず、話してくれることを聞く」こと。ただし、友達感覚のスタンスで聞くということではありません。「無理に聞きだすことはしません。言いたくなれば言うだろうし、言わなくたっていい。でも、放っておくということではなくて、具合が悪そうだったら『どうしたの?』と聞くし、様子を見ながら仕事を手伝ってもらうこともあります。そういう時間を過ごしながら、本人の中で納得するものが少しずつ、少しずつ芽生えればいいかなと思っています」

石原さんも「悩みを抱えている人を責めない、根掘り葉掘り聞かない」ことを心がけているといいます。「すべてを捨てて逃げてきた女性が、ここに来て、おしゃべりをして、だんだん打ち解けて、スタッフの手伝いをして、本当に明るくなっていく変化を見たときは、しみじみうれしいですね」。活動の喜びをそう語ってくれました。弱い立場の人たちを、信念と豊かな経験によってサポートする女性たち。頼りになる、元気な先輩女性がいるJikkaは、人を孤独にさせません。

女性たちが夢を持って、自分の人生を歩めるように

Jikkaがスタートしてから、今年で丸5年になります。存在をオープンにしていることもあり、つらさを抱える女性からの相談はひっきりなしに来ます。

「最近は夫からのモラハラの相談が多いですが、いますぐ殺されるわけではないので我慢してしまうんですね。逃げ出せないのは、もちろん経済的なことも大きいですが、子どもがいるからという理由が多いです。子どもに父親がいなくなったらかわいそう、転校させるのはかわいそうと。でも、子どもはDVを見て、聞いて育つんですよ。そういう家庭の中で育った子どもは、物事の解決は暴力や支配しかないと学習する。これは大問題です」

その根っこには、女性だからおとしめられる、母親信仰を信じ込まされるなどのジェンダーの構造があると遠藤さんは言います。「女性はずっと誰かの世話をしながら生きています。そんな女性たちに、生きがいや夢のある人生を歩いてもらいたい。特にいままで全否定されてきた女性が自尊心を持って、夫や子どものためでなく、自分の人生を歩むようになるには仲間が必要なのです。互いに理解し合い、支え合うことで自信がついてきて、これでいいんだと思えるようになる。どんな決断でも自分で考え、自分で決めたなら正解なのです」

先ほどまで、隣のテーブルで勉強を教わっていた女性のことに話が及びました。

「彼女はとても過酷な人生を送ってきて、高校も中退しなければならなかったの。でも、いまは看護師になるという夢ができて、通信制高校の勉強をしています。数学が苦手というので、教えられるおじさんを紹介してあげました。なんでもいいから自分がやりたいことを見つけて、いきいきと第二の人生を送ってほしい。それがJikkaの願いです」

活動を続ける上で勉強になった、感銘を受けた作品
赤いコートの女 東京女性ホームレス物語
相談の理論化と実践 相談の女性学から女性支援(エンパワーメント)へ

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