年を重ねても自分らしく生活できるまちをつくりたい
2021.07.09

港南台に学ぶ、いつまでも生き生きと暮らせるまちづくり

神奈川 横浜市港南台地域ケアプラザ
Let’s SINC
地域のさまざまな機関が連携し、高齢者を含めたすべての人が困ることなく生活できるよう支え、見守る
日本では、1人暮らしの高齢者が増え続け、孤独死や引きこもりなどのリスクを抱えて暮らしています。そんな中、横浜市港南区の「港南台かもめ団地」「港南台ちどり団地」(以下かもめ団地・ちどり団地)では、スーパーマーケットの移動販売を軸に、こうした問題の解決に取り組んでいます。取材すると、地域のさまざまな組織による見事な連携プレーが見えてきました。

住民が生き生き! かもめ団地・ちどり団地の日常

横浜市の中で4番目に高齢化率の高い港南区。駅の周りには数多くの団地が建ち並びます。賃貸住宅の「かもめ団地」と「ちどり団地」にも、1人暮らしの人が多く暮らしています。静かかと思いきや、かもめ団地の広場には、なにやら高齢者たちが集まっています。駅前にあるスーパーマーケット「イオンフードスタイル港南台店」の移動販売が行なわれているのです。

350品ほどの商品を実際のスーパーと同じ価格で販売

商品とレジをのせた軽トラックと、その周りを囲むように置かれたコンテナ。野菜や果物、肉などの生鮮食品から、お弁当からパン、総菜、缶詰や調味料、トイレットペーパーなど豊富な品揃えです。訪れる住民は年配の女性が中心ですが、中には男性や、小さな子どもを連れたママの姿も。

移動販売の時間は約20分。毎回10~20人ほどが訪れる
積極的に声かけをする販売員さん。常連さんの顔や名前、お気に入りの商品まで把握

「買い物支援はもちろんですが、高齢者の方が外に出る機会を作ったり、異変がないか見守りをしたりする役割も大きいんですよ」と教えてくれたのは、団地の近くにあり、神奈川県済生会が運営する横浜市港南台地域ケアプラザの佐藤恭子さん。地域を支えるキーパーソンの1人です。

この移動販売は、港南台の福祉拠点である地域ケアプラザ、港南区全体の福祉を担う港南区社会福祉協議会、スーパーマーケットを運営するダイエーが協働し、高齢者の生活を支える手段として実施を検討。港南区の協力も得て団地を管理・運営するUR都市機構に打診し、度重なる協議を経て実現しました。かもめ団地・ちどり団地には、それぞれ週2回ずつ移動販売の車が訪れます。

時間になると、音楽とともに軽トラックがやってくる

「子どもが小さくて遠くまで買い物に行くのが大変なので、とても助かっています」と、30代の女性。70代の女性は、「スーパーにも行くけれど、お水やお米など重いものはここと、使い分けているんです」

移動販売が住民に支持されている理由には、ボランティアの存在も大きいです。港南台地区社会福祉協議会内のボランティア団体「福祉ネットワーク」から、毎回2~3人が派遣され、商品を運ぶ手伝いをしているのです。
専門学校1年生の鈴木蒼依くんは、高校を卒業する少し前からボランティアに参加しています。「昔から、困っている人のために何かしたいとは思っていたけれど、なかなか行動に移す機会がなくて。そんなとき、ここの存在を知り、参加を決めました」

「悪いね~」と遠慮する住民に、「これが仕事なので!」と元気よく駆け寄る鈴木くん

この日は、移動販売の前に、介護予防のためのイベントも開催されていました。その名も「かもめ団地内をみんなで歩こう」。地域ケアプラザと自治会が主催し、20人ほどの高齢者が集まりました。

日傘を差した人、杖をついた人、トレーニングウェアの人など参加者はさまざま
久しぶりに顔を合わせて、会話に花が咲く

青空の下、かもめ団地の自治会長・徳政弘さんの先導で、団地内を1時間ほど歩きます。「自分のペースで無理せずに歩いてくださいね~。飲み物は持ってますか? 疲れたら休んでください」と自治会長。
「体を動かすいいきっかけになった」という人や、「初めて団地の住人とおしゃべりしました」と、触れ合いを喜ぶ人まで。多くの住民が「また声をかけて!」と口々に話していたので、今後も定番イベントになりそうです。

移動販売実現の背景は“組織を超えた連携”

