地域の人々が支え合うための仕組みをつくりたい
2021.03.19

“仕組みづくり”こそがソーシャルインクルージョンの肝だ!

Let’s SINC

社会のさまざまな組織や地域の人々を動かし、困っている人が継続して支援を受けられる仕組みをつくる

本サイトのテーマである「ソーシャルインクルージョン」。すべての人が貧困や孤立に苦しむことなく、自分らしく生きられるよう、社会全体で支え合うという理念です。しかし、人々を支援する制度や活動はあるものの、未だ困っている人々はたくさんいるのが現状です。ソーシャルインクルージョンの実現に近づくためには、どうすればよいのでしょうか。医療ソーシャルワーカー(MSW)として、あらゆるジャンルの生活困窮者支援に携わる、済生会宇都宮病院の荻津守さんに話を聞きました。

荻津守さん

医療の現場において患者さんの生活支援を行なう医療ソーシャルワーカー(MSW)として、済生会宇都宮病院に36年勤務(2021年3月現在)。学生への食糧支援、外国人への医療相談、元受刑者への無料健診等、あらゆる分野の生活困窮者支援に携わる。2020年に退職した後も、同病院の参与として、MSWの活動を継続中。

“ソーシャルインクルージョン”ってなんだ?

荻津 早速ですが、ソーシャルインクルージョンという言葉や、「誰一人取り残さない」というその意味を聞いて、何を思い浮かべますか。

生活に困っている人々に、食料品やお金の支援をすることや、社会から孤立しがちな人々のために、イベントを開催することなどでしょうか。

荻津 そのような活動も大切なことです。しかし、真のソーシャルインクルージョンを実現するためには、もっと先のことも必要だと考えています。

先のこと、というと?

荻津 「生活困窮者に食料品などを提供する」「イベントを開催する」といった支援は、いわば支援する人→される人といった1次元(点・線)や2次元(面)の支援です。食料品やお金がなくなったら、イベントが終わったら、基本的には支援は終わってしまいますよね。でも、私が目指すのは、2次元のその先、「3次元(立体)」の支援です。どういうことかというと、いわば、「支援する人々も支援する」ことです。

「支援する人々も支援する」? 一体どういうことなのでしょうか。

荻津 「困っている人々に向けて、何かしたい」と考えている人は多いのですが、そのための方法が分からず、行動につながらないことがほとんどです。そこで、気軽に支援できる仕組みをつくったり、支援の場を用意したりする。きっかけさえあれば、特別なことをしなくても、誰でも支援者として、困っている人々に向けて行動できるのです。そして、一度方法を知ってしまえば、仕組みをつくった人の手を離れても、地域の人々の間で回っていく。
つまり、「地域の人々が助け合える仕組みをつくる」こと。私がソーシャルインクルージョンの実現に向けて目標としているのは、そういった活動です。

仕組みづくり1
 縦割りの組織をつなぐ横糸となり、「地域力」を高める

なるほど、人々を動かすための活動ですね。実際にどのような活動をされているのですか?

荻津 私が行なっている活動の一つに、学生への「食品配布会&相談会」があります。活動を始めたきっかけは、コロナ禍において、私の勤務する済生会宇都宮病院で、自殺をはかってしまった学生の救急搬送が増えたことです。

新型コロナの影響で全国的に若者の自殺は増えていますね。

荻津 例えば、大学進学のために地方から出てきた途端、1年近く学校に行けず、友達ができない。母子家庭で、奨学金をもらいながらアルバイトをして生活しようとしていたのに、アルバイト先が休業。親にも相談できず、貧困で1日1食しか食べられない。追いつめられた結果、自殺につながってしまう。こういった信じがたい事実が水面下で進んでいるのです。何とかこれを止めて、「あなたは一人ではない」と伝えたい。これが始まりでした。

そこでどのような活動を?

