認知症の人とその家族が安心できる場をつくりたい
2020.02.27

認知症の人が自分らしく生きられる場所を地域の中に

神奈川 一般社団法人栄樹庵 SHIGETAハウスプロジェクト
Let’s SINC
認知症をもつ人が安心して自分らしく生きられるように、地域に交流と啓発の場をつくる
神奈川県平塚市に、認知症をもつ人とその家族にとって安心できる場所があります。地域の人も出入りし、認知症の啓発の拠点となっている「SHIGETAハウス」です。カフェをはじめ、地域での有機野菜の収穫、近隣の中学校の花壇の手入れ、ウクレレを弾いて音楽を楽しむ会など、さまざまな人が楽しめる会やプロジェクトがそろっています。「誰かが何かを教えるのではなく、いろいろなことを自然に感じて元気になれる」という、憩いの場を訪れました。

『初釜のようなお茶会』で和やかにおしゃべり

2020年1月7日。平塚市の住宅街にある古民家、「SHIGETAハウス」を訪ねると、多くの人が広間に集い笑顔で語らっていました。今日は『初釜のようなお茶会』が催されているのです。お茶をたてているのは、裏千家の教授でもある家主の繁田栄子(しげた・えいこ)さん。参加者は、認知症をもつ人とその家族、近所の人々。さらに、横浜や東京から足を運んできた人もいるといいます。どの人も、和やかにおしゃべりを楽しんでいる様子が印象的です。

繁田栄子さんがたてたお茶をいただく
和やかにおしゃべりを楽しむ参加者

「ここは、僕の母の栄子の家なのですが、母が施設に入ってからは空き家になっていたんです。とはいえ、売ったり取り壊したりするのは忍びない。何か使い道はないかなと周囲に相談した結果、昨年の7月、認知症をもつ人とそのご家族が足を運びやすいようなイベント、カフェ、学校を催す場所に生まれ変わりました。今日は、母が施設から一時帰宅して、参加者の皆さんに抹茶とお汁粉をお出ししています」

そう話すのは、SHIGETAハウスプロジェクトの代表、繁田雅弘(しげた・まさひろ)さん。繁田さんは認知症診療の第一人者として知られ、現在は、東京慈恵会医科大学精神医学講座の教授を務めています。また、同大学附属病院精神神経科の診療部長でもあります。

SHIGETAハウスプロジェクト代表・繁田雅弘さん(右)とその母の栄子さん(左)

「この家の活用法についてよく相談に乗ってもらったのは、平塚市で訪問診療を行なっている『湘南いなほクリニック』の内門大丈(うちかど・ひろたけ)先生です。内門先生がいろいろな人に声をかけてくれたおかげで、出版関係や映像関係、看護師、保健師、栄養士、言語聴覚士、会計士、弁護士など、さまざまな職種の人が集まってアイデアを寄せてくれました。今は、母のお弟子さんのお母様も足を運んでくれるなど、『この場所が好き』という思いをもつ人がたくさん手伝いに来てくれています」

SHIGETAハウスプロジェクト始動に向け、まず取り組んだのはクラウドファンディング。築50年の家屋のキッチンやトイレなどの改修費や運営費を募ると、560万円もの支援金が集まりました。

2019年7月、改修を施し、認知症の啓発の場「SHIGETAハウス」が誕生

カフェ、有機野菜の収穫、音楽を楽しむ会なども

SHIGETAハウスでは、火曜日に『平塚カフェ』を催しています。カフェには、認知症をもつ本人と家族が集まる『本人カフェ』と、どんな人でも参加できる『だれでもカフェ』の2種類があり、どちらも100円で参加可能。参加者同士が会話を楽しむ場として好評です。

ふらりと立ち寄りたくなるオープンな雰囲気

「認知症カフェだからといって、何かプログラムを行なったり、僕が講演をしたりすることはありません。それをやると仰々しくなりますから。認知症をもつ人で、そういう堅い雰囲気を嫌がる人はたくさんいますし、僕自身、『誰かが誰かに教える』というスタイルは好きではないんです。教えるという行為は、上から人を見る形になりますから。それよりも、お茶をゆっくりと飲みながら、認知症をもつ本人の話を聞く方がよっぽど役に立ちます。『病気になってこういうことがあった。こんな経験をしてうれしかった』というような話を聞いて、いろいろなことを自然に感じて元気になって帰っていく。そういう場になることが理想です」

「参加者同士で語り合う中で自然と元気になれる場づくりが理想」(繁田さん)

『平塚カフェ』のほかにも、SHIGETAハウスではさまざまなプロジェクトが楽しめます。例えば、地域の畑での有機野菜の収穫や、近くの中学校の花壇の手入れと植栽。また、ウクレレを弾いて音楽を楽しむ会など多種多様です。SHIGETAハウスプロジェクトのディレクターの平田知弘(ひらた・ともひろ)さんは、「認知症をもつ人をひとくくりで考えるのはおかしい。皆さんの好みはいろいろなので、プロジェクトのジャンルも幅広くそろえています」と話します。平田さんは、以前はNHKに勤めていました。福祉関係のテレビ番組を担当し、そこで認知症をもつ人の本音に触れたことから、認知症に深く関わる仕事に就きたいと考え始めたといいます。

