2021.06.29

Let’s SINC

住民との交流を通じて、保育園が地域に受け入れてもらえるよう工夫し、地域みんなで子どもを育てる

東京都国立市は2019年4月、ソーシャルインクルージョンの理念を根幹に据えた「国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例」を施行しました。条例施行から2年が経った今、条例ができた背景や、ソーシャルインクルージョンが息づくまちづくりについて、国立市の永見理夫市長と済生会の炭谷茂理事長が語り合いました。

ソーシャルインクルージョンを推進する条例、どのようにして生まれた?

炭谷 世界各地でソーシャルインクルージョンに関する施策が進む中、日本ではまだ理念自体が広まっていないのが現状です。国立市がいち早く条例を制定したのは画期的なことで、とても感銘を受けました。

永見 ありがとうございます。この条例を検討するきっかけとなったのは、2016年11月、千葉県佐倉市で開催された「第6回平和首長会議国内加盟都市会議総会」に病気をおして出席された佐藤一夫前市長の言葉です。発表の締めくくりに佐藤氏は「平和・人権行政の使命」を力強く宣言し、その8日後に急逝されたのです。

平和・人権行政の使命

平和・人権は普遍的な人類のテーマである

私は 市民から選ばれた一為政者として
この壮大なテーマから逃避せず 未来に向け 挑戦する

私は 平和と人権を尊重し これを声高に主張することで
自己に 責任と義務を課さねばならない

日常の連続こそ 人類の争いを回避する唯一の手段である

私は すべての市民が地域で幸せに暮らせるよう
市民の命を守り抜く決意である

炭谷 まさに命の叫びだったのですね。佐藤前市長の遺志を受けて、市長に就任後、どのように条例づくりに取り組まれたのですか。

永見 市職員で検討して作成した骨子案・素案をベースに、パブリックコメントの募集やタウンミーティングの実施など、できるだけ多くの市民、差別を受けている当事者、関係団体、有識者などとの意見交換の場を設けました。
そうして多様な意見や思いの強さを聞き取り、何度も対話を繰り返すことで、方向性が定まり徐々に条例の形ができていきました。地域で考え、市民とともにつくったといえます。

永見理夫 国立市長
永見理夫 国立市長

炭谷 条例のつくり方自体が、まさにソーシャルインクルージョンを体現しているといえますね。

永見 合意形成のプロセスがしっかりしているからこそ、「自分たちの」条例として守ろうという意識が生まれるのではないかと思います。

コロナ禍こそソーシャルインクルージョンが必要

永見 昨春、新型コロナ感染症の感染拡大により日本はロックダウンに近い状態を経験しました。社会が“閉じて”人とのつながりが絶たれると、どこでどういう形で問題が起こっているのかさえも見えなくなってしまう。これは本当に怖いことだと感じました。

炭谷 コロナ禍では高齢者やしょうがい者などの孤立、児童虐待の増加、感染者への差別などが社会問題になっています。

炭谷茂 済生会理事長
炭谷茂 済生会理事長

永見 国立市では大きな混乱が表には出てきていませんが、医療職の方とそのお子さんが新型コロナに感染されたときに、感染したことを一切公表しないでほしいといわれて衝撃を受けました。周囲に知られたら子どもが差別を受ける、と。

炭谷 医療従事者に対する差別の問題は根強いです。

永見 差別はソーシャルインクルージョンとは全く逆の発想だということを、地域社会の共通理解にすることがいかに重要かを痛感しています。条例にも不当な差別や暴力を禁止し、「人権侵害は許さない」という市の姿勢を明確に示しています。市民の意識が変わっていくように実効性を持って取り組んでいく必要があります。

炭谷 コロナ禍の問題の解決にはソーシャルインクルージョンの考え方が不可欠ですね。

永見 そうですね。ソーシャルインクルージョンは、社会をどのように見ていくのかの規範となると思います。

理念をどのように具体化していくかが大事

永見 私は、ソーシャルインクルージョンとは個別性を認めて、許容し合う地域社会をつくることだと考えています。

炭谷 その通りだと思います。だからこそ、個々の現場、個々の人たちと一緒に考えることが大事ですね。

永見 法律で定めた社会保障制度があっても、すべての人を支えきることはなかなかできません。例えば、国立市でしょうがい者の皆さんと話し合って一緒につくったのが「地域参加型介護サポート事業」です。これは、従来の支援費制度や障害者自立支援法に基づくサービスでは行き届かない部分を、地域の人々のサポートによって補おうというものです。

炭谷 個々の状況に応じて、個別に支援するシステムを地域で考え、取り入れていく。そうすることで制度の“隙間”を埋められますね。国立市でソーシャルインクルージョンを推進する取り組みとして、最近ではどのようなものがありますか。

永見 2018年4月に施行した「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」を改正して、セクシュアル・マイノリティや事実婚のパートナーを対象とした「パートナーシップ制度」を今年4月に開始しました。

炭谷 社会環境はめまぐるしく変化し、新しい課題が常に生まれています。ソーシャルインクルージョンはあくまで理念であって、個々の現場での具体的な活動があって初めて形として実現できます。画一的な理念に当てはめるのではなく、柔軟に対応しながら具体化していくことが重要ですね。

永見 それから、人とかかわることや自己肯定感などに関係する「非認知能力」を高める幼児教育の推進にも力を入れています。貧困の連鎖や差別といった問題が起こりうる中で、ソーシャルインクルージョンを社会共通の規範とし、将来を担う子どもたちが健やかに生きて自分の能力を十分発揮できるような教育機会をつくっていく。幼児教育の推進はソーシャルインクルージョンを推進する条例と一対だと考えています。

国立市のソーシャルインクルージョンの取り組み

くにたち男女共同参画ステーション パラソル

くにたち男女共同参画ステーション パラソル 男女平等や多様な性に関する相談・イベントなどを行なっています。2018年5月よりSOGI(性的指向、性自認)などの性別に関する相談窓口「SOGI相談」を設置。

ここすき!

ここすき! 子どもの非認知能力を伸ばすための包括的な子育て応援プロジェクト。0〜2歳対象の子育てひろば「ここすき!」の開設、パンフレットなどによる情報発信、関係機関との連携など。

国立市認知症カフェ

国立市認知症カフェ 認知症の人やその家族、認知症に関心のある人が誰でも気軽に立ち寄れる場として月1回程度開催。専門職も参加するので相談できます。

炭谷 幼少の頃から周囲に対する思いやりの心を育み、多様性への感度を高めることは、人権教育の第一歩ですね。

永見 今後は、市民団体とも連携して、国立市内でソーシャルファームを展開できないかと模索しています。市民の目に見える形で、より具体的な活動を行なっていくことで、この条例が地域の日常生活で生きていることを実証できると思います。

炭谷 済生会も昨年7月に「ソーシャルインクルージョン推進計画」を策定して、全国でさまざまなソーシャルインクルージョン事業の展開を進めているところです。国立市と済生会で一緒になってやれることがあるといいですね。

永見 そうですね、ぜひ!

炭谷 今後も力を合わせて、ソーシャルインクルージョンを全国に広めていきたいと思います。

炭谷茂 済生会理事長、永見理夫 国立市長 ※写真撮影時のみマスクを外しています

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