荻津 一つは、地元のFMラジオに出演させていただき、相談窓口の周知を行ないました。翌週の放送では「いのちの電話」の担当者の方に、そのまた翌週は「よりそいホットライン」の方に出演していただき、3週にわたってアナウンスを続けることができました。また、そのことを大学生のパーソナリティーにSNSで拡散してもらいました。
もう一つは、NPO法人「フードバンクうつのみや」と協力し、学生への食品配布会を開催することにしました。このような支援活動は、タイミングとスピードが重要です。1回目の食品配布会は計画から開催まで、10日間ほどで実現できました。さらに、2回目以降の開催に向けて、宇都宮病院の職員から食料品を募ったところ、たくさんの量が集まり、職員の意識の高さを再確認できました。

職員からは相談会3回分の食料品が集まった
職員からは相談会3回分の食料品が集まった

また、食品をただ配るだけでは問題の解決につながらないため、相談支援を併せて行ないました。具体的には、食料品とともに無料低額診療や相談窓口の案内が入ったポケットティッシュを渡したり、宇都宮病院の医療ソーシャルワーカーが学生たち一人ひとりに声をかけ、生活の相談に乗ったりしました。
ただ、学生たちのさまざまな困りごとに、病院など一つの機関のみでは対応しきれません。ではどうしたか。県庁の障害福祉課の方や、保健所の保健師、社会福祉協議会で生活困窮者の自立支援を行なっている相談員など、多方面での行政機関や、精神科病院の相談員などに声をかけ、相談会に協力していただくことにしたのです。

それなら、どんな相談が来ても対応できますね。

荻津 今の縦割りの行政では、それぞれの機関が互いに連携することが難しいです。ところが、声をかけ趣旨を伝えると、みんな快く集まって協力してくれるのですよね。

横糸が一本あると、縦割りの行政もつながりやすいのですね。

荻津 みんな「何とかしなくちゃ」とは思っているのですが、「じゃあ何しよう?」の「何」が分からない。その「何」を私たちが作ることで、活動しやすくなるのです。
「私が相談を受ける」じゃなくて、「みんなが相談を受けられる」。この仕組みをつくって、「地域力」を高めることが重要です。一度活動のきっかけをつくりさえすれば、今度は行政や他の団体が機能して支援へとつながるはずです。そうなれば、私の手を離れても継続的に回っていきます。

仕組みづくり2
 何か役に立ちたい! そんな人々の活動を後押しする

「何とかしたい」と思っているのは、機関の人々だけでなく、一般の人々も同じだと思いますが、そういった人々が活動するためにはどうしたらよいのでしょうか。

荻津 2019年10月の台風19号で、JR宇都宮駅の周辺が1m以上水没しました。たいていの家は1階に台所があるので、冷蔵庫やレンジやコンロがすべてダメになってしまったのです。10月の肌寒い中、自分の家のがれきの掃除で精いっぱいで、まともな食事ができない。そんな人々に「なにか温かいものを食べてもらいたい、少しでも笑顔になってもらいたい」という思いでいました。

済生会宇都宮病院の職員皆さんで、炊き出しをされたんですよね。

荻津 はい。でも、「済生会が炊き出しをしました」で終わってしまっては意味がない。そこで、ボランティア活動を行なっている「とちぎボランティアネットワーク」や「とちぎYMCA」といった団体と連携しました。水没した地域の葬儀屋さんの駐車場を借りて、YMCAの人々が用意してくれたテントやガスコンロなどの炊き出しセットを設置したのです。

炊き出しでは、スパゲティなどを100食以上提供した
炊き出しでは、スパゲティなどを100食以上提供した

大事なのはここからです。それらの炊き出しセットを、誰でも使えるよう置きっぱなしにして、「炊き出しセットを設置したので、炊き出しに協力したい人はみんなで使って支援していきましょう」というPRのために、新聞に記事を出しました。

誰もが炊き出しに参加できるようにしたのですね。

荻津重要なのは、「私たちが何かをした」というPRではなく、地域の人々に支援を呼びかけるためのPRだということです。地元の飲食店や企業も、老人会などの団体も、「みんなでなんかしたいね。でもどうすれば……」という状態なので、「方法」を提示することで、動くことができるのです。今回のPRも、NPO法人や他の社会福祉法人、高校などがセットを使って炊き出しをしたり、飲食店の方が「料理を多めに作ったので食べてもらいたい」と言って届けてくれたり……というようにつながっていきました。「困っている人を助けたい」と思っている人々をサポートする。これも私たちの役割の一つなのです。ソーシャルインクルージョンの実現のためには、「炊き出しそのものをやること」よりも「炊き出しができる仕組みをつくること」が大事だと考えています。