かもめ団地・ちどり団地での移動販売やイベントは、地域のさまざまな組織が連携することで成り立っています。団地を支える人々と、その役割をご紹介します。

地域包括ケアシステムの実現に向けて

団地での移動販売やイベントなど、高齢者を支える取り組みの基盤となっているのは、国が推進する「地域包括ケアシステム」です。地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしく暮らせるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される体制のこと。
移動販売に携わる人々は、他にも地域包括ケアシステムの実現に向けてさまざまな取り組みをしています。今回は、港南台地域ケアプラザとUR都市機構の担当者に、取り組みへの思いを聞きました。

“町のよろずや”として、高齢者と支援機関の架け橋となる
――横浜市港南台地域ケアプラザの取り組み

横浜市では、約20年前から、国に先駆けて地域包括ケアシステムを推進しています。その主たる施策が「地域ケアプラザ条例」。中学校区ごとに1つ、住民の福祉の拠点となる施設「地域ケアプラザ」を設置するというものです。「港南台地域ケアプラザ」もその1つです。

「私の役割は、地域のみなさんと直接ふれあい、問題点を拾いあげて、関係機関につなぐこと。“町のよろずや”みたいなものです」と、ケアプラザの佐藤さん。日々さまざまな問題に直面し、地域と協力しながら解決策を模索しているそうで、今回のイベント「かもめ団地をみんなで歩こう」もその1つ。

イベントにて、住民たちと積極的に会話する佐藤さん(写真右)

「コロナ禍で外出自粛になってから、移動販売に来る高齢者の方たちの体力や足腰が弱っていくのを、目の当たりにしたんです。部屋の中で転倒したという方もいて。とにかく、少しでも外に出て歩いて欲しいという思いで、団地内を歩くイベントを思いつきました。単にチラシを配るだけでは見てくれないだろうと思い、港南区社会福祉協議会の山川さんと2人で団地の独居棟に住む高齢者約100軒を、直接訪ねてお知らせしました。その甲斐もあって、予想以上の方に参加いただき、とても有意義でした」
ただ、未だ地域ケアプラザの存在を知らない住民も多いそう。「『困ったことがあれば何でも気軽に相談できる場所』ということを、移動販売やイベントなどを通してもっと周知していきたいです」

慣れ親しんだ団地で生き生きとした生活を送っていただくために
――UR都市機構の取り組み

かもめ団地・ちどり団地を管理・運営するUR都市機構。2020年3月から始まった移動販売の立ち上げに全面的に関わったのが、当時神奈川エリア経営部ウェルフェア推進課に所属していた大久保俊史さんです。URとして、どのような目的があったのでしょうか。

UR都市機構東日本賃貸住宅本部の大久保俊史さん

「URでは、地域包括ケアシステムの一翼を担うために『地域医療福祉拠点化』という取り組みを行なっています。簡単にいうと、慣れ親しんだ団地で最期まで生き生きと暮らしてもらうことを主眼に、住まいの観点から高齢化問題に取り組んでいくということです。 例えば寝たきりの方だと、自由に外出することができないため、必然的に人との関わりが制限されてしまいます。 我々としては、そのような状況にならないよう健康寿命を延ばすために、住戸等のバリアフリー化促進のほか、団地内でイベント等も実施し、住民の方々がコミュニケーションを図り、人とのつながりや外出機会を持てるよう取り組んでいます。 そのため、今回その取り組みの一つとして、社会福祉協議会や地域ケアプラザ、ダイエー、自治会等と連携のもと、お住まいの方の見守りも兼ねて、移動販売の立ち上げに着手しました」

 上記以外にも、URとして地域包括ケアシステム実現に向け取り組んでいることがあります。 「地域医療福祉拠点化に着手している団地に対しては、高齢者の相談窓口として団地内に生活支援アドバイザーを配置することを促進したり、団地個々の課題に向き合っていくために地域関係者と連携して会議の場を設けたりして、一つ一つ課題解決に取り組んでいます。今はコロナ禍で制約も多く、新しいことを始めるのは難しいですが、できることを話し合いながら進めていきたいですね」

みんなで力を合わせれば、「生き生きと暮らせるまち」はつくれる

1人暮らしの高齢者が多くても、明るさと活気があるまち・港南台。代表的な取り組みである移動販売は、多くの人が力を合わせることで実現しました。「高齢化に伴う課題を解決したい」という同じ目的をもつ人々が連携し合うことによって、「移動販売」という1つのムーブメントが起こったのです。
実際に関係者たちを取材してわかったのは、組織も立場も違う人々が、「同じ地域の仲間である」という意識を持っていることです。
高齢化、核家族化は社会の動きとして避けられません。そうした中で、誰もが生き生きと暮らすために必要なのは、地域のつながりなのかもしれません。港南台かもめ団地・ちどり団地は、これからの社会に必要な地域のあり方を示してくれています。

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