SHIGETAハウスプロジェクトディレクター・平田知弘さん

「番組を作っていたときに、50代で認知症と診断された男性から手紙をいただいたんです。そこには『アルツハイマーになるのは悪いことなのでしょうか』と書いてありました。この言葉に衝撃を受けたんです。認知症になって一番苦しいのは本人なのに、周りからは『どうして覚えていないの?』などと責められる。そのように苦しんでいる人たちに対して、何かできないかなと考えていたときに、SHIGETAハウスプロジェクトの立ち上げの話を聞きまして。ぜひ関わらせてほしいと申し出ました」

その人は本来どういう人なのかを考えることが重要

平田さんは、SHIGETAハウスプロジェクトのホームページ内の、認知症をもつ人のためのウェブサイト『エイト』の編集も担当しています。『エイト』は、認知症をもつ本人に伝わりやすいよう、分かりやすさや文字量を考慮した構成が特長です。

「認知症がある状態でも希望をもって生きられる。そう思っていただけるような情報を発信していきたいです」

認知症と診断された人に役立つ情報を発信している『エイト』のトップページ

認知症をもつ人、そして、その家族にとって安心できる場になること。これが、SHIGETAハウスプロジェクトが最も大事にしている考えです。代表の繁田さんは、これまで数多くの、認知症をもつ人とその家族に会い診察を行なってきました。その上で今伝えたいのは、認知症をもつ人とどのように時間を共有し、病気とどう付き合っていくか。そのことに尽きるといいます。

「認知症かどうかより、もっと大事なことはあります。まずは、その人は本来どういう人なのかを考えることが重要です。訪ねてくる人のなかには、音楽が好きでフォークギターやベースを演奏していた人や、株のトレーダーだった人、不動産業界に詳しい人など、さまざまな人がいらっしゃいます。お得意の分野の話を聞くと、とてもためになる。そして、何より、その話をしているご本人が楽しそうです」

人によって好きなことややりたいことは違います。だから、本人と家族が、今後どんなことをしてどう生きていきたいかについて会話を交わすことが大事だといいます。

「認知症とどう付き合っていくか、今後どう生きていきたいか」(繁田さん)

「そうすれば、認知症であることを超越して幸せに過ごせます。温泉に行ってお酒を飲んでくつろぐのが好きであれば、ぜひそうしてほしい。お風呂が心配な場合は、家族風呂や、部屋にお風呂がついている場所に行けばいいんですから。館内で迷うかもと不安であれば、旅館側に認知症の旨を伝えておけばいい。認知症をもつ人は、人生の半分以上は通常通りに生きてきた人たちです。最後にほんの少しつまづいたところで、特別扱いする必要はありません。無理そうなことがあれば、どうアレンジするかを考えるといいのだと思います」

認知症をもつ人が皆さんにお茶を出す。それが理想の形

繁田さんは、この春、一冊の本を出版する予定です。これまで、認知症をもつ人とその家族と、診察室で対話をしてきた内容をつづった本です。

「認知症の診察でよくあるケースは、ご本人の意向をしっかり聞かずに、ご家族だけで『そろそろ施設に入れようか』などの話を進めること。そういう話に対して僕がどう応えたかについて記しています」

SHIGETAハウスは、認知症をもつ人の家族にとっても、大きな拠り所になっています。昨年12月に、認知症の妻を亡くしたばかりの80代の男性は、「ここに来ると、何を話してもいいんだなと思える。とても安心できる貴重な場所です」と話してくれました。

「ご家族にそう言っていただけると、うれしいです。ご家族も不安ですからね。でも、その不安をご本人にぶつけることはしない方がよいのです。例えば、『今日は何を食べたか覚えてる?』『何の曲を聴いた?』などの質問は、場合によってはご本人を問い詰めることもありますから。それから、今の生活を変えるために、好きでもない習い事を始めるのもいただけません。あくまでも、その人が幸せを感じることに寄り添うのがいいと思います」

本人だけでなく家族にとっても何でも話せる、安心できる場所

オープンからわずか半年で、多くの人に愛されているSHIGETAハウス。今後も、参加者同士が緩やかにおしゃべりを楽しめるスペースでありたいといいます。

「今、手伝いに来てくれている皆さんとは、特段何も言わなくても大事なことを分かり合えます。とてもありがたい関係です。でも、皆さんには現在、お給料や謝礼はほとんど出ておらず、今後はそのあたりの仕組みを改善しなくてはいけません。一番の理想は、ここに認知症をもつ人が常駐し、訪ねてくる皆さんにお茶をお出しする。そして、働いた分のお給料がきちんと出る。そういうスタイルを築いていきたいです。役割ができると、自信が出ますから。そうすれば、ここはもっと楽しい場所になると思うんです」

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