仕組みづくり3
 どこにいても助けられるよう、子どもを地域全体で見守る

徐々に、ソーシャルインクルージョンとは何かが、見えてきた気がします。

荻津 宇都宮病院では、性暴力被害者への支援にも力を入れています。性犯罪や性暴力の被害に遭われた方を支援するための窓口「とちエール」を設置し、電話や対面での相談、医療的支援や法的支援などにつなげるコーディネートを実施しています。

「とちエール」窓口での相談の様子
「とちエール」窓口での相談の様子

コロナ禍において、子どもの性被害が増加しています。とちエールを通じて痛感しているのは、子どもの性被害は、助けるチャンスやタイミングが一瞬しかないことが多く、それを逃すと次はないかもしれないということです。例えば父親がリモートワークでずっと家にいて、性被害を受けている場合、父親が出かけた一瞬の隙に電話してくる。もしその子が長年被害を受けていて、初めて「助けて」と言えたのなら、その一日で人生が変わる。まさに「奇跡の一日」なのです。
助けられる子どもを増やすためにも、地域のどこからでも支援につなげられるネットワークの構築を目指しています。そのためには、子ども食堂や居場所となる施設など民間団体との連携や、地域からの相談や気づき、通報などが有効です。

地域の人々に協力してもらうのですね。

荻津 性暴力被害者について地域の人々に理解してもらうために必要なのは、正しい知識の周知です。例えば、相手の家に夜遅くに行ったことが、性的同意だとみなされる。けれどそれと性交渉に同意したということは全く別です。
また、「暗い夜道を派手な服装や短いスカートで歩いていたから襲われた」というイメージを持たれがちですが、実際の性被害は約9割が顔見知りからの犯行です。性被害というなかなか相談しにくいことだからこそ、地域の人々に正しい理解を持ってもらうことが大切なのです。そのため、市民に向けた公開講座などで周知に努めています。

他の支援窓口との連携はどうされていますか。

荻津 例えば「栃木に住んでいるけれど、他県で被害に遭った」という場合、他県のセンターとも連携したいわけですが、県を飛び越えたセンター同士の連携というのはなかなか進まない。また、全国的な連絡会があっても、センターによっては参加できないなどの問題がありました。
そこで、私が発起人となって「性暴力被害者支援センター関東近郊連絡会」というものを始めました。関東の性暴力被害者支援センターの人々が集まる機会を作って、みんなで情報交換しています。これに関しても、1回目は私が声をかけましたが、2回目以降は持ち回りで開催することにして、自然に回っていく仕組みをつくりました。県を超えた複数の支援窓口が連携することで、被害者がどこにいても支援につなぐことができるのです。
性虐待・性暴力と、子どもの貧困や孤立・孤独などは複合的な問題となっていることも多く、多角的視野を持ったアプローチが必要です。知識の周知と、多くの機関や団体、地域の人々との連携。これらのアプローチによって、子どもを地域全体で見守る仕組みづくりを目指しています。

大切なのは、活動を目的にしないこと

とにかく行動力がすごいですね。

荻津 私自身が何をしたかということはどうでもいいのです。みんなに提案し、呼びかけ、活動できる「仕組みをつくること」、「きっかけを作ること」。それが大事なのです。

インタビュー中の荻津さん
インタビュー中の荻津さん ※写真撮影時のみマスクを外しています

でも、施設によってはなかなか難しい点もあります。私の場合は、施設の理解を得て活動できていますが、所属する組織の体制や経済的な事情によって、活動が制限されてしまいがちです。例えば、医療ソーシャルワーカーの仕事も、病院によっては退院支援がほとんどになっている現状があります。ソーシャルインクルージョンを実現するためには、組織の枠を飛び越えて、どんどん横のつながりを増やしてほしいと考えています。
「自分たちの活動を充実させること」が目的になってしまっては、真のソーシャルインクルージョンではないと思います。ソーシャルインクルージョンの日本語訳は「社会的包摂」ですが、私たちが包摂するのではなく、地域が包摂するのです。本当の意味で地域の人々を支援することを目的に活動していれば、「地域力」が高まりいつか自分たちのためになる。そのような視点でやっていければよいと思います。